◆日本人の死因11位
60代後半のある男性は、せきが続き、階段を上る際に息切れするようになった。喫煙と加齢のせいだと気にしていなかったが、急に症状がひどくなり病院を受診。間質性肺炎の一種と診断され、入院した。起き上がることも難しい状態から薬物療法で改善したものの、次第に症状が進行し、2年後に亡くなった-。 間質性肺炎の治療や研究で国際的に知られる公立陶生病院(愛知県瀬戸市)副院長の近藤康博さん(64)=写真=によると、これが間質性肺炎でよく見られるパターンの一つという。 間質性肺炎の年間死者数は、2021年に2万人を突破。22年には日本人の死因の11位(男性では9位)になった。どんな仕組みで起こる病気なのか。◆間質部分が線維化
肺には小部屋のように分かれた約3億個の肺胞があり、酸素と二酸化炭素を交換している。肺胞は空気の入った風船に例えられ、風船の内側と空気にあたる内部と上皮細胞が「実質」、風船のゴムの部分が「間質」と呼ばれる。 いわゆる肺炎は、肺炎球菌などで実質部分に炎症が起きる病気だ。肺胞内にうみ、たんがたまって肺の機能が低下する。 一方、間質性肺炎は、間質部分が炎症などで線維化したり、分厚くなったりする病気だ。線維化とは、間質部分に筋が入って硬くなること。風船のゴムが硬くなって膨らみにくくなるような状態なので息苦しくなる。 「がん」といってもいろいろあるように、間質性肺炎もさまざまな種類がある。抗がん剤などの薬が誘発したり、八代さんのように膠原(こうげん)病がもとになったり、原因によって数十種類、細かく分けると200種類にもなる。炎症を伴わないものもあるため「間質性肺疾患」とも呼ばれる。◆認知不足 発見遅れ
発症してからの予後は悪い。名古屋大病院メディカルITセンター副センター長で、間質性肺炎の研究者でもある古川大記さん(37)は「余命は多くの場合、5年から10年ほど」と言う。 深刻な病気だが、患者はもちろん医師の間でも詳しいことは知られておらず、せきや息切れなどの自覚症状があっても発見が遅れることは珍しくない。また、よく似た症状の心不全やぜんそく、慢性閉塞(へいそく)性肺疾患(COPD)とも間違われやすい。 陶生病院の近藤さんは「患者さんの半数は健診での肺エックス線の異常陰影を指摘されて来院した方。よく聞くと、その半数は前から症状を感じていた」と指摘する。 発見が早いほど、治療の選択肢は広がる。古川さんは、(1)乾いたせきが続く(2)体を動かす際(動作の目安は、坂道を上るときや建物で3階分階段を上るとき)に息切れする-といった症状があれば、すぐに専門医を受診した方がいいとアドバイスする。◆進行抑える薬の開発進む 筋トレと併用、運動能力改善
間質性肺炎の治療は、ここ15年ほどで進化してきた。タイプによって治療法は異なり、膠原(こうげん)病などが原因の場合は免疫抑制剤やステロイドを使う。かびや羽毛などが引き起こす過敏性では、原因となる物質を避けることで軽症化する。抗がん剤などの薬が誘発する場合も、可能なら薬をやめればいい。◆「特発性」最も多く
患者が最も多いのは「特発性」のタイプで、重症化しやすく難病に指定されている。特発性とは原因不明という意味だが、年齢(50歳以上)や喫煙など、いくつかの危険因子は指摘されており、9種類に分けられるという。◆多職種で確定診断
間質性肺炎の一種、特発性肺線維症の肺CT画像。線維化によるクモの巣状の陰影がある(古川大記さん提供)
その中でも厄介なのは、間質性肺炎全体の20~50%を占める特発性肺線維症(IPF)だ。間質性肺炎の診断は、肺の病気の中で一番難しいとされるが、IPFの場合、診断を間違えて治療を進めると悪化を招く恐れもあるという。そのため確定診断は、専門性の高い臨床医(呼吸器内科)、放射線科医、病理医ら、多職種の合議で実施。公立陶生病院の近藤康博副院長によると、この合議診断には保険適用が認められないため、今は100人ほどがボランティアで取り組んでいるという。 IPFの治療法は長らく決め手を欠く状態だったが、転機は2000年ごろ。間質の線維化を引き起こす病態が分かったことで抗線維化薬の開発が進んだ。08年にはピルフェニドン(商品名ピレスパ)が世界に先駆けて日本で発売され、14年にはニンテダニブ(同オフェブ)も登場。いずれも線維化そのものはなくせないが、進行を抑える効果は高く、平均2、3年程度の延命効果がある。製薬各社の新薬開発も活発で、今後が期待される。◆60歳未満は移植も
根本的な治療としては、肺移植がある。移植を受けるためには登録時に60歳未満であることが条件で、待機期間は約2年半。抗線維化薬で延命できれば、移植は十分可能となる。呼吸リハビリに取り組む間質性肺炎の患者、松浦百合さん=愛知県瀬戸市の公立陶生病院で
近藤さんは「薬物だけでなく、リハビリや栄養管理、禁煙、環境整備、メンタルケアなどを含めた総合的な治療が重要」とも強調する。近藤さんらのグループは、下肢を中心とした筋力トレーニングによる呼吸のリハビリと、抗線維化薬を併用することで、長期的に運動能力を改善できることを明らかにした。延命にもつながる成果だ。 陶生病院に通う愛知県春日井市の会社役員松浦百合さん(60)は、19年に特発性と診断され、余命3年といわれた。効く薬がなく、病院で2日、近所のクリニックで3日、毎週計5日リハビリに取り組む日々。「家にいるとつらくて苦しくて、ここにやって来る。でもリハビリを受けるようになり、体を鍛えることで苦しさは減ってきた。感謝しています」と語る。 患者にとっては、病状の苦しさや治療の最新情報を共有し、悩みを打ち明け合う患者会の存在も大きい。 「間質性肺炎/肺線維症患者会中部支部」の会長で、愛知教育大名誉教授の大和田道雄さん(79)は、05年に余命2カ月と診断された後、何度かの死の危機を乗り越え、多くの患者にとっての希望という。「この病気は治らないことが多い。けれども、だからといって自暴自棄にならず、いろんな悩みを皆に吐き出して少しでも生き抜くことを考えようと話している」と意義を語った。
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