トランプは関税引き上げを実行に移すのか(今年11月、ペンシルベニア州) STEFANI REYNOLDSーBLOOMBERG/GETTY IMAGES

<「関税男(タリフマン)」を自称し、関税引き上げを叫ぶトランプ次期米大統領。本当に実行すれば「半年で経済危機」に陥るかもしれない──>

ドナルド・トランプ次期米大統領は自称「タリフマン(関税男)」。全ての中国産品に60%の高率関税をかけるぞ、中国以外の全ての国の全ての産品にも最大20%の関税をかけてやる。選挙戦ではそんな放言を繰り返していた。

むちゃな話に聞こえるが、無理でも無謀でもない。忘却のかなたにある「1930年関税法(通称スムート・ホーリー法)」を引っ張り出せば十分に可能だ。ただし、あれが大恐慌を悪化させ、第2次大戦の序曲となった事実もお忘れなく。


トランプの経済顧問たちは、彼の関税プランを褒めちぎっている。輸入に依存しがちなアメリカ経済のバランスを取り戻すには有効な手段と考えるからだ。

ただし世間一般のエコノミストは、国内の消費者や企業に重い負担がかかりインフレを再燃させかねないと危惧する。あらゆる物価が上がるから、結果として経済成長の足を引っ張る可能性も指摘されている。

諸外国も戸惑っている。例外なく関税を課すと息巻いているのは貿易交渉を有利に運ぶためのトランプ節にすぎないのか、実際には標的が絞られるのか、あるいは税率がもっと低くなるのか、全く分からない。中国やEUは、もちろん報復関税を準備している。

そもそもなぜ関税なのか

一律の高率関税案には、エコノミストを納得させるデータも諸外国の政府を納得させる理屈もない。トランプ・ワールドの住人でさえ、今なぜ関税なのかは、たぶん理解できていない。トランプ自身は、関税で政府の収入が増えれば連邦所得税をゼロにできると示唆したこともある。

第1次トランプ政権では2017年に大幅減税を行ったが、所得税に関する部分は時限立法で、25年末に終了する。第2次政権は減税を延長する意向だが、それで生じる歳入減を補う財源として期待されるのが高率関税というわけだ。


直接税(所得税など)を減らす代わりに間接税(消費税や関税など)を上げるのは常套手段だが、第1次トランプ政権で大統領補佐官(国家安全保障担当)を務めたジョン・ボルトンは高率関税が貿易戦争の引き金になることを懸念し、「真っ先に心配なのは関税だ。政権発足から半年で経済危機が起こるかもしれない」と語っている。

だが第1次トランプ政権で米通商代表部(USTR)の代表だったロバート・ライトハイザーらは、割高になった外国製品が敬遠されれば米国内の製造業が復活するという理屈で高率関税を高く評価している。現実には、国内製造業に関税効果が表れるには時間がかかり、ひどく効率が悪いのだが。

一方でトランプの周辺、そして往々にして諸外国も、関税は貿易交渉で圧力をかける手段にすぎないとみている。

実際、第1次政権でもそういう例があった。日本に対してはこの圧力が効いた。しかし中国には効かなかった。もしも威嚇にすぎないなら、減税による歳入減の補塡や国内製造業の活性化は望めない。


「最大の問題は、トランプが貿易交渉で優位に立ちたい、自分流の取引をまとめ、関税で稼ぎたいと考えていることだ」と言うのは、かつてWTO(世界貿易機関)の事務局次長を務めていたアラン・ウルフ。「そんなことが実現する保証はどこにもない」

2つの秘策は利用済み

では、どうすれば高率関税を課せるのか。憲法の規定によれば、貿易や関税など対外通商に関する権限は原則として議会にある。それでもトランプは独断で世界中の国に関税を課せるのか。結論的には、まあイエスだ。

1930年の関税法以来、議会は行政府に広範な通商権限を移譲してきた。ただし、その一部は憲法の規定に抵触する恐れが指摘されている。新たな高率関税となれば司法の介入を招きそうだ。

しかしトランプには4つの強力な手段がある。そのうち2つは既に利用した。どちらも昔々の通商関連法にある時代遅れの条項だが、現在の国際貿易秩序に真っ向から挑戦する手段となり得る。

一番簡単なのは、第1次トランプ政権で中国からの輸入品に課すために利用したもの。1974年包括通商法の301条によれば、不公正または差別的な慣行がある国に対しては大統領権限のみで関税を課すことが可能だ。

第1次トランプ政権は不当な補助金や為替操作、知的財産の盗用などを理由に中国産品に関税をかけた。バイデン政権も301条を根拠に、中国製の電気自動車や太陽光パネルなどに対する関税をさらに引き上げた。


こうした前例と権限を根拠にすれば、全ての中国産品に高率関税をかけるのも容易だ。ウルフに言わせれば「301条の行使は簡単」で、「トランプはいつでも中国への60%関税を発動できる」。

トランプが以前に利用したもう1つの手段は1962年通商拡大法の232条。国家安全保障のために関税を利用する権限を大統領に与えた条項で、トランプはこれを根拠に鉄鋼とアルミニウムの輸入関税を引き上げた。しかし今回はあまり役に立たないかもしれない。

なにしろ232条を使うには、当該産品が安全保障に決定的に重要だという商務省による認定が必要だ。鉄鋼については認定されるだろうが、ペンシルベニア州の鉄鋼労働者の票が欲しいという理由だけでは苦しい。

国家安全保障を持ち出して関税を正当化することにはWTOも抵抗するだろう。もちろんアメリカ政府はWTOの意向など気にしない。だが諸外国は過去に、安全保障を口実とする貿易制限は不当だとして何度もWTOに提訴している。

アメリカの歴代政権がWTOの審理・仲裁能力を骨抜きにしていなければ、こうした訴えは認められていた可能性が高い。


幸か不幸か、トランプには1期目で手を付けなかった権限がまだ2つある。

1つは、1977年に施行された国際緊急経済権限法(IEEPA)に由来するもので、制裁を科したり、サイバー犯罪と戦ったり、外国の選挙干渉を罰したり、場合によっては関税を課したりする広範かつほぼ無制限の巨大な権限を大統領に与えている。

この法律で関税を課すために必要なのは、大統領が国家の緊急事態を宣言することだけだ。ちなみに1期目のトランプは10回近く、緊急事態を宣言している。

「彼が少しでも早くやりたいなら」、IEEPAは1つの選択肢になり得るとウルフは言う。「国家の緊急事態を口実にトランプがあらゆる産品に関税をかけた場合、最高裁はそれを支持するか。今の最高裁なら、それもあり得る」

議会の権限は復活するか

奥の手は、かつて議会が有権者をなだめる手段として成立させた悪名高い1930年関税法だ。

その第338条は、アメリカやその産品を不公正に扱う国の製品に対して一方的に最高50%の関税をかける権限を大統領に与えている。事態の改善が見られなければ当該国からの輸入を全面的に禁止することも可能だ。


だが、この法律を根拠とした急激な関税引き上げが世界恐慌をさらに悪化させ、1930年代半ばまでに世界貿易が崩壊し、世界大戦につながった事実を忘れてはならない。この法律をトランプが持ち出せば、景気の後退が一段と深刻化する恐れがある。

その場合、議会はどう出るだろうか。共和党のジョン・スーン議員が上院の院内総務に選出されたことで、共和党内にまだ自由貿易派が生きていて、トランプを牽制できるのではないかという期待が高まっているのは事実だ。

スーンは関税がインフレを招くと警告しており、地元サウスダコタ州のような農業州の輸出を(減らすのではなく)増やすことにつながる自由貿易を望んでいる。共和党上院議員には、ほかにも貿易に関する議会の権限を取り戻したいと考える人がいる。

米議会は最近、両院協議会で貿易に関する議会の権限を再び強化する策をいくつか講じている。

トム・コットン上院議員とジョン・ムーレナー下院議員(いずれも共和党)は中国の最恵国待遇を取り消し、より厳しい関税を中国からの輸入に課す法案を提出している。ただし関税率の調整権限は大統領に委ねている。


上院が本気でトランプを抑えようと思えば、トランプの関税に関する権限の規模と範囲を制限することは可能だ。

しかしそのためには、保護主義に傾斜しがちな下院を説得しなければならず、人気の高い新大統領との対決も覚悟しなければならない。既存の法律で特例として認められている大統領権限に、一定の制限をかける新たな法案を制定する手もある。

いずれにせよ、2017年減税の延長と、それによる歳入減を補塡するための高率関税の導入はトランプ次期政権にとって最優先の課題だ。もたもたしていたら、議会は出番を失う。

From Foreign Policy Magazine

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