加藤寛・兵庫県こころのケアセンター長(同センター提供)
能登半島地震の発生から1日で3カ月。身近な人を失い、不便な生活を強いられた被災者は今も厳しい状況に置かれている。1995年の阪神大震災以降、精神科医として被災者と向き合ってきた兵庫県こころのケアセンター(神戸市)の加藤寛センター長(65)は、精神的な支援には生活基盤の整備が欠かせないと指摘する。 (河野紀子) ー突然の災害は、精神的にどのような影響をもたらすのか。 大きく「トラウマ(心的外傷)」「悲嘆」「ストレス」の三つがある。 トラウマは、命の危険を感じる、悲惨な光景を見るなど、災害による恐怖体験によって起こる。ふとしたきっかけでつらい記憶が呼び起こされるが、通常は生活が安定して時間がたつにつれて収まっていく。ごく一部の人は仕事や人間関係に支障が出るほどにまで続き、心的外傷後ストレス障害(PTSD)と診断される。 家族や友人などを亡くした悲しみ(悲嘆)は想像を絶する。突然のことで実感できない、周囲も同じ状況だから我慢する、という人は多い。まずはきちんと悲しむことが、死を受け止める一歩になる。 避難所や仮設住宅など生活の急激な変化によるストレスも、積み重なると不眠や気分の落ち込みなど、深刻な問題を引き起こす。 今回は高齢化が進む地域で発生し、今も一部で断水が続く。再建の見通しが立ちにくく、不安が大きくなりやすい。被災地以外の親類宅やホテルなどの2次避難所に移るため、何度も移動している人もいる。ストレスに特に注意すべきだ。◆被災者に必要な支援を
ー多くの人が避難生活を強いられる中、仮設住宅の建設が進み、一部で入居が始まった。今後必要な心のケアは。 3カ月たち、被災地を離れる人、自宅を建て直すと決めた人、避難生活の終わりが見えない人など、格差が出始める時期だ。 最も大事なことは、被災者が必要な支援を受けられること。例えば、避難所で眠れないなら暖かくプライバシーが守られる環境を整える、自宅再建を早く進めるために家の片付けを手伝うなど。住居や医療・介護サービス、人間関係など生活環境が安定することで、初めてトラウマから回復したり、死別による悲嘆を受け入れたりするプロセスに入ることができる。 ー被災者に接する際に気を付けるべきことは。 心のケアを強調しすぎてはいけない。「大変でしたね、お話を聞かせてください」と、無理に聞き出すことはやめてほしい。まずは生活の基盤を整えることが最優先で、そのお手伝いの中で信頼関係を築いていく。その上で初めて、被災者はつらい経験を話そうと思えるようになる。 このときは、「うん、うん」と相づちを打ちながら、とにかく黙って聞く。「お気の毒に」「気持ちは分かります」などの声がけは必要ない。よかれと思い、「私も身内を亡くしていて」などと言ってしまう。だが、病気でと、災害で突然亡くすことは全く違う。「あなたは無事で良かった」「前向きに生きよう」という励ましも、相手を傷つける恐れがある。 ー心のケアで、事前にできる備えはあるのか。 まずは、災害後の心の変化を知っておくことが大切だ。多くの人は生活が安定し自分がやれることを見つけてやっていく中で、絶望の淵から少しずつ立ち直っていくことができる。だが、その過程は個人差が大きく、何十年もかかる人がいることは忘れてはいけない。「半年たったから、1年たったから、もういいだろう」という問題ではない。 今回の地震のニュースを見て、阪神大震災で被災した複数の人が「つらい気持ちになった」と打ち明けてくれた。建物の倒壊が多く、阪神のときと光景が似ているからだ。30年たっても思い出して苦しくなる人がいるほど、壮絶な経験だということを理解してほしい。
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