インドネシアの大統領を2期務めたジョコ・ウィドド氏(63)=愛称ジョコウィ=が今月20日、退任する。経済運営が国民に評価される一方、「民主主義が後退した」との批判も渦巻く。首都ジャカルタの知事を経て2014年に就任した当初、国軍やエリート層出身ではない「庶民派」ともてはやされたジョコ氏のイメージは、この10年でどう変わったのか。
「インフラ大統領として記憶されるだろう」――。地元メディアには任期中のインフラ開発を評価する記事が多い。都市と地方の格差是正をかかげてジャワ島外にも道路や橋、空港を次々と建設した。東南アジアでは初となる高速鉄道の開通も実現。交通インフラの整備を通じて経済を活性化することに力点を置き、就任した14年の年末に8・36%に上ったインフレ率は2%台に低下させた。
また、世界的な電気自動車(EV)ブームに乗る形で、EV製造に欠かせないニッケルなどの未加工の鉱物資源の輸出を制限。世界最大の埋蔵量と生産量を誇るニッケルについては、とりわけ中国からの直接投資を拡大させるなど、豊富な資源の付加価値を高めて経済発展に生かした。
経済政策への肯定的な評価は支持率にも反映され、退任が目前に迫った今年9月でも75%(世論調査機関インディカトル)と高い。その一方で指摘されるのが民主主義の質の低下だ。
調査報道に定評がある老舗週刊誌「テンポ」は7月末、「ジョコウィの18の罪」と題する特集を掲載した。独立捜査機関「汚職撲滅委員会」(KPK)の権限を大幅に弱めたことや、大統領に対する侮辱を犯罪とする条項の新設を含む刑法改正を進めたことが挙げられ、「権威主義を用いて、自身の権力基盤を強固にした」と指摘した。
中でも批判を浴びているのは、ジョコ氏の後を継いで大統領に就任するプラボウォ国防相とのペアで選挙に当選し、副大統領となるジョコ氏の長男ギブラン氏(37)を巡る問題だ。
インドネシアでは正副大統領の被選挙権は40歳以上と規定されているが、憲法裁判所は昨年10月、地方自治体トップなどを経験していれば40歳未満でも立候補できると判断。ジャワ島中部のソロ(スラカルタ)市長を務めていたギブラン氏の出馬を可能にした。
当時の憲法裁長官はジョコ氏の義弟で、ジョコ氏が退任後も自身の影響力を維持するため「政治を私物化した」と批判された。
政治評論家のヨス・クナワス氏は、初当選時に強調された「庶民派」のイメージについて、スハルト元大統領のかつての娘婿であり、陸軍特殊部隊司令官として独裁政権の中枢にいた過去を持つ対立候補のプラボウォ氏との差別化を図るための選挙戦略であり、「2期目に入ると化けの皮が剥がれた」と指摘する。
次第に強権的な振る舞いが目立つようになったとし「国内経済の活性化では国民の期待に応えたが、民主主義の深化という点では失望させた」と述べた。
こうした指摘や批判を当の本人はどう受け止めているのだろうか。8月に大統領宮殿で開かれた宗教儀式の場で、ジョコ氏は「大統領としてのこれまでの過ちを許してほしい」と謝罪した上で、次のようなメッセージを残した。
「私たちは、すべての国民を満足させることはできないと気付いた。私は完璧ではない。普通の人間だ。完璧なのは神しかいない」【バンコク石山絵歩】
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