1945年8月6日、広島への原爆投下を終えてテニアン島に帰還したばかりのエノラ・ゲイ号 PHOTOQUEST/GETTY IMAGES

<東京から2400キロ──太平洋戦争中に日本本土爆撃の拠点だったテニアン島は「中国との戦い」に備えるための新たな重要拠点に>

緑が生い茂る平地に見える人工的な直線。太平洋に浮かぶこの小さな島は、かつて第2次大戦に終止符を打つ上で重要な役割を果たした。その後、長い間忘れられていたが、ここへきて、急ピッチで再建が進んでいる。その念頭にあるのは、将来の中国との戦いだ。

サイパン島のすぐ南に位置するテニアン島は面積が100平方キロほどの小さな島で、さらに約160キロ南に位置するグアム島と共に、アメリカ最西端の辺境をなす。東京から2400キロ程度であるため、太平洋戦争中は米軍による日本本土爆撃の拠点となった。そして今、米国防総省は約5億ドルをかけて、テニアンを中国抑止の拠点にしようとしている。


第1次大戦後に日本の委任統治領となっていたテニアンは、1944年に連合国側に陥落。米海軍は、小ぶりな日本の戦闘機向けに造られた飛行場を、当時としては世界最大級の航空基地に改造した。

それがノースフィールド飛行場だ。2500メートルの滑走路が4本あり、B29爆撃機が最大で265機配備された。

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45年8月には、ノースフィールドから発進したエノラ・ゲイ号とボックスカー号が、それぞれ広島と長崎に人類初の核兵器を投下した。これが太平洋戦争の終結をもたらし、アメリカは、本土決戦で膨大な犠牲を出さずに大日本帝国を降伏させるシナリオを実行することができた。

1945年当時のノースフィールド飛行場 PHOTOQUEST/GETTY IMAGES

戦後、テニアンにあった2つの飛行場は、対照的な運命をたどった。島の中央部に位置し、3本の滑走路があったウエストフィールド飛行場は、拡張されてテニアン国際空港になった。

一方、ノースフィールドは、原爆を積んだB29の発進地という史跡として記憶されるのみで、半世紀以上にわたり使用されることも、修繕されることもなかった。それが今、米空軍の新戦略「機敏な戦力展開(ACE)」の一環として、再建されようとしている。


米国防総省は、中国のマルチドメイン(多領域)脅威を阻止する「太平洋抑止イニシアチブ(PDI)」を国防計画の中心に据えており、テニアンではインド太平洋地域における作戦を支援するべく、飛行場に離着陸のほか給油や駐機の機能を追加するプロジェクト3件を進めている。

今年4月には米空軍が、ノースフィールドを再建するべく、計1.8平方キロの舗装作業を進めていることを明らかにした。その滑走路をアメリカの「戦力投射プラットフォーム」にしようというのだ。

飛行場を覆っていた草木の伐採作業は1月に始まっており、既に地域合同軍事演習における未舗装滑走路の着陸訓練に使われている。

米空軍の新戦略ACEの要衝

ノースフィールド整備計画の終了予定日は明らかにされていないが、テキサス州アービングに本社があるエンジニアリング会社フルーアが、ノースフィールドの「舗装および輸送支援」事業を5年間4億900万ドルで請け負ったと発表している。

欧州宇宙機関の地球観測衛星「センチネル2」が撮影した画像では、ノースフィールド飛行場の整備が進んでいることが見て取れる。(写真左上から時計回りに)2023年9月、24年4月、同7月、同9月 COPERNICUS DATA SPACE ECOSYSTEM (4)

欧州宇宙機関(ESA)の地球観測衛星「センチネル2」がこの1年間に撮影した画像を見ると、ノースフィールドを覆っていた緑が薄くなり、滑走路がくっきりと見えるようになってきたことが分かる。今年9月に撮影された画像では、並行して走る4本の滑走路が確認できる。

米インド太平洋軍(司令部はハワイ)の指揮下にある太平洋空軍のキース・ピーデン報道官は、ノースフィールドの再建が着実に進んでいることを認める。


有事のとき、部隊を分散させて機動性を高める戦略ACEを念頭に、滑走路や誘導路、駐機場を含む1.8平方キロ超の飛行場へと拡張する計画だという。

さまざまなタイプの航空機に対応できる施設にすることにより、空軍が「多様な状況で部隊を迅速に配備・維持」できるようにすると、ピーデンは語る。

現在のノースフィールドでは、「限られた航空機」が運用されているが、「飛行場の能力を高めて、平時と有事の両方に対応できるようにする」と言う。

米空軍のACEは、中国はアメリカにとって「ゆっくりと悪化する長期的リスク」であるという国防総省の見方に沿って、敵の軍事力の進歩などに応じて空軍を再編する際の基本的な考え方を示している。

ACEの狙いは、「空軍が(大規模基地ではなく)分散した小規模基地のネットワークから作戦を展開できるようにすることで、作戦の弾力性と柔軟性を高めることだ」と、ピーデンは説明する。

テニアン国際空港の拡張施設も、グアムのアンダーセン空軍基地など西太平洋のハブ基地へのアクセスが「制限されるか利用できなく」なっても、「ミッションを完遂する」ための施設だという。

中国のミサイルの射程内で

サイパンやテニアンのある北マリアナ諸島とグアムは、西太平洋におけるアメリカの敵対勢力を封じ込めるために冷戦時代に考案された防衛ラインのうち、第2列島線の一部をなす。

北は日本から東南アジアまで伸びる第1列島線と第2列島線は、現在、中国の海軍と空軍の活動を阻止する戦略の一部となっている。

こうした防衛計画は、中国の長距離弾道ミサイルが、この地域のアメリカの軍事拠点(グアムを含む)に到達できることを考慮に入れなければならない。

テニアンは、米軍の集結区域として理想的な場所にある。台湾海峡、そして東シナ海と南シナ海(同盟国の日本とフィリピンが中国と領有権問題を抱えている海域)までは、2500~2700キロほどなのだ。

現在、中国人民解放軍のロケット軍は、5500キロの射程を持つ通常ミサイルと核ミサイルを保有している。中距離弾道ミサイル「東風26」はグアムへの核攻撃を行う能力があるとされ、「グアム・エクスプレス」「グアム・キラー」などとも呼ばれている。

このように脅威が急速に高まっていることを受けて、米軍はグアムに、陸海空の複数の兵器により構成される新しい防衛体制を築くことになった。迎撃ミサイル「SM3(スタンダードミサイル3)」や「THAADミサイル(高高度防衛ミサイル)」などである。


ACEの目的は、グアムのアンダーセン空軍基地や在日米軍基地などの既存の大規模な拠点から、もっと小規模な拠点に活動を分散させて、米軍の軍事拠点が攻撃の標的にされにくくすることだ。同様の軍事戦略は、空軍だけでなく、陸軍、海軍、海兵隊も打ち出している。

中国が台湾への上陸作戦を実行に移した場合に米軍が介入するためには、米軍が空軍力と海軍力を失わないことが極めて重要だ。それに対して中国側は、米軍を自国近くに寄せ付けないための「接近阻止・領域拒否」の戦略を強化している。

「アメリカがアジア太平洋地域への前方展開を強化し、一方的な行動により軍事面で優位に立とうとすることに、中国は強く反対する」と、在米中国大使館の劉鵬宇(リウ・ポンユィ)報道官は本誌の取材に述べている。

「台湾は中国領土の不可分の一部」であり、台湾の状況は中国の「国内問題」だと、劉は主張する。アメリカは「台湾海峡の緊張を高めかねない要素をつくり出すことをやめる」べきだというのだ。

9月半ばには、米中の国防当局が北京で協議を行った。中国側によると、このとき米中は、両国の軍事交流と共通の関心事について突っ込んだ話し合いをしたという。


米国防当局の高官は、米中の関係に影響を及ぼすアメリカの関心事について率直な対話を行ったと述べている。「熾烈な競争関係ではあるが、その競争を責任のある形で管理し、紛争に発展させないことを真剣に目指している」と、この高官は語る。

中国とロシアはアメリカの安全保障にとって脅威だが、いずれかとの戦争が「避けられないわけでもないし、差し迫っているわけでもない」というのが米国防総省の立場だ。

しかし、戦域司令官たちは、最悪のシナリオに向けた準備を続けている(米軍インド太平洋軍司令部は、本誌の書面による取材依頼に返答していない。北マリアナ諸島知事のコメントも得られていない)。

この7月には、インド太平洋軍のサミュエル・パパロ司令官がテニアンを訪れた。

米軍によると、訪問の目的は、アメリカが「国土防衛に真剣に取り組み続けていること、そして太平洋の共通の歴史を尊重していること」を示すことにあった。このときパパロは、テニアンのノースフィールドの再整備を監督する空軍工兵部隊と面会している。

グアムに代わる出撃拠点に

一部の米空軍機は、再整備がスタートするより前に、既にテニアン北部で飛行活動を行っていた。12年には、海兵隊の輸送機「KC130Jハーキュリーズ」がノースフィールドのベーカー滑走路に着陸した。同滑走路に航空機が着陸したのは、1947年以来初めてだった。

一方、旧ウエストフィールド飛行場のテニアン国際空港では近年、複数回にわたり米軍の軍事演習が行われている。今年に入っても、空軍のステルス戦闘機「F22ラプター」が同空港に着陸している。


米シンクタンク「全米抑止研究所」の客員上級アナリストを務めるジョシュア・シバートによれば、テニアン島を活用することにより、米軍は地域の安全保障上の課題に迅速に対応することが可能になる。この島は、米軍にとって西太平洋における軍事演習、パトロール、作戦行動の拠点にもなる。

「アメリカが潜在的な敵対勢力を抑止し、この地域における国益を守る能力が高まる」と、シバートはグローバル・セキュリティー・レビュー誌で述べている。

具体的には、戦闘爆撃機の出撃拠点として、グアムの基地に代わりテニアンを活用することになるだろう。

18年には既に、2機のステルス爆撃機「B2スピリット」(核兵器と通常兵器の両方を搭載可能)が西太平洋のウェーク島に着陸し、ホットピット給油(エンジンを動かしたまま行う給油)の訓練を行った。

「インフラが十分に整備されていない場所から行う作戦活動は、インド太平洋地域の米軍部隊が高い柔軟性を備えており、敵対勢力を抑止し、同盟国とパートナー国を安心させる力を持っていることを浮き彫りにするものである」と、空軍はこの当時述べていた。

この西太平洋上に浮かぶサンゴ礁の島には、1935年から飛行場が置かれてきた。再び爆撃の拠点になるのか。

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