夏のオリンピックで、日本勢最多に並ぶ6大会連続出場中のアーチェリー日本代表・古川高晴選手が引退を決めました。オリンピックで個人・団体合わせて3つのメダルを獲得した第一人者が、40歳で大きな決断をしました。

いつもと変わらない柔和な表情で、引退会見に臨んだ古川高晴選手。2024年のパリオリンピック™で、夏では日本勢最多に並ぶ6大会連続のオリンピック出場の金字塔を打ち立てた第一人者は、不惑を迎えユニホームを脱ぐ決断をしました。

青森東高校でアーチェリーに出会い、突き進んできた競技人生。
オリンピック初出場は2004年アテネ大会、近畿大2年生のときでした。

古川高晴選手(当時19歳)
「メダルを狙うつもりはない。何位以内とかもない。ただがんばるだけ」

この初挑戦から20年―。
古川選手は日本アーチェリー界に大きな足跡を残しました。

2012年3度目の挑戦となったロンドンオリンピックでは、日本勢3人目の「銀メダル」を獲得した。

古川高晴選手(当時27歳)
「自分1人の力では決して取れなかったと思う。これは感謝のメダル。重いです、すごく重いです」

そして、コロナ禍で開催された東京オリンピックは36歳、父親になって初めて迎えた大会で史上初の「個人」と「団体」で銅メダルを取りました。

「アーチェリーにはいくら時間を使ってもいい―」
古川選手は繰り返し語った練習量への絶対的な自信を胸に、20年に渡って第一線を走り続けてきました。

2024年1月、周囲に引退を示唆して臨んだパリ大会では「金メダル獲得」を目標にするも個人は1回戦、団体は準々決勝で敗退。

オリンピック後に去就を問われた際は、「指導者と相談したい」と明言を避けていました。

全日本選手権を最後に弓を置く決断をした古川選手。
青森県民を始め、多くの国民の胸を射貫いた競技人生は色褪せることはありません。

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