すばる望遠鏡(米ハワイ島)が新たなステージに入ります。来年2月、天体の光を波長ごとに分けて調べる「分光観測」の新装置による科学観測が始まります。新装置では、すばるが持つ広視野観測能力を生かし、一度に約2400個の天体を同時にとらえることができます。観測効率が飛躍的に向上します。広大な夜空から「一網打尽」に天体を調べ、銀河形成の歴史や正体不明の暗黒物質・暗黒エネルギーの謎解明を目指します。 (榊原智康)

◆調査の効率、数百倍

 新装置は「超広視野多天体分光器」(PFS)です。可視光線から近赤外線に及ぶ広い波長範囲を対象にした分光装置で、日本(東京大カブリ数物連携宇宙研究機構、国立天文台)、米国、フランス、ドイツ、ブラジル、台湾、中国の7カ国・地域の20以上の研究機関が関わる国際協力プロジェクトです。  総予算は約160億円に上ります。プロジェクトマネジャーを務める田村直之・国立天文台教授は「多くの研究者が2月1日の観測開始を待っている」と話します。  PFSは、主焦点装置、分光器、メトロロジカメラの三つの主要部品から構成されます。  主焦点装置は約2400本の光ファイバーケーブルを備えており、主鏡で反射した光が像を結ぶ望遠鏡先端の主焦点に取り付けられます。分光器は、主焦点装置と光ファイバーで結ばれ、導かれた光を分光してスペクトル(波長ごとの光の強度分布)を取得します。メトロロジカメラは、狙った天体に光ファイバーを向けるためにファイバー一本一本の位置を正確かつ素早く測定します。  開発は2012年に本格的にスタート。現在はすべての部品の製造と組み上げを終えており、望遠鏡に搭載しての最終的な調整を進めています。  私たちが目にする天体からの光は、たくさんの色の光が混じり合ったものです。分光観測ではプリズムを使って光を七色に分けるように、波長ごとに分けて得られたスペクトルから、星の年齢や化学組成、銀河までの距離の指標となる「赤方偏移」などさまざまな情報を読み取ることができます。  すばるで現在使われている分光装置では、一度にとらえられる天体は数十個程度でした。観測できる波長の範囲も大きくなるため、調査の効率は「数百倍良くなる見込み」(田村さん)といいます。  PFSは5~6年かけて、星と銀河を網羅的に観測します。星については、地球がある天の川銀河と隣のアンドロメダ銀河内で計100万個を調べる計画です。銀河は最新の研究では宇宙の中に少なくとも2兆個あるとされますが、そのうち宇宙の年齢が今よりずっと若かったころまでさかのぼって数百万個を観測して銀河の3次元地図を作ります。数十万個の銀河はより詳しく性質を調べます。  こうして得た情報を結集して、宇宙全体の姿がどのように変遷してきたか、銀河がどう生まれ進化してきたかなどを探ります。

◆「暗黒」のバランスは

 宇宙は138億年前の誕生以来、ずっと膨張を続けています。近年、そのスピードがどんどん速くなっていることが観測から分かってきました。  膨張を加速させるには物体同士に斥力(互いに遠ざけ合う力)が作用する必要があります。巨大な斥力を生み出している未知の存在は暗黒エネルギーと呼ばれ、これが宇宙に満ちていることが加速の要因と考えられています。一方、斥力が働くだけでは、物体同士が遠ざけ合って宇宙空間はスカスカになってしまいます。  しかし、現実はそうなっておらず、星や銀河が集まっている場所ができています。未知の暗黒物質の重力によって星や銀河を構成する普通の物質が引き寄せられているためです。  星や銀河をつぶさに観測すれば、斥力と重力、つまり暗黒エネルギーと暗黒物質のバランスがどうなっているかが分かるといいます。暗黒物質がなければ星などは生まれず、暗黒エネルギーが今後急増すれば原子までバラバラに引き裂かれて宇宙は終焉(しゅうえん)を迎えるとされています。  田村さんは「広大な宇宙に散らばる銀河の3次元地図を作り暗黒物質と暗黒エネルギーのバランスを調べることで、宇宙の始まりがどうだったのか、終わりはどうなるのかを理解するための手がかりをつかみたい」と話します。  すばるでは、望遠鏡の機能を増強する計画「すばる2」が22年度から始まり、PFSのほかにも新たな装置の開発が進められています。計画では20年代後半に、観測でじゃまになる大気のゆらぎを補正する「補償光学」のシステムの能力を大幅に向上させ、新しい「広視野高解像赤外線観測装置」を導入します。  宇宙を見つめるすばるは、さらに進化を続けます。

<暗黒物質と暗黒エネルギー> 宇宙を構成するとみられる未知の物質とエネルギー。宇宙をつくる成分のうち暗黒物質が27%、暗黒エネルギーが68%を占める。残りの5%が、星や銀河をつくる陽子や中性子などの通常の物質。星や銀河が誕生したのは、暗黒物質の重力に通常の物質が引き寄せられたためと考えられている。一方、暗黒エネルギーによって宇宙の膨張が加速しているとされる。

◆19日 各地でイベント

 日本プラネタリウム協議会と国立天文台ハワイ観測所は、近代プラネタリウム誕生100年とすばる望遠鏡25周年を記念したイベントを全国各地のプラネタリウム施設などで開きます。19日には、望遠鏡があるハワイと中継をつなぐ「全国一斉講演会」があり、同観測所長の宮崎聡・国立天文台教授が講演します。参加方法は各施設ごとに異なります。既にチケットが売り切れていたり、参加申込期限が過ぎていたりする場合があります。詳細はホームページから。


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