かつては環境破壊の象徴ともされた工場に多様な生き物が集まっている。開発が進んだ都市部で、工場の広大な敷地内にある水辺や緑地は生き物にとってオアシスだ。近年は生物多様性への取り組みが投資の判断材料として注目されていることもあり、企業は自社工場にある自然をPRし、観察会などを開いている。【久野洋】
「すごい、カニだ!」。福岡市西区の三菱電機パワーデバイス製作所で6月、水槽をのぞき込んだ子供たちが歓声をあげた。この日は近くの小学3年生約30人を環境教室に招き、敷地内の水路で社員が捕まえたテナガエビやメダカ、モクズガニなどを展示した。
半導体製品を製造する製作所の敷地は約14ヘクタールあり、緑地や数百メートルにわたる水路がある。2010年代の調査で植物284種、昆虫や魚などの生き物243種が確認された。ニホンウナギや九州固有の巻き貝、キュウシュウナミコギセルなどの希少種も生息している。
三菱電機によると製作所が建設された1944年、周囲の平野には田んぼが広がっていた。平野を流れる水路は敷地を通って今津湾に注いでいた。
70年代以降に周辺は住宅地へと変わり、水路には蓋がされ、コンクリート護岸も整備された。一方、敷地内の水路は昔の姿を残し、水草が生え、淡水や汽水域の生き物が住み着いている。周辺で生息場所が減る中、製作所に集まってきた可能性があるという。
2010年の生物多様性条約第10回締約国会議(COP10)で生物多様性への取り組みが採択されると、国内では官民挙げて、その機運が高まった。大手企業などは生物多様性を重視する姿勢を表明し、三菱電機もこの年に「生物多様性行動指針」を策定。各地の事業所で生き物の生息調査や環境保全に取り組んできた。
パワーデバイス製作所では構内で観察された生き物の種類などをまとめた「生きもの図鑑」を制作。18年から近くの小学生を招いて環境教室を開いている。もともと工場見学に力を入れてきたが「環境保全への取り組みを地域の方々に知ってもらうことで、企業価値を高めたい」(担当者)と期待する。
生物多様性は近年、気候変動と並んで国際的に重視されており、二酸化炭素排出削減と同様に大きなテーマとなっている。環境や社会への持続可能な取り組みを評価する「ESG投資」の判断材料になっており、企業も取り組みを競う。
例えばパナソニックは滋賀県草津市の工場の緑地を11年から「共存の森」として保全し、840種の動植物をPRしている。トヨタ自動車も緑地の保全に取り組み、レクサスを製造する子会社のトヨタ自動車九州・宮田工場(福岡県宮若市)は隣接の緑地で20年から生態系を調べ、外来植物の駆除を続ける。今年10月には工場敷地内でも生き物の観察会を開く。
環境省も23年度から企業や団体の取り組みを「自然共生サイト」として認定。184の認定地のうち、九州からはコカ・コーラボトラーズジャパンの「水源の森えびの」(宮崎県えびの市)など16件が認定されている。
鄭重声明:本文の著作権は原作者に帰属します。記事の転載は情報の伝達のみを目的としており、投資の助言を構成するものではありません。もし侵害行為があれば、すぐにご連絡ください。修正または削除いたします。ありがとうございます。