ロシア軍の侵攻を阻み撃退するために築く防衛施設「イースト・シールド(東の盾)」で、「竜の歯」を背に記者会見するポーランドのトゥスク首相(11月30日)Photo by Aleksander Kalka/NurPhoto

<ウクライナ戦争でロシアの敗戦が見込めなくなり、NATO諸国では、数年後に迫っているかもしれないロシアとの戦争に対する備えが静かに始まっている>

ロシアとの戦争が数年先に迫っているかもしれない、という警戒感が欧州に広がっている。NATO諸国は、ロシアが同盟国の領土に足を踏み入れたときに即応できるよう防衛の基礎固めを始めている。

【写真】国境にずらり並んだ「竜の歯」「ハリネズミ」...バルト三国で、ロシア「侵攻」への警戒感が急速に高まる

「ロシアは西側諸国との戦争を準備をしている」と、ドイツ連邦情報局のブルーノ・カール長官は11月下旬に語った。

ただし、NATO圏内に大規模な攻撃を仕掛けてくる可能性は低い、とカールは言う。限定的な侵攻か、サイバー攻撃などの謀略と軍事作戦を組み合わせたハイブリッド戦争を仕掛けてくる可能性が高いと言う。

NATOは、ロシアとの全面的な戦争と、NATO加盟国の安定を損なうことを目的とする密かな工作が行われる場合と両方のシナリオに備えようとしている。

「ロシアがNATOの結束力を試すには、限定的な領土の強奪を含め、複数の選択肢がある」と、ポーランド北西部を拠点とするNATOの多国籍軍北東部の元責任者、ユルゲン=ヨアヒム・フォン・サンドラートは言う。

その緊急性は、軍や政府高官の目から見ても明らかだ。欧州委員会のアンドリウス・クビリウス防衛担当議員(リトアニア)は9月、各国国防相とNATO司令官は「ロシア大統領のウラジーミル・プーチンは6~8年以内にNATOやEUと対決する準備を整える可能性があるという点で見解が一致している」と述べた。

エストニアの対外情報機関は今年2月、ロシアが軍の建て直しに成功すれば、NATOは「今後10年のうちに赤軍スタイルの大規模軍隊と対峙することになる可能性がある」と警告した。

この軍隊は、電子戦や長距離攻撃以外の分野ではNATO軍より『技術的には劣る』が、軍事的潜在力は大きい」と、同局は指摘した。

「こうした評価を真摯に受け止めれば、適切に準備するべき時がきたということがわかる。そして残された時間は短い」と、リトアニアの元首相でもあるクビリウスは、ロイター通信に語った。「すぐにも思い切った決断を下さなければならない」

警戒のきっかけは、なんといってもロシアによるウクライナへの本格侵攻だった。スウェーデンとフィンランドは、長年の非同盟政策を放棄してNATOに加盟した。西側の支援でウクライナがロシアを撃退できればまだしも、ロシアが新たにウクライナの領土を手にいれる可能性も強くなってきた。

ドイツは、ベルリンが攻撃を受けた場合に重要な建物や施設をどのように遮蔽するか、また、ドイツがヨーロッパのさらに東に向かう何十万人もの軍隊の通路となった場合どうするかについて、計画をまとめ始めていると、ドイツの日刊紙フランクフルター・アルゲマイネ紙は11月に報じた。

「作戦計画ドイチュラント」と題された戦略文書の第一稿は、1000ページにも及ぶと同紙は報じている。

ロシアやベラルーシと国境を接するラトビア、リトアニア、エストニアのバルト3国は今年1月、国境沿いの防衛を強化する協定に調印した。

ベラルーシはロシアの重要な同盟国で、2022年2月のウクライナ侵攻時には、ロシア軍はベラルーシを通ってウクライナに入った。

バルト3国のなかでも、ベラルーシとロシアの飛び地カリーニングラードにはさまれたリトアニアはNATOの弱点だ。とくにNATO加盟国のポーランドとリトアニアの短い国境にある「スバウキ回廊」を奪われれば、バルト3国はNATO圏への出口を完全に失ってしまう。

そうなったとき、バルト3国を解放するのはNATOの集団防衛の義務だ。

バルト3国の最北にあり、西はバルト海、東はロシアとの国境となるエストニアのハンノ・ペフクル国防相は、「エストニアの人々が安心して暮らせるように防衛強化を行っているが、わずかでも危険が生じれば対応をスピードアップする」と語った。

現在は国境沿いに、「塹壕、兵站基地、補給路のネットワーク」を構築しているという。

リトアニア国防省は9月上旬、カリーニングラードの向かいにあるリトアニア国境の集落パネムネにある橋とその周辺を「封鎖した」と発表した。

また、ロシアの戦車の前進を阻止し、機械化歩兵の侵攻を防ぐため、コンクリートブロックでできた「竜の歯」と呼ばれる防御用障害物を設置した。この種の対戦車要塞はウクライナ戦争でもよく使われており、今ではウクライナ全体に点在している。

リトアニア政府は、「これは、より効果的な防衛を確保するための予防措置だ」と述べた。

リトアニアの北に位置し東はロシアと国境を接するラトビアも同様の防衛体制を敷いている。5年間で約3億300万ユーロ(3億1800万ドル)をロシアとの東部国境の防衛強化に投入する計画だ。

ラトビアのアンドリス・スプルーズ国防相は1月の声明で、「侵略のスピードを効果的に遅らせ、阻止できるだろう」と述べた。

エストニア公共放送は10月、ラトビア軍がバルト防衛ラインを構成する障壁をテストしていると報じた。障壁には竜の歯も含まれている。

ラトビア軍のカスパルス・ラジディンスは、ロシアやその同盟国が侵攻してくるケースに類似した環境を作り出すため、意図的にソビエト時代に開発されたロシアの主力戦車T-55戦車を使用してテストをしたという。

「対戦車障壁はよく持ちこたえた」と、ラジディンスは放送局に語った。「コンクリートブロックは、人々とインフラを直接的な攻撃から守ることに成功した」

バルト3国の南では、ポーランドが25億ドル以上の費用をかけて、カリーニングラードとベラルーシとの国境に「イーストシールド(東の盾)」と呼ばれる防衛施設の建設を開始(正確には北と東の盾)。これを「ポーランドの東の国境、NATOの東側面を強化するための最大の作戦」と称した。

ポーランドのドナルド・トゥスク首相は先日、ポーランドとカリーニングラードとの国境を訪れ、ポーランドの領地に建設されている要塞を視察した。

「ポーランドの投資は、防衛力と攻撃力の両方の強化をめざしている。これによって、いかなる攻撃も目的を達成できず、非常に高いコストがかかることをロシアに納得させ、ロシアを抑止することが目的だ」と、イギリスを拠点とするシンクタンク、地政学評議会のウィリアム・フリーア研究員(国家安全保障担当)は言う。

「ポーランドの 東部国境防衛線『イーストシールド』は、ウクライナでの戦闘の教訓に基づいている。頑丈な塹壕をたくさん掘った防衛部隊を打ち破ることは非常に難しい」と、フリーアは本誌に語った。「イーストシールドは竜の歯のような伝統的な要塞と、電子戦の技術や監視システムを利用するものになるだろう」


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