ヒズボラの最高指導者ナスララが暗殺された場所でコーランを読む女性 AP/AFLO
<イスラエルによるヒズボラ攻撃とイランの報復で負のエスカレーションに覆われた中東。イスラエル、イラン、そして大統領選を控えるアメリカも瀬戸際に立たされている>
イスラム組織ハマスがイスラエルを奇襲して1年。この間、イスラエルの軍事力は1973年の第4次中東戦争に敗れそうになったときから、さらに弱体化しているように見えた。
あれから半世紀。今のイスラエルはイランとその代理勢力に対し、一気に戦略的優位に立っている。ベンヤミン・ネタニヤフ首相が言うように「今後の中東地域のパワーバランス」を有利に展開させつつある──。
以上が、ここ数カ月のイスラエルによる数々の圧倒的な攻撃について、軍事や安全保障の専門家らが言い立てていることだ。
今年の春以降、イスラエルはイラン革命防衛隊の幹部らを殺害し、イランの首都テヘランではハマスの政治局長を、パレスチナ自治区ガザではハマス軍事部門の司令官を暗殺。レバノンのイスラム教シーア派組織ヒズボラに対しては、10月1日に驚くほど手際のいい攻撃を行った。
同じ1日にはイランがイスラエルへの大規模な報復攻撃に踏み切ったが、イスラエルの軍事・技術的な優位が再確認される結果に終わった。
イランは、イスラエルの空軍基地とテルアビブにある情報機関モサドの本部に前例のない大規模な弾道ミサイル攻撃を仕掛けたが、イスラエル側には死者も重傷者も出なかった。迎撃に成功した主な要因は、最先端の多層防空システムにある。
だが軍事的にも外交的にも、本当の試練はこれから訪れるのかもしれない。
レバノンからイスラエル北部に飛来したロケット弾で民家にも被害が JIM URQUHARTーREUTERS50年に1度のチャンス
イスラエルが下さなくてはならない決断はこれだ──今までと同様、ガザのハマス掃討とレバノン国内のヒズボラの無力化に力を入れるのか。それともイランの指導層や、場合によっては核開発計画の阻止まで含めてイランの政権打倒を狙うのか。
一方、イスラエル最大の同盟国であるアメリカに問われるのは、大統領選を約1カ月後に控えた今、ジョー・バイデン大統領と民主党の大統領候補であるカマラ・ハリス副大統領が、政治的に危険なエスカレーションを回避できるかどうかだ。
共和党の大統領候補であるドナルド・トランプ前大統領は、イランによるイスラエルへのミサイル攻撃で「世界的な大惨事」へあと一歩まで来たとし、バイデンとハリスの指導力不足を非難した。
紛争がイランとその代理勢力との存亡を懸けた戦いの様相を呈するなかで「イスラエルにとって審判の日がやって来た」と指摘するのは、米保守系シンクタンク民主主義防衛財団の上級研究員ルエル・マクル・ゲレヒト。「国内では強硬論が優勢だ。イスラエルはリスク許容度の設定を変更したのではないか」
イスラエルのタカ派であるナフタリ・ベネット元首相はX(旧ツイッター)に、「イスラエルは今、中東情勢を変える50年に1度の大きなチャンスを手にしている」と投稿した。「わが国には正当な理由があり、手段もある。ヒズボラとハマスの機能は麻痺し、いまイランは無防備だ」
イランから発射されたミサイルを迎撃するイスラエルの対空防衛システム「アイアンドーム」 AMIR COHENーREUTERSIsrael has now its greatest opportunity in 50 years, to change the face of the Middle East.
— Naftali Bennett נפתלי בנט (@naftalibennett) October 1, 2024
The leadership of Iran, which used to be good at chess, made a terrible mistake this evening.
We must act *now* to destroy Iran's nuclear program, its central energy facilities, and to...
ゲレヒトは「イスラエルがイランからの挑発に強硬措置を講じなければ、イランに核の保有を許すことになる」と指摘。イスラエルにとってイランの核開発計画への攻撃は、戦略的に不可欠だという考えも示した。
「イランを大々的に攻撃しても──その原油産業施設や軍事施設、最高指導者のアリ・ハメネイを含む指導層を攻撃したとしても、核兵器のインフラを標的にしなければ、イランの策謀への抑止としては意味がない」
しかしバイデンとハリスは、こうしたエスカレーションを何としても避けたい。中東の紛争が大規模なものに発展すれば、米軍はほぼ確実に巻き込まれ、アメリカ国民に死傷者が出かねない。
これが投票日直前に選挙の形勢に大きな影響を与える「オクトーバー・サプライズ」となれば、ハリスの勝利は危うい。
外交面で緊急の課題は、バイデンが影響力を発揮し、イスラエルによるイラン攻撃のエスカレーションを抑止して全面戦争を食い止められるかどうかだ。実際、10月1日のイランによる攻撃は、バイデンとハリスが抑止を働きかけると踏んだ上で、タイミングを計って行われた可能性が高い。
民主主義防衛財団の上級研究員で、イランのミサイル能力に関する専門家のベーナム・ベン・タレブルは、イランが全面戦争の回避を試みる米政府の「土壇場の踏ん張りを当てにしているのではないか」との見方を示した。
レッドラインを越えた
特にバイデンが7月に米大統領選からの撤退を表明して以降、アメリカ外交はあまり進展が期待できない状況が続いている。
しかもネタニヤフは以前から公然とバイデンを軽視し、アメリカからの自制の要請を繰り返し無視したり、アメリカが提案するガザ停戦案に同意すると見せかけて結局は拒否したりしてきた。
それでも少なくとも過去1年間、ネタニヤフはおおむねアメリカの要請に従い、ヒズボラやレバノンとの新たな戦闘を始めないようにしているように見えた。だが、9月に入って状況は一変。
イスラエルは米政府への事前通告なしに、ヒズボラ戦闘員の通信機器を狙った妨害工作を実行して大勢の死傷者を出し、新たな戦線を開いた。
さらにその後イスラエルは、ヒズボラの最高指導者ハッサン・ナスララとイラン革命防衛隊の司令官アッバス・ニルフォルーシャンを相次ぎ暗殺。レバノン南部への限定的な地上侵攻に踏み切った。
バイデンにとって最大の問題は「米政府が窮地に追い込まれていることだ」と、イスラエルのシモン・ペレス元大統領の上級顧問だったニムロド・ノビクは言う。「アメリカとイスラエルの隔たりが露呈すれば、イランを含むあらゆる敵対勢力が勢いづく」
民主主義防衛財団のタレブルは、今後イスラエルが何をするにせよ、「かなり大規模なものになる」と予測する。
今回の攻撃でイスラエル側に死傷者が出なかったために全面戦争は回避できたが、イランは他国に対する「史上最大規模の弾道ミサイル攻撃」という「レッドライン(越えてはならない一線)」を越えたと彼は指摘する。
アナリストらは、マスード・ペゼシュキアン大統領が率いる穏健派のイラン新政府が、制裁解除と引き換えにアメリカとの核交渉を再開しようとしているなか、イランはイスラエルへの反撃を慎重に調整しようとしたと考えている。
イランのジャバド・ザリフ副大統領は、2015年の核協議の際のイラン側の交渉責任者だった。
10月1日のミサイル攻撃には、高性能固体推進薬を推進力とする約180発の弾道ミサイルが使われた。これまでより強力なもので、事前通知から攻撃までの時間は4月の攻撃時より短かった。イラン政府が約3000発といわれる膨大な量の武器を使い切らないよう小出しにしていることも明らかだ。
米インディアナ大学のフセイン・バナイ准教授(国際政治)は「イランはイスラエルに対し、軍事標的を狙った限定的な交戦は構わないと示唆している」と言う。
「だがもしネタニヤフが、イランによる10月1日のミサイル攻撃への報復として、それを超える規模の攻撃を行う選択をすれば、イランはエスカレーションを抑える戦略を放棄せざるを得ない可能性がある」
バイデンの影響力は?
それでも、まだバイデンがこの問題でイスラエルに対して影響力を発揮できる可能性はあるかもしれない。
イランとの戦争が拡大すれば、アメリカは軍事面および諜報面で、イスラエルに今とは桁違いの協力を行う必要がある。さらにイスラエルの国家安全保障当局には、とりわけハマスやヒズボラの掃討が終結には程遠いという認識から自国の過信や傲慢を警戒する声が多くある。
「彼らは経験豊富で思慮深く、冷静なプロだ」と、ノビクは言う。「米軍に敬意を持ち、バイデン政権からの前例のない支援に感謝し、アメリカの国家安全保障に影響を及ぼす問題については米政府と緊密な調整を行う必要性を真剣に受け止めている」
バイデンは10月2日、イスラエルがイランの核施設を攻撃することを支持しないと記者団に表明した。また、アメリカと西側の同盟諸国がイランへの新たな制裁を検討していると明らかにした。しかし米当局者は、イスラエルはイランに何らかの攻撃を行うだろうと予想している。
「イスラエルが今後どうするかについて、イスラエルと話し合う予定だ」と、バイデンは言った。
そして、ほかのG7指導者との間には「イスラエルには反撃の権利があるが、その反撃はイラン側の攻撃と釣り合う規模にすべきだという点で合意がある」と語り、「イスラエルには助言を行っており、近いうちに(ネタニヤフと)協議する予定だ」と付け加えた。
バイデンの助言は受け入れられるのか。それとも、より大規模な戦争が勃発するのか。答えは今後数週間のうちに明らかになる。
From Foreign Policy Magazine
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