こまばアゴラ劇場の事務所にて HISAKO KAWASAKI-NEWSWEEK JAPAN

<現代演劇の旗手として、また文化政策のオピニオンリーダーとしても活躍する劇作家・平田オリザ。前回「「アートのライセンスビジネスが日本の生きる道」──平田オリザが語る「こまばアゴラ後」の活動」に続くロングインタビューの第3弾では、平田のもう一つの顔、教育者としての活動を取り上げる>

劇作家、劇団主宰者として活動をする平田は、2000〜05年に桜美林大学で演劇を教えたことを皮切りに、大阪大学、四国学院大学、東京藝術大学と高等教育に演劇を取り入れる試みを続けてきた。一方で、02年度から採用された国語の教科書に『対話劇を体験しよう』を書き下ろし、演劇を用いたコミュニケーション教育を自らも赴く形で全国各地の小中学校で展開している。

設立4年で47都道府県から学生が集まる大学

──この10年くらいで活動の拠点を豊岡にどんどんシフトしていくなかで、コロナのパンデミックがあって演劇祭も2021年は中止と、予定通りに進まなかった部分も多かったのでは?

そうですね。ただ、芸術文化観光専門職大学が予想以上に順調にいって、受験倍率も高いんです。今年高知県からの入学者がいて、開校から4年間で47都道府県全部から学生が来たんですけども、今どきそんな大学はなかなかないんですね。地元から定員増の期待も大きいですし、そっちに相当注力した3年間でした。コロナがあって注力せざるを得なかったところもあるんですけど(笑)。

演劇祭も順調にフリンジの応募が増えていて、もう200数十件、要するに日本最大級の演劇祭にはなっている。ただ、コロナで国際面が予定よりちょっと遅れている感じかな。大学でも去年からやっと留学生の受け入れが始まったり、国際交流の面はちょっとまだきついですね。とはいえ、円安なので、留学生が向こうから来る分にはいい。

──芸術文化観光専門職大学ですが、演劇の人材育成は平田さんが桜美林大学にいた頃から取り組まれてきた部分でイメージできるのですが、観光のための人材育成というのは?

観光学の世界で文化観光っていうジャンルがあって、今、文化庁もその文化観光にすごい力を入れています。文化庁が一番やっているのは美術館ですけど、観光資源として、演劇やダンス、パフォーマンスも含まれます。ブロードウェイのミュージカルとか、ベルリンフィルとか、全部あれは観光資源でもあるわけですよね。

そういうものを目当てに来ることを文化観光って呼ぶんですけど、そこを企画したり運営したり、あるいは実践できるような人材が日本には足りないので、その育成をするのが、うちの大学の一番の狙いです。


平田が学長を務める芸術文化観光専門職大学にはこの春、4期生84人が入学した。こちらは地元民放によるニュース。 サンテレビ / YouTube

この成功を海外にも展開したい

──観光の人材というと、ツアーコンダクターをイメージしがちですけど、そうではない?

観光業界の方たちに説明しているのは、専門学校ではなく大学なので、フロントマンではなくてコンシェルジュを育成するんだと。コンシェルジュっていうのは、世界中からお客様が来たときに、そのお客様に合わせていろんなツアーとかリコメンドしなきゃいけない。だから文化人類学とか歴史学とか自然科学とか、いろんな知識をもってないとダメなんですよね。感性も必要です。お客様が家族連れなのか恋人なのかによって、それに合った旅行先を推薦していく。

一方で、ニューヨークとかロンドンの一流ホテルのコンシェルジュって、電話1本でブロードウェイやウエストエンドのチケットを押さえてくれるんです。そういうネットワークがあるし、自分自身もちゃんと主要なミュージカルとかオペラとか展覧会とか見に行ってるわけですよ、初日から数日のうちに。だってそうじゃなきゃ、推薦できないじゃないですか。それで、帰ってきたお客様とまた感想を語り合ったりするっていうのがコンシェルジュなんです。そういう人たちを作る。観光分野で言えばね。

あと、観光は本当に偶然ですけど、2009年の政権交代時に、僕、内閣官房参与もしていたんですけど、当時の国交大臣の前原誠司さんから頼まれて、国交省の成長戦略会議の観光部会の座長をしたんです。

最初のインバウンド2000万人計画とか、僕が立てたんですよ。そういう役職に就くと、役人から三日三晩くらいものすごいブリーフィングを受けるんです。役人は自分のやりたいことを通したいから。そこで当時すごい勉強したのが、まさかこんなところで役立つとは思ってなかった。まぁ、与えられた仕事はちゃんと全力でやるんですよ、いつも(笑)。

──今まで平田さんが他の大学でやってきたことと全く違う気もします。

観光の部分はそうなんですけど、でも 2000年に桜美林大学で演劇・ダンス専修を作ったときも、日本で最初のリベラルアーツ(一般教養)における演劇教育をやりますって言って、最初は誰もが「なんのこっちゃ」って感じでしたよ。それが蓋を開けたらたくさん学生が来たわけじゃないですか。大阪大学では大学院の高度教養教育に演劇を入れる試み、四国学院大学では中四国地区初の演劇コースの開設。いつも初めてのことをしているので、これまでと違うのは当然です。そして、そのたびに周囲の理解が追いつかない。

芸術文化観光専門職大学でいえば、今どき演劇やダンスをやりたいって子供が言って、頭ごなしに反対する親はもうあまりいないんです。やっぱり引きこもりとかになられるよりは絶対そっちのほうがいいわけですよ。ただ、就職も心配で、本学の場合には公共ホールとか観光とかで就職先は鉄板であるので、その部分が保護者とか演劇部の顧問の先生から信頼を得て、この高倍率になっているってことですね。

今、大学で新しい学部ってほとんど情報系なんですよ。いま、欲しい人材の育成ばかりを考える。でもね教育学の世界では「Connecting the dots」って言うんですけど、情報と情報をつないで物語を作っていくような能力だけが、これからの人類として多分最後の領域で、それだったら100年後はわかんないけど、30年、50年は持つんです。

だけど結局、大学に新しい学部を作ろうとすると、多くの場合、その学部を作るのは既成の教授陣なんです。時々、外から来た人がすごく斬新なことをやろうとするんだけど、その人たちは大学の仕組みがわかっていない。だから、その両方をわかってる人じゃないと、こういう大学はできない。大学にない新しい発想と、大学の仕組みの理解っていうのが、たまたま揃ったってことです。

──倍率も高くてうまくいって、ロールモデルにしようっていう他の県からの視察も多いのでは?

視察は来ますね。視察は来るけど、結局首長さんとか県知事がよほどの覚悟をしないと、こういう革新的なことはできない。

この間も韓国から視察に来たんですけど、「これはぜったい韓国ではあり得ない奇跡だ。こんな人口7万5000人の町に新しい大学作って、こんなに学生が来るなんてあり得ない」って言ってて。韓国はもうソウルの大学じゃないと就職もできない状況ですから。だからいずれ、韓国とかにビジネスモデルを展開するところまで行ければいいですね。

豊岡市民プラザでの中高生向けワークショップ(写真提供:豊岡市民プラザ)

演劇を用いたコミュニケーション教育

──大学だけではなく、豊岡では小中高で、演劇を用いたコミュニケーション教育をやっていますが、あれはどのくらい平田さんご自身が出向いてやっているんでしょうか?

どこの自治体でもそうですけど、僕が最初にやってみせます。そのあとは自治体ごとに課題が違うので、同じことをやるわけじゃなくて、豊岡の場合には、小6と中1はもう全部先生がやっていて、その指導を僕がする。時々モデル授業で自分もやりますけど、小1、小2には逆に働き方改革の意味もあって、うちの劇団員が教えています。

反対に全部僕がやっている自治体もあるし、全部劇団員がやっている自治体もあります。いずれにしても、僕がまず入っていって、制度設計を教育委員会と考えながら、どこも最終的に全校実施に向けてやっています。

──最初はもうとにかく平田さんが赴いて。

そうですね。説明もしなきゃいけないので。それも色々教育委員会と話して、教育長がちゃんとやる気があるってことが前提なんですけど、その上で戦略的に、じゃあ先にPTA向けに僕の講演会しましょうとか、先生対象のワークショップから入りましょうとか。1つとして同じやり方をしてる自治体はないです。全部オーダーメイドで地道にちょっとずつ増えていっている。

──そこに、これまで地道に継続してきた手法のストックが生きている。

ルーブリック*って言うんですけど、豊岡ではがっつり、どういう風に展開していくかすごく細かい指導案まであります。他の教科への波及の仕方まで組み込んでいる。大体どの自治体も視察に来てそれを見ると、多くの先生が「これやりたいです」って言いますね。教育指導要領に合った形で指導案を作って、学校に入れやすい形になっているので。

どうしても芸術家主導だと、そこが難しいんです。定着させたり全校実施するためには、ある程度先生方が受け入れやすかったり、他の教科と横展開しやすかったりする必要があるんです。

次の段階としては、うちは兵庫教育大学と組んで、もうちょっと先の、演劇という授業になった場合に、どういう教科書で、通年でどういう授業をやっていくかみたいなことも今研究しています。

*学習目標の達成度を判断するための評価ツール

──じゃあ大学のほうで小中高のいろんなプログラムの研究を。

そうですね。やっぱり大学で研究費が取れると、例えば韓国とかの先進事例を視察に行ったりすることも研究としてできる。そこに兵庫教育大学の教育学の先生に入ってもらうと、より教育学の世界で通じる用語とかがあるわけです。そういうタームもしっかり取り入れて、文科省の方とかにも入ってもらってやると、どんどん使いやすいものになっていく。

──教育の分野ではUNHCR(国連難民高等弁務官事務所)と高校向けに演劇を用いたコミュニケーションワークショップを開発するそうですが。

たまたまUNHCRの広報担当の方が僕と同じ国際基督教大学の出身で、ご依頼が来てやりましょうと。芸術文化観光専門職大学と組んで、僕がこれまで作ってきた演劇教育の教材を僕が書き換えて映像教材にします。高校の探究型の授業で、2コマか3コマを使って、映像を見てそれについてディスカッションするみたいな、さっき言った指導案と映像をセットにして、今作っているところです。

ヨーロッパと比べて、日本では難民という存在が予想以上に知られていません。身近にはいないですからね。だから、難民についてとにかく理解してもらうっていうのが、今のUNHCR駐日事務所の一番の目標。ただ、その前に「他者理解」ですね。それをワークショップを通じて浸透させていく。どの学校も、探求型の授業とか総合的な学習の時間に何をやるかで先生方は困ってるので、そういういい教材があれば、使ってもらえると思うんです。


平田オリザ(ひらたおりざ) 1962年東京生まれ。劇作家・演出家・青年団主宰。芸術文化観光専門職大学学長。江原河畔劇場 芸術総監督。豊岡演劇祭フェスティバル・ディレクター。国際基督教大学教養学部卒業。1995年『東京ノート』で第39回岸田國士戯曲賞受賞、1998年『月の岬』で第5回読売演劇大賞優秀演出家賞、最優秀作品賞受賞。2002年『上野動物園再々々襲撃』(脚本・構成・演出)で第9回読売演劇大賞優秀作品賞受賞。2002年『芸術立国論』(集英社新書)で、AICT評論家賞受賞。2003年『その河をこえて、五月』(2002年日韓国民交流記念事業)で、第2回朝日舞台芸術賞グランプリ受賞。2006年モンブラン国際文化賞受賞。2011年フランス文化通信省より芸術文化勲章シュヴァリエ受勲。2019年『日本文学盛衰史』で第22回鶴屋南北戯曲賞受賞。

平田オリザへのロングインタビュー、次回は平田の本業である劇作家としての活動について語ってもらう

芸術文化観光専門職大学の施設紹介動画

 
演劇の実習を行うための劇場やスタジオなどのある実習棟の紹介動画 芸術文化観光専門職大学 / YouTube


豊岡市の中・高生向けの演劇ワークショップ


2020年7月に豊岡市で開催された中・高生向けの演劇ワークショップ e映像制作.com / YouTube

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