日本テレビで今、従来のテレビCMの常識を覆すようなプラットフォームの開発が進められている。その中身とは。

日本テレビが開発中のテレビCM取引に関するプラットフォームは、斜陽のテレビ業界にどんな変化をもたらすのか(編集部撮影)

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コロナ禍で動画配信サービスが普及した煽りを受け、視聴率下落に拍車がかかるテレビ局。柱である広告収入も減少が続く中、業界の雄がいま、変革に動き出している。※本記事は2024年4月18日6:00まで無料で全文をご覧いただけます。それ以降は有料会員限定となります。

今や一般用語として定着した「テレビ離れ」。人々がテレビ視聴の習慣を持たなくなったことを指す言葉だが、近年は“広告主”のテレビ離れも深刻度合いを増している。

急成長するインターネット広告に押され、テレビからインターネットへの広告費のシフトはより加速している(詳細はこちら)。調査会社インテージの田窪和也氏は「広告が経費ではなく投資として見られるようになった今、視聴率が低下しているテレビに対する広告主の視線は厳しくなっている」と指摘する。

「時代遅れ」となったテレビ広告

テレビ広告には、放送の4営業日前までにCM素材を放送局に搬入し、広告枠を決めるという、昔ながらの業界ルールがある。この慣習は、ビデオテープが出現する前にフィルムを使用していた時代からの名残とされる。

だが、ネット広告が台頭する中で、こうしたルールをいまだに押しつけるテレビ広告は広告主から敬遠されるようになった。

「YouTubeなどが生まれるまで、テレビには動画広告におけるライバルがほぼ存在せず、『テレビ広告はそういうものだ』と思い込んで、われわれ自身も疑っていなかった。しかしデジタル広告が主流となり、『これをなんとかしなければマズい』という危機感が出てきた」

そう語るのは、国内の民間テレビ局で放送収入首位を誇る日本テレビ営業部の武井裕亮氏。実は日本テレビでは今、従来のテレビ広告の常識を覆すようなプラットフォームの開発が水面下で進められている。

同社は2023年6月、営業部内にアドリーチマックス(AdRM)部という組織を発足。同年11月には、会社のHP上で「地上波広告でインターネット広告と同様のリアルタイムなプログラマティック取引を実現するアドプラットフォーム(AdRMプラットフォーム)の開発を進めている」と明らかにした。

2024年12月のサービス開始を予定しているAdRMプラットフォーム。ここでは、放送の数秒前に広告素材の決定・差し替えが可能となるだけでなく、「数理最適化」の技術によって、視聴者属性などの予測に基づく最適な枠で自動的にCMを流せるようになるという。

放送の数秒前に広告素材を決定できることから、広告枠をリアルタイムでオークション取引することも可能だ。

AdRMプラットフォームを活用したCM取引のイメージ(画像:日本テレビ)

テレビ広告は現状、広告主が番組のスポンサーとして放送する「タイムCM」と、番組を指定しない「スポットCM」の大きく2つに分けられる。AdRMプラットフォーム上で取引するCMは、後述するインプレッション数を指標にした、第3のテレビ広告となる。

これまで改革が進まなかった理由

テレビ広告を一気に現代化させるプラットフォームと言えるが、開発を担う日本テレビの松本学氏によれば、「すべてが新しい技術というわけでもなく、基本部分は、10年前の技術でもできたこと」だという。

どうしてテレビ業界は、より早い段階で改革に踏み切れなかったのか。仕組みを変えずともうまくやってこられたという面もあるが、要因の1つには、業界が抱える構造的な問題も関係している。

例えば、柔軟にCMを出稿できるAdRMプラットフォームのような仕組みでは、ネット広告に流れていた新たな広告主の獲得が期待できる。一方で、長らくタイムCMやスポットCMを出してきた大企業(ナショナルクライアント)らにとっては、自分たちが買い付け可能なタイム・スポットの広告枠が減ってしまうことを意味する。

また、テレビ業界ではかねて、ナショナルクライアントが特定番組のスポンサーとしてタイムCMを出稿することと引き換えに、スポットCMで割安な年間契約を結んでいることも問題視されてきた。

そうした相対で有利な交渉を行ってきた大口顧客の反発を招く可能性などが、改革に乗り出せない一因にもなっていたとみられる。

実はこの「CM価格」の決定プロセスも、今回大きく変わる可能性を秘めている。

これまでテレビ広告では「視聴率」をベースに価格が決められてきたが、AdRMプラットフォームでは、ネット広告で用いられる「インプレッション数(表示回数)」を指標に活用することが検討されている。

今のところ、「視聴率×人口」をインプレッション数と定義する方向で調整しており、視聴率が価格決定の大きな要素となる点に変わりはない。一方で武井氏は、変更ポイントの1つとして、「年齢層ごとのインプレッション数を指標にして、広告枠の価格決定が可能になる」ことを挙げる。

例えば同じキー局でも、テレビ朝日は高齢者の視聴割合が高いなど、各局の視聴者層には違いがある。現状でも、視聴者層の違いによって各局のCM単価には多少の差があるが、十分には反映しきれていないという。

加えて、“過去のデータ”ではなく、実際のインプレッション数を基に価格が決まる点も異なる。例えばスポットCMの単価は従来、過去4週間の番組平均視聴率などを基準に決められてきた。W杯やWBCといった人気スポーツ番組も過去の通常番組の視聴率をベースにするため、結果的に割安となるケースが多かった。

それがAdRMプラットフォームでは、番組の実際のインプレッション数が直接単価に結びつく。近年は人気スポーツコンテンツの放映権料高騰が騒がれるが、AdRMによってそうした人気コンテンツの広告枠の単価が高まれば、投資回収の見通しも立てやすくなる。

TVerと連携させた広告販売も可能に?

ネット広告と指標をそろえることで、民放キー局などが出資する配信サービス「TVer」と地上波のCMを組み合わせた広告枠の販売も視野に入ってくる。広告主がCM出稿をしやすくなるため、テレビ局にとって大きな課題である、配信サービス経由での広告収入拡大の一助となる可能性もある。

ただ、完全統合するにはハードルもある。

例えば現状、広告のターゲティングが可能である配信サービスのTVerと、ターゲティングができないテレビでは、値付けの手法がそもそも異なる。TVerの古田和俊執行役員は「今のところ、テレビ広告のほうがリーチにかかるコストは圧倒的に安い。視聴率とインプレッションでは計測法も定義も異なるが、テレビ視聴率が過小評価される形でそれらの指標が統合されていることもある」と指摘する。

日本テレビの松本氏は「広告主やテレビ局にとって納得感のある値付けができるよう、TVer広告とテレビ広告の統合在庫における価格決定アルゴリズムを開発中」だと話す。テレビ広告がネット広告の世界に近づく中で、何を基準に広告枠の価格を決めていくかというのは非常に難しい問題だ。

日本テレビは将来的に、AdRMプラットフォーム上で自局のみならず日本中のテレビ局のCM取引が行われることを目指している。同プラットフォームの活用が広まれば、テレビ広告の価値が再定義される可能性も出てきそうだ。

しかし、他局がこの流れにどこまで乗ってくるかは未知数だ。

今年2月には、名古屋の中京テレビがAdRMプラットフォーム活用の検討を開始したと発表した。中京テレビは日本テレビ系列であり、同系列に属する局が今後追随する可能性は高い。

テレビCMならではの価値を訴求できるか

ただ、他のキー局やその系列局にとっては、ライバルが運営するプラットフォームを活用することへの心理的抵抗もあるだろう。また、プラットフォームに参加するには一定の初期費用も必要で、経営に苦しむローカル局などには金銭的なハードルも少なからずある。

日本テレビの武井氏は「われわれはプラットフォームの手数料で大儲けするつもりはなく、業界をサポートしたいという思いだ」と強調する。

テレビCMとネット広告の境界線が薄れるほど、競争優位性を保つうえでは、テレビならではの価値を追求していく努力が欠かせない。

「テレビにしかない価値は多い。テレビCMを通じた圧倒的なリーチ力で思わぬ顧客が見つかることもある。テレビCMによって、ブランド向上や態度変容にもつながることを示すデータもたくさんある」。日本テレビの武井氏はそう強調する。

民間テレビ局の雄が打ち出したCM改革は、斜陽のテレビ業界に変化をもたらすのか。今まさに、岐路にさしかかっている。

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