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 年末の税制改正大綱作成に向けて「103万円の壁」引き上げをめぐる議論が焦点を迎えている。
 サラリーマンが主に適用を受ける基礎控除と給与所得控除の合計、つまり所得税が発生する金額(=103万円)は約30年前の1995年に100万円から引き上げられて以来変わっていない。
 所得の現状に見合っておらず、負担増だという問題意識から始まった引き上げの議論だが、国会に国民民主党が法案を提出し、石破総理が引き上げを表明するに至った。

30年前「103万円の壁」より消費税が焦点だった

消費税は大見出しも 「壁」は登場せず(『朝日新聞1994年9月22日夕刊』)

 今回ここまで議論が盛り上がるのであれば、1995年にそれまでの100万円から103万円に引き上げられた時も大きな議論があったはずだが…。どう頭をひねっても「100万円の壁」という言葉を思い出せない。

 その前年の1994年に税制改正大綱(案)で議論がされているはずだ。しかし当時の税制改正大綱の議論を調べても「100万円の壁」という言葉は、やはり出てこない。

 1994年の税制改正大綱の方針が実質的に固まった時の新聞記事は「消費税、97年4月から5%」が大見出しになっている。「壁」は1文字もない。
 それもそのはず、この時の議論は消費税(当時3%)引き上げの率と時期が大きな焦点だったからだ。当時は村山総理で自民・社会・新党さきがけ(自社さ)の連立政権だった。

“事件”の陰で…幻に終わった“107万円の壁”

 それに先立つ1994年2月に非自民8会派からなる細川政権で「国民福祉税」構想の消費税7%つまり4%アップを含む税制改革草案(細川草案)が突然浮上する“事件”があった。

細川「国民福祉税」構想…幻に終わった“107万円の壁”(1994年2月3日、総理官邸)

 実はこの細川草案では、消費税アップ4%分の財源の下で基礎控除を7万円程度引き上げる計算になっていた。給与所得控除の拡充も見込んでいた。
 「国民福祉税」はあえなく消えたが、もし実現していたら、今は103万円ではなく“107万円の壁”になっていたのだ。

 結局、政権の枠組みが入れ替わり、自社さによって進められた1994年の税制改革大綱の議論は消費税の引き上げを細川草案の7%より低くすることが前提になった。

名前は「恒久減税」 財源の消費増税と一致

 その際に新聞紙上でイメージされた一つが減税と消費税(増税)という同じ高さの2つの“だるま落とし”だ。基礎控除3万円引き上げは「恒久減税」の一部として“積み木”に組み込まれ、消費税の税率2%アップによる増税積み木と一致させてまとめるということだ。
 そうそう思い出した、確かに「恒久減税」という用語はよく聞いた覚えがある。「壁」というイメージ先行の言葉が登場せず、「恒久減税」の一部に入ったのは、もう一つの焦点で別の減税積み木である時限的措置「定率減税」と区別するためでもあった。

用語は「恒久減税」…消費増税と一致で議論(『朝日新聞1994年9月6日』)

 増税が細川草案の消費税4%アップ(3→7%)が自社さの議論で抑えられ、2%アップ(3→5%)になることになった。
 それに見合う形で「恒久減税」である基礎控除引き上げも自社さ案では3万円になって、「103万円の壁」で収束する。

 大切なことは、細川草案にせよ、自社さによる税制改正大綱にせよ、基礎控除引き上げは「恒久減税」の中で、常に財源をセットに対応が考えられたことだ。
 自民・非自民にかかわらず、不十分だったとはいえ、高齢化社会の本格化を控えての社会保障制度の維持を意識したものだった。

 30年を経て日本の高齢化は進み、財政赤字も膨大になった。現在進められている「103万円の壁」引き上げの議論でも、(178万円にした場合)住民税を含めて年間約7兆6000億円という大幅な税収減が予想されるだけに、しっかりと財源を伴って行われているかを注視する必要がある。

消費税アップの逆進性をさらに強めた基礎控除引き上げ

 「103万円の壁」でまとまった1994年の税制改革大綱は、きれいな言葉で言えば「直間(直接税・間接税)比率の是正」、悪く言えば景気対策と政治的産物の「アメ(所得減税)とムチ(消費増税)」でもあった。
 しかし消費税という逆進性、つまり低所得の人ほど厳しくなる税のアップに対応する一つとして、基礎控除引き上げがふさわしかったかは疑問が残るところだ。

 基礎控除の引き上げは所得税が発生するか否かという意味では低所得者へインパクトはあるが、適用税率が高い高所得者ほど減税金額が大きくなる。
 中堅所得者層への配慮はあったにせよ、消費税の逆進性を補う役割を果たせず、さらに逆進性を強める結果となった。

 実際、この時の税制改革大綱は、ほかに税率区分の見直しなども行ったが、所得税・住民税減税と消費税増税を比べた結果、1998年から標準世帯で年収600万円以下が実質増税、600万円超が減税になるという試算を大蔵省(現・財務省)が発表している。
 社会保障の財源確保とは言え、全体として金持ち優遇の税制改革だったと言われてもしかたがない。

「負担」をどこに求めるか

 30年たった今、低所得・貧困層の問題が深刻となり、格差の拡大・固定化が進んだ社会となっている。

「壁」を178万円にすると…高年収ほど減税

 今回「103万円の壁」引き上げをめぐっても、基礎控除の引き上げがさらに逆進性を高める面がある。減税額(年間)が年収200万円で8万2000円の一方、年収800万円から1000万円では22万8000円となっている(基礎控除引き上げで「壁」を178万円にした場合、大和総研の試算)。
 そのことを考慮すれば、税収減を補う財源は富裕層・高所得者層を中心とした負担に求められることが社会的に公平と言える。基礎控除だけで言えば、現在の所得制限2400万円超の引き下げもありうるかもしれない。

 「103万円の壁」引き上げは「恒久減税」だ。政府・与党はもちろん、問題を前面に打ち出した国民民主党が、財源や負担の話もリードし、“手取り増えて税収増”“歳出・歳入の見直しで何とか”といったお題目だけで他人事を決め込むことはないと信じたい。
(テレビ朝日デジタル解説委員 北本則雄)

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