東京大の授業料値上げ問題で、学生有志が18日、キャンパス内で集会を開いた。東大が年間の授業料を約10万円値上げする方針を発表したことに抗議し、再考を求めた。学長が「一緒に考える仕組みをつくりたい」と表明してから2週間後の発表。学生と向き合う姿勢や、学ぶ権利の保障という視点が不足したままではないだろうか。(西田直晃、宮畑譲)

東大本郷キャンパスの安田講堂(中央)。授業料値上げに抗議する活動が同講堂前で実施された=18日、東京都文京区で、本社ヘリ「あさづる」から

◆2025年度以降、約10万7000円引き上げ

 「学生の8割が反対しているのに、なぜ授業料値上げを強行するのか」  18日夕、本郷キャンパス(東京都文京区)の安田講堂前で開かれた「学費値上げ阻止集会」。教養学部2年のガリグ優悟さんが問いかけると、集まった約150人が拍手で応えた。  東大は10日、2025年度以降の学部入学者の授業料値上げ方針を正式発表。現在の授業料は標準額の年53万5800円だが、約10万7000円引き上げ、文部科学省令で認められた上限の64万2960円とする。一方で、従来は世帯所得が年間400万円以下の学生に適用していた授業料免除を、年間600万円以下に拡大するという。

◆「東大の多様性をいっそう悪化させる」

 正式発表が行われると、一部の学生は「高等教育へのアクセスを経済的理由によって制限する」と断じた抗議声明を出し、学内外から寄せられた値上げに反対する約2万7000筆のオンライン署名を提出した。学生の抗議の姿勢は教職員にも広がっており、これまでに「東大の多様性をいっそう悪化させる」「将来の研究者の不足と学界の衰退を加速させる結果を招く」といった反対意見が実名で紹介されている。

授業料値上げに抗議し、安田講堂前で開かれた集会=18日午後、東京都文京区で

 集会に登壇した隠岐さや香教授(科学史)は「学生の奮闘をたたえたい。大学におかしな動きがあれば、今回のように人垣をつくって止めなければならない」とエールを送った。  集会の中盤には、藤井輝夫学長と役員に対し、値上げの延期、学生・教職員・大学執行部の三者による協議の場の構築などを求め、学生の代表が副学長に要求書を手渡した。集会と同時刻に大学の経営協議会が開かれていたが、値上げの方針がその場で了承されたと聞かされ、学生が声を張り上げる一コマもあった。

◆反省や謝罪の2週間後に値上げ発表

 5月中旬に「値上げ検討」の一報が出た直後から、学生や教職員の一部が反発し、6月には藤井学長と学生のオンラインの「対話」が開かれた。だが、その後は合意形成の場が用意されることはなかった。藤井学長は8月23日、対話の際の学生アンケートに返答する形でメッセージを出し、学生とのやりとりがうまくいかなかったことへの反省や謝罪の意思を示すとともに、「ともに考える仕組みを構築したい」と表明したが、そこからわずか2週間後の値上げ発表となった。  「夏休み期間に値上げを強行しようとしてきた。学生にまともに向き合わない姿勢が顕著だ」と憤るのは、法学部4年の岡本隼一さん。教養学部4年の金沢伶さんは「今回の値上げを許せば、さらなる学費の高騰を招き、いずれは誰も手が届かなくなってしまうのではないか」と危機感を口にした。

5月、学費値上げに反対して抗議活動をする東大の学生たち=東京都文京区で(一部画像処理)

 学生や教職員の不信感を大学側はどう捉えるのか。東大広報課は「総長(学長)対話などの話し合いの機会を持つ予定はない」と前置きし、「何らかの形で、授業料改定や支援拡充を学生に丁寧に説明することで理解を深めたい。学生から現在の修学の状況や意見を聞く仕組みを早急に整備し、学生に関わりのある事柄を一緒に考える仕組みを丁寧につくりたいと考えている」と取材に答えた。

◆広島大、熊本大でも値上げの可能性が

 東大の授業料値上げ方針の発表は、地方の国立大生も注視している。  5月に東大の値上げ方針が表面化した後、広島大、熊本大でも増額の可能性が示された。「東大は学生が動きにくい夏休み中に発表した。怒りを持って受け止めている」。広島大で値上げ反対の活動をしている文学部2年原田佳歩さん(20)が憤る。「このままでは、学生の意思を無視して何でも押し通せる流れができてしまう。広島大にも波及する可能性があると訴えていきたい」  東大は高等教育におけるグローバルな競争の激化などを理由に、授業料値上げによる増収で教育環境の改善を進めるとしている。必要な事業費は143億円と算定した。ところが、値上げによる増収は13.5億円と見積もっており、事業費の1割にも満たない。

東京大学の赤門(資料写真)

◆「値上げによる増収の割合は少ない」のになぜ…

 2023年度決算によると、東大の収入3082億円のうち、「授業料、入学料及び検定料」は149億円で約5%にとどまる。  桜美林大の小林雅之特任教授(高等教育論)は「東大の収入全体からすると値上げによる増収の割合は少ない。国からの運営交付金の削減や物価高による水道光熱費の高騰などで、どの大学も財政が厳しいのは事実。しかし、東大はそれらを値上げの主な理由にしていない。理屈がよく分からない」と疑問を呈する。  また、学生側からの「教育の機会均等が奪われる」との指摘に答えていないとし、「国立大のミッションが失われるという、重大な点で説明を避けている。また、なぜ来年から始めるのかという説明も十分に尽くされていない」と言い、今後も東大は説明責任を果たすべきだと強調する。

◆「学生の学修履歴などを可視化、必要か」

 東大は教育環境を改善する事業の中で「学修情報の可視化・全学の学修環境の整備」に66億円を充てるとするが、北海道大の光本滋教授(教育学)は釈然としない様子。「学生の学修履歴などを可視化し、学修用ソフト・ツールを充実させるとしているが、本当に必要なのか。目的自体を問い直す必要がある」  また、高校や大学の段階的な無償化を盛り込んだ国際人権規約を日本が批准していることを挙げ、「本来は授業料を引き下げるべきで、引き上げは逆行している。東大の値上げは象徴的意味合いを持つ。家庭の所得が低い学生の大学進学がより厳しくなるのではないか」と影響の広がりを懸念する。  昨年12月に成立した改正国立大学法人法では、東大などの大規模国立大に、学外の有識者を想定した3人以上の委員と学長で構成する「運営方針会議」の設置が義務付けられた。委員の任命には文部科学相の承認が必要で、政府の介入が強まるとの反発が相次いでいた。法律の施行は10月1日に迫っている。

東京大駒場キャンパス=東京都目黒区、2022年撮影

◆「今回の説明は矛盾だらけ」

 京都大の駒込武教授(教育史)は、東大の値上げ発表時期について、運営方針会議の設置が影響しているのではないかといぶかる。「会議の下で値上げが決まったとなると、会議の仕組みが批判されることになる。それを避けようとしたのではないか」。その上で「そうした水面下の動きがあったと考えなくては、今回の説明は矛盾だらけで理解できない」と付け加える。  2004年に国立大が法人化されて以降、運営交付金が削られ、外部からの研究予算を獲得する「稼げる大学」が求められた。東大は2020年、大学債を発行して資金調達をした。  駒込氏は言う。「国の主導で産業界、特に大企業のために大学のリソースを使う傾向が強まっている。学費の値上げもその流れの中にある。本来、高等教育は未来への投資のはずだが、これでは学生の未来を食いつぶしているのと同じだ」

◆デスクメモ

 東大は世帯収入600万円超〜900万円の学生については、個別状況に応じて授業料を一部免除するという。だが、適用条件や免除の規模が判然としない。そもそも教育の機会は経済的理由で差別されてはならない。低廉であるのが原則で、補助が前提になるべき話ではなかろう。(北) 

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