<長引くロシアとの戦争の影響により、ウクライナでは読み書きのできない子も出てきているという。「日本も財政が厳しいのに」など批判の声もあるなか、ウクライナを支援し続けることの意味をジャーナリストの池上彰さんと考える>

世界で頻発する、災害や紛争。ニュースは日々更新されていきますが、ロシアによるウクライナ侵攻は、まだ終わっていません。侵攻開始から2年が過ぎたいま、「ウクライナで何が起こっているのか」そして「なぜ日本が支援するのか」を、ジャーナリストの池上彰さんと考えます。記事と動画でお伝えします。

(記事は4月末実施の鼎談をもとに、再構成しています)

ジャーナリストの池上彰さん(中央)と、ウクライナ人でNPO法人日本ウクライナ友好協会KRAIANY(クラヤヌィ)副理事長のイェブトゥシュク・イーゴルさん(左)、JICAウクライナ事務所長の松永秀樹さんの3人が語り合った

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人々の生活や思い出まで破壊されている

池上 ウクライナの今の状況はどうなんでしょうか。

松永 今年の1月から首都キーウに住んでウクライナ支援にあたっていますが、シェルターに避難する頻度が増えています。当初は月に2、3度ほどだったのに対し、最近は週に2、3度ほど。シェルターに入りながら生活と仕事を続けている状況です※。

池上 最近のロシアの攻撃は、特に発電所などのインフラを破壊してウクライナの人々の生活を破壊し、戦意を喪失させようとする意図的な方針が見えますね。

※シェルターに避難する回数は2024年6月時点で再び減っている。

池上 彰(いけがみ・あきら) ジャーナリスト。名城大学教授、東京工業大学特命教授。NHKで社会部記者やニュースキャスターを務め2005年に独立。以後テレビや新聞など各種メディアで活動。世界の最新情勢に詳しく、JICA企画のもと日経ビジネスオンライン上で「ウクライナと世界の未来と私たち」と題した特集を執筆するなどウクライナに関する取材も豊富

松永 電力関係の施設に加え、港湾施設や自治体関係の施設が攻撃されている傾向です。港湾施設については、ウクライナは、黒海からルーマニアやブルガリアの沿岸を通る新しい輸出ルートを使用することで穀物などの輸出を回復させるとともに、ロシアに攻撃させにくくしています。ですので大元の輸出拠点の港湾を攻撃することで輸出機能を停止させようとしているわけです。

池上 そうか。ルーマニアやブルガリアはNATOに加盟しているから、ロシアが手を出せない。だからそこに入る前に攻撃するということなんですね。イーゴルさん、特にインフラが破壊されている現実には心が痛みますね。

イーゴル そうですね。そして「インフラが破壊された」「どこかにミサイルが落ちて民間施設が破壊された」と一言で言っても、それはただの施設や建物ではないのです。実家や、学校への通学路、子どもが生まれた病院など、私たちウクライナ人の思い出が詰まっている場所です。そのような場所が攻撃・破壊されると、精神的に自分を破壊されているような気持ちになります。

イェブトゥシュク・イーゴル(Ievtushuk Igor) NPO法人日本ウクライナ友好協会KRAIANY(クラヤヌィ)副理事長。ウクライナ西部のリュボムリ市生まれ、キーウ国立言語大学日本語学科卒業。2014年のロシア軍によるクリミア半島侵入時に、通訳として日本メディアの取材をサポート。2015年に来日し、筑波大学大学院修了(国際関係論)。IT企業に勤務しながら、日本からウクライナを支援するNPOの副理事長を務める

ウクライナの歴史や文化、アイデンティティを守るため

池上 まさに思い出まで破壊されてるということですね。ウクライナは言語で言うと、東部ではロシア語を話す人もいるし、西部ではハンガリー語を話す人もいる。言語でもモザイクのような国です。

イーゴル ウクライナ語は、ソ連の一部になったときも含めてこれまで何度も禁止されてきました。意図的にウクライナ人のアイデンティティを消そうとしていたんです。学術の世界や政府機関で勤めるにはロシア語を話せないとキャリアを立てることができず、その影響でウクライナ語を話す人が減っていきました。ウクライナ語を話すことが恥ずかしいという意識さえありました。それが、2013年のユーロ・マイダン革命で、がらっと国民の意識が変わりました。ウクライナの歴史やウクライナ語、アイデンティティを守るために努力しなければいけないと国民が目覚めたんです。

2013年にウクライナで起きた市民運動「ユーロ・マイダン」。親ロシア派の政権の崩壊と親欧米の政権設立につながった。「尊厳の革命」とも呼ばれる。写真は首都キーウの独立広場で市民がデモ活動を行う様子。イェブトゥシュク・イーゴルさん撮影

池上 この戦争は、ウクライナの文化をどう守るのか、ウクライナ人としてのアイデンティティを守る戦いでもあるんですね。

イーゴル その通りです。その中で、特に食に興味の高い日本の人々にキーポイントとして強調しているのは、「ウクライナ料理といえば、ボルシチ」だということです。

池上 ボルシチはロシア料理ではない、ウクライナ料理だということですね。実は私も1990年代にキーウの有名な民族料理のレストランに行って、その時にボルシチはウクライナ料理なんだと知りました。

松永 レストランといえば、キーウのレストランのレベルはものすごく高いんです。実は、今キーウをはじめ他の市でも、レストランなどの店は普通に営業しています。もちろん空襲警報があれば避難しますが、ウクライナの人々には、この戦争の中でもできる限り普通の生活をして、ロシアの脅しに屈しないんだという強い意思が見えます。

イーゴル 日常生活の中では、生きているという感覚が持てるのです。今のミサイルがいつでも飛んでくるというのはあり得ない状況でとても危険です。ただそんな中でも、少しでも自分の精神状態を保つためにバリアを作っているのです。

松永 秀樹(まつなが・ひでき) JICAウクライナ事務所所長。海外経済協力基金(OECF)から国際協力銀行(JBIC)などを経てJICA。エジプト事務所長、世界銀行、中東・欧州部長を経て2024年1月から現職

将来が見えなくても、子どもたちの未来を築くために

池上 イーゴルさんは、今33歳だそうですね。例えばイーゴルさんが40歳になった時、あるいは50歳になった時、何をしているんだろうと思うことがありますか?

イーゴル この戦争で、未来を考えて計画を立てるということができなくなってしまいました。明日は何が起きるか分からないので、今目の前で起きている戦争を止めるために全力を尽くそうって。目の前のタスクをこなしていくだけになっています。多くのウクライナ人もそう話しています。

池上 ウクライナで日本語を学んで、それから日本に来て、将来やりたい夢をお持ちだったわけでしょう。戦争は、若い人たちの夢もまた奪うものだということですよね。

イーゴル そうですね。ただ、5年後、10年後の子どもたちの未来をつくる必要があります。前線に近い避難民用の施設を運営していますが、ショックなことにちゃんと読み書きできない子どもたちが出ています。コロナの影響で教育が受けられなくて、それでまた今回の侵略が始まって。

松永 子どもたちが教育の機会を逸してしまう。それは一生に影響を及ぼすことです。今、何百万人のウクライナの人々が国内外で避難していますが、それでも教育を受けることができるように、JICAは遠隔教育の機材を提供しています。将来復興の核になっていくのはウクライナの人々なので、特に子どもたちや若い人々に役に立つような支援を今後も続けていきたいと思っています。

JICAが提供したPCで学ぶウクライナの子どもたち

助けるだけではなく、グローバル人材としての活躍の場を

イーゴル 私たちのNPOは日本国内のウクライナ避難民もサポートしていますが、ただサポートするだけではなくてグローバル人材に育てたいという目的があります。彼らをずっとサポートされる人ではなく、何か社会に貢献できる人にしたいのです。教育プロセスの中でカフェを作って、利益はウクライナのために寄付される、ウクライナ人はウクライナのために主体性を持って働ける、カフェやイベントでウクライナ文化も紹介できるという、いろいろなところにWin-Winな仕組みを作りました。

(左)ウクライナ地図を刺繍するイベント(右)カフェで提供されているボルシチ(写真はいずれもNPO KRAIANY 提供)

池上 「避難民だから」「かわいそうだから」と助けるだけではなくて、 グローバル人材として育てていくということなんですね。ウクライナの人にしてみても、単に助けてもらうのではなく自分たちがグローバル人材として活躍できた方がいい。そういう場を作っていくのが本当の支援なんだなと思います。

イーゴル JICAは、ノウハウの共有などでウクライナの基盤を支えるような、いろいろな取り組みを行なってくれています。ポーランドに避難するウクライナ人に向けたITスキルの研修を行うなど、グローバル人材に育てるための重要な役割も果たしていただいています。

松永 ITスキル研修もそうなのですが、JICAは日本とウクライナの双方向の関係を重要視して、ウクライナ避難民を受け入れる隣国のポーランドやモルドバなどの国と連携した協力を行っています。そして今JICAはウクライナに対して地雷除去の協力も行っていますが、これはカンボジアと連携した協力です。このように世界中にウクライナ支援の機運を作っていくということも、我々の支援の中の重要なポイントだと考えています。

池上 特にカンボジアではずっと内戦が続いてきて、大量の地雷が残っている。JICAは地雷除去やそのための人材育成の協力を地道に続けてきた。そのノウハウなどが、ウクライナでも役に立っている。そういう形の協力があるんだということですね。

(左)JICAがポーランドで実施したITスキル研修の様子(右)JICAがカンボジアで実施したウクライナ政府職員への地雷除去研修の様子

「なぜ支援する?」それは日本と世界の平和、そして現代文明を守るため

池上 ウクライナを支援するというと、アメリカでも「ウクライナを支援するよりアメリカファーストだ」という声があります。日本はアメリカほど表立って出ないにしろ、「日本も財政が厳しいのに、なぜウクライナを支援するんだ」っていう声、ありますよね。

松永 そういう声は、日本やアメリカに限らず出てくると思います。ただ一方で忘れてはいけないのが、第二次世界大戦後、日本が戦後復興する時に世界銀行など世界から支援を受けたということです。東海道新幹線や高速道路、トヨタ自動車の工場の一部にも支援があったからこそ日本は復興してきた。また、2011年の東日本大震災の後には全世界から2000億円を超える寄付・支援をいただいているわけです。我々の今の日常、平和は、これまで危機が起きた時に世界のいろいろな国から支援されてきたおかげで成り立っていることを忘れてはいけないと思います。

イーゴル ロシアの侵略は、私たちが生きている平和な民主主義の社会、お互いを尊敬し合って共存できる社会を覆そうとしているんですね。ロシアが侵略に成功した場合、それはただ「ウクライナが負けた」ということではなく、他の国に対して力で現状変更ができるという悪しき前例となります。これはウクライナの問題だけではなくて、全世界の問題なのです。言葉が大きいかもしれませんが、現代文明の存続がかかっていると思っています。

池上 民主主義や戦後の今の私たちの大事な価値観を守るために、他国による一方的な侵略は国際社会全体で許してはいけない。その結果は日本にも影響を及ぼすんだということですね。


池上彰さんから皆さんへ
今、ウクライナのニュースは非常に少なくなっていますが、現地の悲惨な状況は続いています。もちろんJICAが支援していますけど、私たち一人ひとりがウクライナについて語ること、言葉に出すことも広い意味での支援活動になります。これをご覧になるみなさんには今改めて、「自分には何ができるのか」ということを自らに問いかけ、周りの人と話をするという時間を取っていただきたいですね。

(関連リンク)
JICAのウクライナでの取り組み(最新の支援事例の紹介も)
国際社会が直面する重要課題「ウクライナ支援」:日本、そしてJICAが果たす役割(G7特集)
「ウクライナの復興を担うのはITセクターだ」 強い使命感で成長を続けるスタートアップを後押し
日本の技術でウクライナの地雷除去へ!カンボジアで日本製の地雷探知機の研修を実施
ウクライナの正確・公平・公正な報道を守るため。機材提供で戦時下の公共放送局をサポート
JICAウクライナ事務所(Facebook)
NPO法人日本ウクライナ友好協会KRAIANY

【鼎談動画】池上彰さんと考える「私たちはなぜウクライナを支援するのか?」 (YouTube)

※当記事は「JICAトピックス」からの転載記事です。

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