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<住宅価格の高騰と供給不足が有権者の投票行動に影響を及ぼす仕組み>

全米で住宅価格の高騰が続き、多くの購入希望者が市場から締め出されている。11月の米大統領選に挑むカマラ・ハリス副大統領とドナルド・トランプ前大統領はどちらも、住宅購入コストを引き下げるために何らかの対策を取ると約束せざるを得ない状況だ。

ただし、史上最高レベルの価格の上昇は、国内の数千万人の住宅所有者にとって資産価値が上昇したということでもある。彼らの資産価値の上昇はハリスへの投票へと駆り立てるかもしれない。そんな可能性を示唆する斬新な研究がある。


2023年4月に発表された研究「住宅価格の動向と有権者(Housing Performance and the Electorate)」は過去6回の米大統領選挙について、住宅価格と選挙結果を分析。アメリカの「最大のアセットクラス(投資対象となる資産の種類や分類)である住宅用不動産」が、個々の有権者の行動にどのように影響するかを見いだそうという類を見ない試みだ。

価格上昇なら与党候補に投票

当初の仮説では、住宅所有者は自分の資産価値の上昇につながる政策を支持する候補者に、投票する傾向があると考えられていた。

そして、今回の研究から、選挙前の4年間に住宅価格が上昇した郡の住宅所有者は、現職大統領の政党に「投票先を変更する」傾向が強いことが分かった。一方、住宅価格があまり上昇しなかった郡では、野党に投票する傾向が高かった。

住宅価格の変動は、7つの激戦州(アリゾナ、ジョージア、ミシガン、ネバダ、ノースカロライナ、ペンシルベニア、ウィスコンシン)でも特に接戦が予想される郡で、有権者の行動により大きな影響を与えていた。

この点だけを見ると、激戦州の住宅所有者は11月にジョー・バイデン大統領に投票する可能性が高いと考えられた。その後バイデンが選挙戦から撤退し、ハリスが民主党候補に選ばれており、同じ理論がハリスに有利に働くかもしれない。


「有権者は投票所で決断する際に、自分の経済状況を考慮する」と、研究の共同執筆者であるアラバマ大学のアラン・ティドウェル准教授(金融学)は本誌に語った。

「一般に、経済が繁栄しているときは現政権の党が有利で、景気が低迷しているときは野党の支持が高まる。同じように、住宅価格に関する今回の研究結果は、住宅用不動産の価格の動向が、国政選挙に限定的ながら現実的かつ重大な影響を与えることを示唆している」

「有権者は住宅価格の上昇、つまり住宅資産の価値に好意的に反応し、現職の候補と政党のおかげだと考える傾向がある」とティドウェルは続ける。「再選を目指す現職候補と政党は共に恩恵を得るが、その効果は現職候補のほうがより顕著だ」

ハリスは現職候補ではないが、4年間、副大統領を務めてきたという事実が、少なくとも住宅所有者に関してはトランプより優位になる可能性が高い。

不動産仲介大手レッドフィンによると、今年7月のアメリカの住宅販売価格の中央値は43万8837ドルで、前年同月は42万2000ドル、バイデンが大統領に就任した21年1月は33万1000ドルだった。ティドウェルらの研究によると、大統領選前の1年の間に住宅価格が上昇した場合、価格と投票行動の関係がより顕著に見られた。

そして、ここ1年の間に、大統領選で激戦が予想される7州で住宅価格が急騰している。レッドフィンによると、今年7月にアリゾナ州で前年同月比2.1%、ジョージア州で3.3%、ミシガン州で6.4%、ネバダ州で6%、ノースカロライナ州で2.2%、ペンシルベニア州で5.3%、ウィスコンシン州で8.6%上昇している。


有権者の大半を占める住宅所有者は住宅価格の上昇を喜んでいるだろうが、購入希望者や賃借人(賃貸物件の借り主)の思いは大きく異なるかもしれない。

「賃借人、特に購入希望者でもある賃借人は、購入能力を考えたときに投票傾向が変わる可能性もある」とティドウェルは言う。「購入できるかどうかや、手頃な価格の住宅が不足していることは、特に賃借人や初めて住宅を購入しようとしている人々にとって、今年の選挙で重要な影響を与えるだろう」

不動産会社ジロウが5月に発表した分析によると、アメリカの大半の主要都市圏では、ここ4年間で不動産の賃料が賃金の1.5倍の速さで上昇している。全国レベルでは2019~2023年に賃料は30.4%上昇したが、収入の伸びは20.2%だった。ジロウの最新データによると、賃料(間取りや構造に関係なく全ての物件)の中央値は2100ドルで、昨年から変わっていない。

ハリスは住宅不足に対処して住宅価格を引き下げることを公約に掲げており、4年間で300万戸の新築住宅を建設すると述べている。また、初めての購入者向けの住宅を建設する業者を対象とする税額控除を新たに設け、住宅建設を奨励する基金を2倍の400億ドルに拡大し、新規の建設を鈍らせている規制を撤廃するよう地方自治体に働きかけることも、経済政策案に盛り込んでいる。


トランプは、住宅購入が難しい現状への具体的な対策をあまり詳細に語っていないが、不法移民を阻止して住宅需要を減らし、アメリカ人に住宅を開放すると語っている。

住宅供給増には時間がかかる

「特に金融危機後の大不況と最近のコロナ禍のために住宅供給が鈍化したため、拡大する需要に応えるには相当な数の新築が必要になる」とティドウェルはみる。さらに「新規の建築を通じて住宅供給を増やすことを目指す計画は長期的な解決策を見据えたものだが、住宅購入能力に直接、影響をもたらし、人々がその効果を実感するには時間がかかる。税制優遇措置や立法措置、金利引き下げなどによる政策イニシアティブのようなより短期的な対策は、賃借人や購入希望者にとって、より迅速な救済になり得る」とも言う。

住宅価格が下落した場合に、これらの政策が住宅所有者とその投票行動にどのような影響を与えるかは明らかになっていないが、すぐには変化はないだろう。

ブルッキングス研究所ハッチンス財政・金融政策センターのデービッド・ウェッセルは、住宅市場は重要ではあるが、11月の投票で有権者が考慮する多くの要因の1つにすぎないと指摘する。


「住宅価格を多くの有権者が気にしていることは明らかだ。だからこそ、政治家は住宅について語る。ただし、今回の選挙が、ハリスとトランプの住宅政策の比較で決まることはないだろう」と、ウェッセルはみる。

「民主主義の未来、アメリカの同盟関係の在り方、法の支配、中絶の権利など、もっと大きな問題がある。こんにちの住宅市場には勝者と敗者が存在する。住宅を所有する人は価格上昇の恩恵を受けているが、初めて住宅を購入しようとしている人はそうではない。そして、アメリカ人の3分の2が住宅所有者であることを考えれば、計算は簡単だ」

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