かつて「総会屋」という裏社会の人々がいた。毎年、株主総会の直前になると「質問状」を送りつけて、裏側でカネを要求した。昭和からバブル期を挟んで平成にかけて、たったひとりの「総会屋」が、「第一勧業銀行」から総額「460億円」という巨額のカネを引き出し、それを元手に野村証券など4大証券の株式を大量に購入。大株主となって「野村証券」や「第一勧銀」の歴代トップらを支配していた戦後最大の総会屋事件を振り返る。
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「事件の裏には“絵画”あり」
バブル期の経済事件では、たびたび「絵画ビジネス」が裏金作りの錬金術、ツールとして使われていた。東京地検特捜部による捜査の結果、野村証券から総会屋・小池隆一に提供された現金「3億2,000万円」の捻出にも「絵画取引」が使われていたことが明らかになった。
「絵画取引」は価格があってないようなビジネスとも言われ、双方が裏で処理すれば証拠が残りにくい。実はバブル期に摘発された「脱税事件」との意外な「共通点」が真相解明につながった。捜査の裏側で何が起きていたのだろうか、関係者の証言をもとに解き明かす。
銀座の事件と同じ絵画が・・・
「SEC」で野村証券を調査していた粂原研二(32期・現弁護士)は1997年4月に2年半ぶりに特捜部に戻り、主任検事の井内のもとで政治家へのカネの流れを解明する「政界ルート特命班」を任された。
ただ、野村証券から総会屋・小池隆一への利益提供について、気がかりなことがあった。
「株の取引で提供した利益がわずか数千万円しかなく、これで小池隆一が納得するはずはないので、いわゆる裏金が渡っているに違いないとSECにいたときから考えていた。
SECの特別調査官には、証券取引に関連する犯則事件の調査権限しかないので、裏金の解明などはできなかったため、自分は特捜部に異動になってからも、井内主任検事の了解を得て、この点だけは捜査を続けた」(粂原)
つまり小池に対し、株主総会対策と株の損失補てんあわせて「数千万の利益の付け替え」だけで「足りていたのか」という疑問である。
野村捜査班でも裏金作りの捜査をしていたが、難航しており、「裏金」が見つかったとの情報はまだ入ってこなかった。このため粂原はまず、企業が裏金作りによく使う「業務用パソコンの納入などで裏金を作っていないか」と当たりをつけ、パソコン台帳等を検討してみたが、痕跡を見つけることはできなかった。
その頃、同捜査班は、同社への家宅捜索で押収した「絵画台帳」を検討していたが、「絵画台帳」には載っているけれども、実際には存在しない絵画があるのではないか、つまり「架空取引」があるのではないかという観点から調べていた。
そのため実際に野村証券に赴いて確認した結果、全て「実物の絵画が存在」していたことから、絵画取引で裏金を作っていた可能性は低いのではと結論づけていた。
しかし、粂原はどうも引っ掛かった。念のため野村捜査班から「絵画台帳」を見せてもらったところ、極めて不自然な記載が目にとまった。
「絵画台帳」には、購入した日付、金額、題画(場合によっては写真も付いていた)等が記載されていたほか、それが、いつから、社内のどこにあるのかも記載されていた。たとえば、「6月1日会議室」、「7月1日社長室」などとの記載があった。
このうち粂原が、極めて不自然であると思ったのは、購入したいくつかの絵画について、こう記載されていたことだった。
「そのまま『倉庫』に保管」
そもそも野村証券は、絵画取引ビジネスで利益を上げているわけではないので、購入した絵画を、倉庫に保管する必要性はないはずだった。
「倉庫に入れられた絵画は“特に飾る理由も必要もないのに”購入していたのではないかとの疑いを持った」(粂原)
しかも、絵画台帳をよく見ると、倉庫に入れられたこれらの絵画は、かつて粂原が関わった東京・銀座の「フジヰ画廊脱税事件」で取引されていたものと「同一の絵画」だったのだ。なおかつ「バブル期の取引価格」よりも、かなり高い値段で購入されていたのであった。
そこで粂原は、1993年当時に「フジヰ画廊脱税事件」を告発した東京国税局の担当者に来てもらい、確認してもらったところ、やはり「同一の絵画」であり、何点かの絵画が「バブル期より高い値段」で購入されていることが判明した。
これはつまり、野村証券が高値で絵画を購入したことにして代金を支払い、「適正価格との差額」をキックバックさせるという、いわゆる「バックリベート」で「裏金」を作っていた疑いが濃厚だった。
さっそく、絵画を購入していた「M美術商」に対する家宅捜索を実施し、関係者の取り調べを進めた結果、野村証券に協力する形で、およそ「4億円」にも上る「裏金」を同社に還流し、このうち「約3億円」が同社から「総会屋」小池隆一に渡った現金に使われていた疑いが強まったのであった。
粂原はすぐに捜索差押許可状を得て、「M美術商」の事務所への家宅捜索に踏み切り、裏付けを取ることができた。ただ、このとき現場で目にした異様な光景が目に焼き付いているという。
「M美術商の事務所の2階に階段で上がったところ、いかにも経理担当という雰囲気の高齢の女性が、ノートを破って、自分の口の中に隠すという、映画の一場面のような事態にも出くわした」
経理担当の女性は、突然の家宅捜索に気が動転し、粂原の目の前で証拠隠滅を図ろうとしたのである。
「事件の裏には“絵画ビジネス”あり」と言われるが、バブル経済を舞台にした画廊の脱税事件が、野村側から小池隆一に渡った「現金3億2,000万円」の謎を解く糸口を引き寄せたのであった。
絵画取引で裏金を捻出
ここで裏金「3億2,000万円」に使われた絵画と、同じ絵画が取引されていた銀座の画廊による脱税事件を振り返っておく。
この事件は1993年11月、銀座にある「フジヰ画廊」の社長が「横山大観」「ピカソ」「シャガール」などの絵画200点の売買をめぐって25億円に上る所得を隠し、法人税10億円を脱税。東京国税局査察部の告発を受け、法人税法違反の疑いで東京地検特捜部に逮捕されたというものである。
手口は複雑だった。特捜部によると「フジヰ画廊」の社長は、かねてから親しい画商と組んで、お互いにそれぞれの「絵画」の価格を、あえて仕入れ価格よりも安く設定し、損失を覚悟で取引する。つまり同じ価格で「相対取引」したように見せかける。
そうすると金額は同額なので、現金の動きはないが、「帳簿上は赤字」が生じる。そこで別の絵画取引で得た「利益」を、この「赤字」によって法人税を「減額」していたのだ。損失を装った絵画は「倉庫」に隠し、ひそかに売却していたという。
このように絵画ビジネス独特の流通ルートを悪用していたのである。
特捜部では、問題の絵画が「フジヰ画廊」から、複数の画商を経由して、野村証券と関係が深いとされた「M美術商」に渡り、「M美術商」と同社の取引によって裏金が捻出されたと判断した。
「絵画が裏金に使われる理由は、取引額が非常に高額に上るため、取引が繰り返されるごとに多額のバックリベートが生まれる。価格決定プロセスが不透明だから、裏金づくりには都合がよかった」(元検察幹部)
特捜部の調べによると、裏金づくりに使われていた絵画は、フランスの印象派の代表とも言われる画家の「ルノワール」や「モネ」、日本で高い人気を誇る女性画家「マリー・ローランサン」など10数点、取引の総額は30億円という高額に上ったとされる。
この取引によって、「M美術商」から野村証券に還流した「バックリベート」は「4億円」に上ったとされ、特捜部ではそのうちの「3億2,000万円」が、同社から総会屋・小池隆一に提供された現金にあてられたと見ていた。
東京地検特捜部が解き明かしたスキームはこうだ。
社長の酒巻が1995年の株主総会で、どうしても決議したい案件が「大タブチ」「小タブチ」と呼ばれた両田淵の取締役復帰だった。その株主総会対策および損失補てんの「非常手段」として考えたのが、小池隆一に対する「現金の提供」だった。
しかし、表のカネでは処理できない。そこで総務担当のF常務が、古くから付き合いのあった「M美術商」に「3億円」の裏金の協力を求めたのだ。
ところが「M美術商」は裏金「1億円」ならすぐに調達できるが、残り「2億円」は4月以降でないと難しいと回答。そのためF常務は、いったん系列の「野村ファイナンス」から急遽、個人名義で「2億2,000万円」の融資を受ける。これに加えて「M美術商」から調達した「1億円」とあわせ、なんとか現金「3億2,000万円」を工面し、小池の要求に間に合わせることができたのである。
そして問題の1995年3月24日、東京・日本橋にある野村証券本社応接室にジュラルミンケースが持ち込まれ、白昼堂々、現金「3億2,000万円」が総会屋に提供されたのだ。
スキームの最終処理はこうだ。F常務は後日、裏金「2億円分」を上乗せして「M美術商」から絵画を購入する仕組みで「2億円」を手に入れた。別の画商から調達した裏金「3,000万円」とあわせて「2億3,000万円」を「野村ファイナンス」への返済などにあてた。「M美術商」から最初に調達した裏金1億円は、絵画購入の際に上乗せして処理した。
F常務は絵画取引については社内では決定権を持っていたとされ、特捜部の取り調べに対し、こう供述したという。
「あくまで帳簿には、野村証券が『絵画を購入したという記録』しか残りません。社長には『カネがどう動いたのかはわかないようになっています』と説明していた」
裏で処理されたはずの裏金の存在を浮かび上がらせたのは、くしくもバブル経済の余韻が残る1993年に粂原検事が摘発した「フジヰ画廊」の事件だったのである。
絵画や彫刻など美術品取引による裏金作りは、バブル期の事件ではたびたび登場した。かつて政界へ裏金として流れたのではないかと言われた40億円の金屏風をめぐる「平和相互銀行事件」や不透明な200点の絵画購入が問題となった「イトマン事件」、三菱商事を経由した取引をめぐる「ルノワール絵画疑惑」、そしてまたしても「総会屋」小池隆一事件で絵画ビジネスの「裏金捻出のからくり」が浮かび上がったのである。(敬称略)
(つづく)
TBSテレビ情報制作局兼報道局
「THE TIME,」プロデューサー
岩花 光
◼参考文献
立石 勝規「東京国税局査察部」岩波書店、1999年
日本経済新聞「事件の裏に“名画”あり」1997年7月6日朝刊
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