2022年2月10日、自宅で当時0歳から5歳だった幼い娘3人を殺害した罪に問われている母親(29)。
その母親に対する裁判員裁判が現在、名古屋地方裁判所で行われている。
なぜ娘3人に自ら手をかけるという「凶行」に至ったのか?
「私は母親としてふさわしいのか…」。法廷で語られたのは、子育てに関する苦悩だった。

夫と娘3人の5人家族… “ワンオペ”の育児になることも多かった生活

殺人の罪に問われているのは、愛知県一宮市の無職、遠矢姫華被告(29)。
事件当時、遠矢被告は愛知県一宮市の一軒家に、夫と、長女の姫茉梨(ひまり)ちゃん当時5歳、次女の菜乃華(なのか)ちゃん当時3歳、三女の咲桜(さくら)ちゃん当時9か月の5人で暮らしていた。

「いつも明るく周囲を気遣った。怒られてもめげず、手を抜かずに頑張る良い子だった」(高校時代の部活動の顧問)という遠矢被告。

2016年に夫と結婚し、翌年、長女が生まれた。
出産後、遠矢被告は「産後うつ」と診断され、4か月間、通院治療を受けたが、家族旅行に行けるまでに精神状態が快復したとして、自己判断で通院をやめていた。

周囲から見て遠矢被告は「気さくな人」という印象だったという。「家族の愚痴を聞いたことがない。それが逆に違和感があった」(友人)といった声もあった。
さらに、近隣住民の一人は毎日、保育園に子どもの手をつないで送り迎えをしたあと、洗濯や買い物などの家事をこなす遠矢被告を見かけたという。夫は仕事で帰りが遅く、ワンオペでの育児になることもあり、「当時27歳であれだけできればすごい」とも話していた。

そんな遠矢被告を義母がほぼ毎日、朝8時半から夕方4時ごろまで家に来てサポートした。義母は裁判に証人として出廷し、遠矢被告の育児について「体がだるそうで育児放棄をしているようだったので、『子どもが泣いていない?』『洗濯した?』などと頻繁に声をかけた」と話している。
遠矢被告は義母について、「子どもたちをわが子のようにかわいがってくださいました」と法廷で話した。
夫とは事件後に離婚している。

「自分は母親になっちゃいけない人間」…追い求めた“完璧な母親”像

もともと真面目で、完璧主義的な性格だったという遠矢被告。
次女に食物アレルギーがあることがわかると、食事は市販品ではなく無添加のものを購入し、ほぼ手作りしていたという。

「スケジュール管理がうまくできない」「献立が思いつかない」…いつしか遠矢被告は、自身が描く「完璧な母親」に自分はなれないと思い悩んだ。
家族で出かける時に準備が終えるのは自分が最後。日本地図パズルでどこの県か娘に聞かれたが答えられなかった。
できなかったことが見つかっては、「自分には能力や教養がない」と落ち込んだ。

事件直前の検索履歴などには「生きていく自信がない」「自分がいると迷惑」「自殺方法 確実」「自分は母親になっちゃいけない人間」、そんな否定的な言葉がいくつも並んでいた。

事件前日には実父と2時間51分にわたって電話をしていた。「パパに吐き出して話聞いてもらって心軽くなった。メンタル大事だね」などとお礼のLINEを送っていたが、その翌日に事件は起きた。

そして事件当日…母親はいつもとは違った“ある行動”を

「死ね」「消えろ」などと声が聞こえ、自殺を決意した遠矢被告は事件当日、子どもたちを義母に預けて買い物に出かけた。
買ったのは、キャラクターの絵柄が入ったレトルトカレーやチョコレート、ドーナツなど。普段なら子どもには食べさせていないものばかりだった。

(遠矢被告)「(娘の)喜ぶ顔が見たかった」
(裁判官)「喜んでいましたか?」
(遠矢被告)「はい」

昼ご飯は子どもたちとピザを作り、おやつには、長女が前に食べたいと言っていた、ファストフード店のおもちゃつきのパンケーキをドライブスルーで買ってきた。
午後2時前、自宅で嬉しそうにパンケーキを食べる長女と次女を動画に収め、そこには三女の声も入っていた。
しかし、これは、子どもたち3人が生きていたことが確認できる最後の映像となった。

娘3人を次々にコードで殺害 生々しい犯行状況…被告の目には“涙”

「子どもたちを置いていくな」。
そんな声が聞こえ、子どもを道連れに自殺しようと思ったという遠矢被告。しかし、その後のことについて、「ふわふわしていて現実感がなく、斜め後ろから見ているような感覚だった」と語った。
取り調べや、被告が手書きで書いた書面には、生々しい犯行状況が記録されていた。

「私は自宅で1階にいる三女を連れて2階の寝室へ行きました」。

被告のその手には、「掃除機の充電コード」が握られていた。
三女をマットに仰向けに寝かせると、首にコードを一周巻いた。そして…

「私は左右にギュッと強く引っ張って、首を絞めました。苦しむ時間がなるべく短くなるように、力を込めて引っ張りました」(検察の取り調べに)。

動かなくなった三女を見て、「殺してしまった」と思った遠矢被告は、次に次女をその部屋に呼んだ。
あぐらをかいて座った被告は次女を足の上に乗せ、携帯で次女が好きなバースデーケーキの画像を見せた。その間に首に先ほどのコードを巻いた。
苦しむ顔を見なくて済むようにと、首の後ろで交差させ、力を込めて引っ張った。

「次女が動かなくなったのでマットにうつぶせにしました。直後、死んだはずの三女がスーッと息をしました。“救急車を呼べば助かるかも”と頭によぎりました。しかし、苦しむ時間を長引かせたくないと、再び首を絞めました」(検察の取り調べに)。

最後に長女を寝室に連れて行った。髪を一緒に絞めるとうまく首を絞められないかもしれないと懸念した遠矢被告は、トランポリンの上でおもちゃで遊ぶ長女の髪を結び、後ろからコードを巻いた。

「長女が『苦しい』と言いました。もはやあとにはひけず、左右の手で強く引っ張りました」(検察の取り調べに)。

動かなくなった3人を川の字に寝かせると、毛布をかけた。
「寒くないように」、そんな思いからだったという。

その後、自身も風呂場で首を吊ったり、子どもたちのいる寝室で手首や首を包丁で切ったり、トイレの洗浄液を飲んだりしたが、死ぬことはできなかった。

(検察側)「どうして包丁は子どもたちと同じ部屋で使った?」
(遠矢被告)「離れたくなかった…!」

遠矢被告はハンカチで顔を覆い、涙をぬぐった。

「子どもたちの意思を考えることなく…」 検察側の求刑は“懲役25年”

2024年6月4日、名古屋地裁901号法廷。
一般傍聴席32席に対し、開廷30分前には50人以上が列を作った。
グレーのトレーナーにジーンズ、髪を後ろで1つに結んだ遠矢被告は終始うつむいていた。

検察側は、「自身の理想とする母親として生きていく自信がないなどと思い悩んで自殺を決意し、子どもたちを残しては逝けないなどという身勝手な考えから犯行に及んだ。元夫や義母に相談したり、再度病院に通院するなどの手段をとらず、子どもたちの意思を考えることなく、子どもたちとの無理心中を一方的に決意して犯行に及んだ意思決定に対しては、強い非難が妥当する」として懲役25年を求刑した。

一方、弁護側は、「心神喪失の状態で責任能力や殺意はなく、有罪とすることはできない」と無罪を主張した。

最後に裁判長から、「話しておきたいことはありますか?」と問われた遠矢被告は、長い沈黙ののち、小さな声でこう述べた。

「重大なことをしてしまって、申し訳ありません」。

判決は6月11日に言い渡される。

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