中国とロシア、2つの大国に挟まれた中央アジアの国々。旧ソ連の一員であったことから歴史的にロシアの影響力が強い中央アジアに今、異変が起きている。存在感を増しているのは中国だ。中国とロシアの間で繰り広げられる21世紀の「グレートゲーム」。その現場を歩いた。
中国・カザフスタンの国境で賑わう「自由貿易特区」
「中国からカザフスタンへ、カザフスタンから中国へ、そしてまたカザフスタンへ」
赤と青に塗り分けられた中国とカザフスタンの国境線をスキップしながら大はしゃぎする中国人観光客。
中国の首都・北京から飛行機で西に4時間半。ここは中国の新疆ウイグル自治区とカザフスタンの国境の街・ホルゴスにある「自由貿易特区」。両国の経済関係を強化しようと2012年に作られ、習近平国家主席が主導し開発を推し進めてきた。
中国人、カザフスタン人双方がビザなしで入ることができるこの特区。面積は5.6平方Km、東京ドーム100個がすっぽり収まるほどの広さにホテルをはじめ、中国人、カザフスタン人が経営するレストランやお店が立ち並んでいる。今年はすでに両国から500万人が訪れる、人気エリアとなっている。
JNN北京支局のカメラマンとして中国の北京に駐在する私。中国側から出国審査を通過して「自由貿易特区」に入る。パスポートはチェックされるが、スタンプは押されない。手続きはいたって簡単。ただし、「自由貿易特区」を通り抜けてカザフスタン側に行くことはできない。
商品を免税で安く手に入れられるとあって、この日も多くの観光客や貿易商が訪れていた。カザフスタン人に人気なのは中国製の服や化粧品などの日用品。一方、中国人に人気なのはカザフスタン製のはちみつ、チョコレート、タバコなど。中国、カザフスタン両国の通貨が使えるので買い物は簡単。中華料理店やカザフ料理店も立ち並び、ちょっとした外国気分を味わうことができ、見て歩くだけでもなかなか楽しい。
中国とヨーロッパを結ぶカザフスタンは「一帯一路」の要衝
なぜこの場所に経済特区ができたのか?それは、中国にとってカザフスタンはヨーロッパにつながる要衝であり、中国が推し進める巨大経済圏構想「一帯一路」の中核と位置づけられている「中欧班列」の重要拠点だからだ。
「中欧班列」とは中国とヨーロッパ25か国を結ぶ鉄道のこと。特にここホルゴスは「中欧班列」の3つのルートのうち最大の運行数を誇る西ルートの重要拠点。確かに街を歩くとたくさんの貨物を運ぶ列車の往来を間近で見ることができる。貨物の積み替え拠点は増築中で、さらに輸送量を増やそうとしているのがわかる。「中欧班列」は船での輸送に比べ3分の1の日数で貨物が運べるという利便性から、運行数は10年前に比べ20倍以上に増加し、日々その重要性を増している。
「自由貿易特区」と「中欧班列」。その地理的重要性からホルゴスは北京から見て西の果てにあるにも関わらず、たくさんのホテルや商業施設が立ち並び、他省からも出稼ぎ労働者を呼び寄せる、活気のある街として急成長していた。
両国の関係強化にも関わらず厳しい国境警備・・その訳は「ウイグル民族政策」
一方、カザフスタン側にはどんなメリットがあるのだろうか?今回私は「自由貿易特区」のカザフスタン側の責任者に取材のアポを入れていた。てっきり「自由貿易特区」内にいるのだろうと思っていたが前日にインタビューの場所を再確認すると、なんと国境を越えてカザフスタン側に来いという。
「『自由貿易特区』があるくらいだから、中国側から歩いて簡単にカザフスタン側に行けるのだろう」。気楽に考えていた私だったが国境越えは想像以上に大変だった。まず中国側のバスターミナルから指定されたバスに乗り、中国国境へ→徒歩で移動し、出国手続き→再びバスに乗りカザフスタン国境へ移動→バスを降りて入国手続き→再びバスに乗りカザフスタン側の指定するバスターミナルまで移動と、カザフスタンの地に降り立つまで、なんと5時間近くもかかってしまった。
想定外のバスの旅。しかし、その旅は思いがけず中国とカザフスタンの力関係を考えさせられるものになった。車窓から景色を眺めていると、高層ビルが建ちならぶ中国側の発展ぶりとは対照的にただただ荒野が広がっている。印象的だったのはカザフスタンから中国に向かうトラックの荷台の多くは空っぽだったこと。中国からの輸入品を運ぶためのトラックであることがうかがえる。実際、バスに乗り合わせた中国人男性は中国で買い付けた日用品をカザフスタン側に売る貿易の仕事をしていると話した。「自由貿易特区」でも衣類に日用品に電化製品にとあふれんばかりの中国製品に比べ、カザフスタン側の「売り物」ははちみつとチョコレートくらい。「あまりに貿易不均衡では?」と心配になったが、中国側にももちろんメリットはある。それはカザフスタンの石油、天然ガスや鉱物などの資源だ。そして何度も繰り返すが、中国にとってのカザフスタンの重要性はヨーロッパへの窓口、ということに尽きる。
もうひとつ、バスの旅で気が付いたことがある。異常に厳しい国境管理である。中国とカザフスタンの間には高い鉄条網で囲われた緩衝地帯が延々と設置されている。数キロおきに監視塔もある。国境越えのルートは先ほど記したバスルートのみ。しかもバスを乗り降りする度に国境警備隊の再三にわたるパスポートチェックがあった。中国とカザフスタンの関係は良好なはずではなかったのか?厳しい国境警備の理由。それは、ホルゴスが「新疆ウイグル自治区」にあるからだと、 法政大学の熊倉潤教授は話す。
法政大学・熊倉潤 教授
「中国にとってカザフスタンは新疆ウイグル自治区を『統治する』ためにも重要なのです。新疆ウイグル自治区からカザフスタン経由で国外に逃れたウイグルの人たちも多く、また、カザフスタン経由で『ウイグル独立』などの思想の流入を防ぎたい中国にとってカザフスタンは『新疆ウイグル自治区の治安を維持』するためのパートナーとしての意味合いも強いのです」
中国政府に不満をもつウイグルの人たちはカザフスタンなど中央アジアの国々を経由し、国外に亡命してきた。それを防ぐため厳重な国境警備になっているのだという。
近年、新疆ウイグル自治区の人権をめぐり、中国は国際社会から批判を浴び続けているが、ヨーロッパにつながる要衝のカザフスタンに隣接する新疆ウイグル自治区は中国政府にとって絶対に手放せない場所。だからこそ異常なまでの「漢族との同化政策」をとり、「テロ対策」「貧困対策」の名のもと「強制収容所」に人々を送り込み、独立運動を押さえつけるのだ。思いがけずウイグル問題の本質を、厳しい国境警備から垣間見ることになった。
旧ソ連の一員だったカザフスタンをはじめとする中央アジアの国々は、もともとロシアの影響力が強く「ロシアの裏庭」と呼ばれていた。しかし今、大きな変化が起きている。転機となったのは2022年のロシアによるウクライナ侵攻。これにより、中央アジアにおけるロシアの経済的な影響力が低下。その隙を突くように影響力を拡大し始めたのが中国だ。
中国は2023年、「中国・中央アジアサミット」を初めて開催。中央アジアの国々に対し約5000億円の融資と無償援助を行うことを表明した。ヨーロッパへの窓口という地理的な重要性に加えて、中央アジアの国々が持つ石油や天然ガスなど豊富な資源も中国にとって大きな魅力となっている。そしてカザフスタンの最大の貿易相手国は昨年、ついにロシアから中国にとって代わった。
「ウクライナ侵攻については聞かないでください」中国とロシアの間で揺れるカザフスタンのしたたかさ
ようやく会えた「自由貿易特区」の責任者。しかし、彼の口から飛び出したのは、思いがけない一言だった。
ホルゴス国際国境協力センター・ヤーゼン・サイノビッチ・クルマシェフ社長
「この自由貿易特区はカザフスタンと中国のビジネス関係の始まりです。この特区はまさにその原点なのです。ここを経由して中国とヨーロッパはつながっているのです」
「ただし、中国の『一帯一路』のプロジェクトに直接の関わりはありません」
「一帯一路とは関係ない」。何度違う角度から質問してみても、社長の言い方は変わらなかった。むしろ「中国だけでなくウズベキスタンやキルギスからのビジネスマンも来ますよ」「この道路はロシアと中国の合意によって作られたものです」など、中国「色」を薄めようとする発言ばかりが繰り返されるインタビューとなった。
さらに、興味深いことがあった。インタビュー直前、カザフスタン人スタッフが「『ロシアのウクライナ侵攻の影響』については質問しないでください」と私に念を押したのだ。
結果、中国にもロシアにもくみしない、慎重な物言いが目立つ、奥歯にものが挟まったようなインタビューとなったが、その姿勢こそが今のカザフスタンの置かれた立場を象徴しているように見えて、私には逆にとても印象深い取材となった。
ロシアによるウクライナ侵攻以降、中央アジア地域にはある種の「経済的な空白地帯」が生まれ、そこに中国が入り込んでいく。「ロシアの裏庭」の国々は今、「ロシア離れ」を起こしているのではないか。そんな見方も広がっているが、専門家はその見方を否定する。
法政大学 熊倉潤 教授
「ソ連崩壊以降、中央アジアの国々はロシア由来のキリル文字からアルファベットにかえるなど、独立国家としてのアイデンティティーを求めている一面はあります。しかし、ロシアから離れたいというわけではなく、ロシアの安全保障・経済面における磁力は未だに健在です。一方で、中国と経済関係を強化しつつも中国の『経済的植民地』にはなりたくない、という警戒感もあります。カザフスタンなどの中央アジア国家は中国と向き合うときはロシアを後ろ盾にし、ロシアに向き合うときは逆に中国を後ろ盾にするなど、バランス外交をしています」
取材後記
中国・カザフスタン両方の国境の街を歩いて感じたこと。それは「中欧班列」の要衝であるこの地域にかける中国の本気度、そしてその中国とつかず離れず付き合う、カザフスタンのしたたかさだった。
習近平国家主席は「ホルゴスを深圳にする」と意気込んだというが、中国の西の端の田舎町がたった10年で高層ビルが立ち並ぶ「都市」になっていることに驚いた。「一帯一路」の核心である「中欧班列」の推進、そして「ウイグル民族対策」。様々な思惑からカザフスタンとの関係を強化していこうとする中国の強い意思を感じた。
一方のカザフスタン側。古びた木造の平屋が立ち並び、舗装されていない道を中古車が土煙をあげながら走っていた。時間までがゆったりと流れているような、どこか懐かしい、過去にタイムスリップしたような感覚に陥る景色に、中国とのあまりの経済格差を実感しないわけにはいかなかった。
カザフスタンのホルゴス国際国境協力センター社長やそのスタッフが、「カザフスタンは中国とさらに経済関係を深化させていきたい」と話す一方、「ウクライナ侵攻の影響に関わらず、ロシアはあくまで重要なパートナーである」と強調した。カザフスタンを挟む2つの大国に対する配慮が常に感じられ、そのバランス感覚が強く印象に残った。
19世紀以来、大国の覇権争いに巻き込まれ続け、「グレートゲーム」の舞台となってきた中央アジア。時は移ろい、今は中国とロシアという新たなプレーヤーによる勢力争いの渦中にある。しかし、そこには歴史的、文化的につながりの深いロシアと関係を維持しつつも中国から経済的利益を引き出そうとするしたたかな姿が浮かび上がってきた。
21世紀の「グレートゲーム」がどのような展開を見せるのか。その動向から目が離せない。
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