岡山市に、全国でも指折りの歴史あるライブハウスがあります。今年50周年を迎えた「ペパーランド」です。音楽・演劇・トークセッション・上映会。表現の自由を謳歌して半世紀。

その主宰者に今、熱い視線が注がれています。

忌野清志郎さんも歌ったライブハウス「文化財的な性質を帯びてくる」

【画像①】

そのライブハウスで、火を噴くパフォーマンスがありました。観客は…。

(観客)
「なかなか他のライブハウスでは見られないイベント。『治外法権』というか。
「『久しぶりにヤバいもの』を見たというのが一番率直な。いい意味で」

【画像②】

ライブハウス・ペパーランド、創業1974年。50周年を迎えました。今回の公演をブッキングした、主宰者の能勢伊勢雄さん(【画像③】)です。

【画像③】

発行部数5万5千部の「プラグマガジン」が組んだ、岡山を代表する著名人の特集ではトップバッターに。ここに来て、その功績が高く評価されています。本人にも、ライブハウスの歴史を作って来た自負があります。

(能勢 伊勢雄さん)
「この空間自体が、『ライブハウスというのはこういう形の中で生まれて来たんだよ』という文化財的な性質を、恐らくだんだん帯びてくるんじゃないか」

【画像④】

創業当時はライブハウスという言葉もありませんでした。やがてニューミュージックやバンドブームの波に乗りました。さまざまなアーティストがペパーランドにやってきました。

【画像⑤】

(能勢さん)
「忌野清志郎(【画像⑥】)のひりひりするような孤独感とか、そういうものでこの空間がぜんぶ満たされてゆくステージでしたね。最高の歌い手だと僕は思います」

【画像⑥】

能瀬さんのアンダーグラウンドなアートは「次の時代をつくる可能性」

能勢さん自身もアーティスト。写真を撮ります。

(能勢さん)
「用水路の底ですけど、ヘドロの一種みたいなものですね。生活雑排水の中の米のとぎ汁みたいなものが用水に流れているわけで」

能勢さんの手にかかれば、こんなアートも成立してしまいます(【画像⑦】)。

【画像⑦】

古い映像には、人が行き交う街の通りで、裸でパフォーマンスする能勢さんの姿が…。

(記者)
「あれはアートなんですか?」

(能勢さん)
「もちろんアートです。何か行為をすることによって、ひとつの状況を書き換えることが出来ればなという挑戦ですよね」

「年がいった人は大笑いされていましたけどね。それでちょうどここら辺ですね。車を待たせておいて、それで乗り込んで、そのままGO!」

【画像⑧】

能勢さんの表現の軸足は、「アンダーグラウンド」に置かれています。

(能勢さん)
「アンダーグラウンドというのは、今は主流ではなくても、次の時代を作り出す可能性がある。一般的でないから新しいんで。時代を変えていく『潜勢力』というんか」

【画像⑨】

ペパーランドは音楽以外にも映画の上映会や、トークセッションをはじめ、幅広い表現活動の受け皿になってきました。

(能勢さん)
「アンダーグラウンドのそういう動きを常に大事にしていく場所でなかったら、次の文化は生み出せないんですね。本当に実践してきたのがペパーランドの50周年であると同時に、実践こそが一番大事なんですね」

【画像⑩】

「電話の受話器越しに無言でテレパシーを送り、返ってきたFAX」

東京で開かれた、パフォーマンス・マーケット・展示会・トークをはじめ、全国から人とモノが集まる複合型のイベントの中心に、能勢さんの姿がありました。イベントの顔であるメインビジュアル。能勢さんの作品です(【画像⑪】)。

【画像⑪】

日本を代表する前衛芸術家・松澤宥さん(【画像⑫】)に能勢さんが、電話の受話器越しに無言でテレパシーを送り、返って来たファックスです。

【画像⑫】

書かれている内容は、能勢さんが念じたこととは一致していません。松澤の閃きを引き出したやりとりそのものが作品、というわけです。

この会場では、一見難解なアートもファッションに様変わりします。

【画像⑬】

(イベントスタッフ)
「白いネイルの上から色鉛筆で手書きで描いていただいて、能勢さんのテレパシーの作品?のものを描いてもらった感じです」

(記者)
「能勢伊勢雄さんはこのイベントにとってどんな存在ですか?」

【画像⑭】

(スタッフ)
「すごく個人的に言ったら、すごく仲良くしてくださる可愛いおじいちゃんって感じなんですけど」

能勢さんが注目している出展者のブースに案内してもらいました。

(出展者)
「かんらん石という石なんですけども、風化する段階でマグネシウムと石灰とシリカに変質していって」

「この石灰の中に二酸化炭素を閉じ込めていって、土壌に返してくれるっていう作用を、オランダのグリーンサンドという会社がエビデンスで出しまして。日本でもどんどん撒いていけるんじゃないのかなって、…緊張してるんですけど大丈夫ですかね(笑)」

【画像⑮】

(能勢さん)
「すごく、こういうものは僕は大事だと思ってて。次の時代をひょっとしたら作るかもしれないものが、僕は新しい美術展の形だと思っていて

「次の時代を作っていくかもしれないものが作り出されてきているんだったら、それは一つの新しいアートだと思っていて」

長い人生で「あの体験はこうだったんだ」と答えが出る…それがアート

【画像⑯】

ペパーランド公演の一場面終演後。公演中に手を合わせていた観客に、取材していたカメラマンが質問しました。

【画像⑰】

(カメラマン)
「さっき、見ているとき手を合わせてましたよね(【画像⑱】)」

(観客)
「なんか祈りとか、やっぱり儀式だと思うので、そういう気持ちになるというか、そういう行動になりました。まあ自然と」

【画像⑱】

(記者)
「手を合わせて、拝むようにして見ている人もいました」

(能勢さん)
「そうですか(笑)。僕は基本的に『明日から何かが変わる』とは思っていなくて、ある程度の長い時間をかけて自分の人生の中で、『ああ、あの体験はこうだったんだ』っていうものが巡って来たときに答えが出てきます」

「だから僕はアートにしても音楽にしても、素晴らしいことだと思っています」

そこから生まれる次の時代をつくる何か。能勢さんは立ち合い続けます。

【画像⑲】

取材にあたった記者は、こう感じました。

大衆的な文化とは…。

能勢さん曰く「アンダーグラウンド」の対極にある「オーバーグラウンド」なものは既に完成されているので、そればかりで満足していると人の営みは停滞してしまう。

【画像⑳】

能勢さんにとって、「オーバーグラウンドは書き換える対象でしかない」とのこと。

「ペパーランドは、今後文化財のような場になる」と、次の50年を見据えて語っていた能勢さんが印象的でした。

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