今年の夏はコメの品薄状態が続きましたが、稲刈りが各地で本格化し、新米が出回り始めています。コメなどの穀物の増産を目指す研究は食糧確保の観点から重要です。近年、日本の研究チームから、イネの茎の発生や、伸長の仕組みを解明したとの成果報告が相次いでいます。イネやコムギなどイネ科の穀物の茎の長さを制御できれば、20世紀半ばに収量を大幅に向上した農業改革「緑の革命」を新たに起こせると期待されます。 (増井のぞみ)

◆未踏の地

草丈が高い正常なイネ(左)と、今回の研究の主役であるOSH15遺伝子が壊れて草丈が低くなったイネ(右)を紹介する津田勝利助教=静岡県三島市で(いずれも国立遺伝学研究所提供)

 イネを使って植物の茎が発生する仕組みを解明したと、国立遺伝学研究所(静岡県三島市)の津田勝利助教(遺伝育種科学)らの研究チームが6月、米科学誌サイエンスに発表しました。植物の花や葉、根が形作られる仕組みは既に分かっていますが、「茎の発生学は植物科学の未踏の地だった」と津田さんは話します。  イネ科のタケのように、茎は、葉1枚が出る節(せつ)と、節の間にある節間(せっかん)が積み重なっています。節は、葉と茎の間で養分交換を行うため内部に複雑な構造を形成し、伸びません。一方、節間は主に縦方向のみの伸長に特化しています。茎の頂点にあるドーム状の組織が葉をつくるごとに、その付け根の茎の部分に節が形成され、後に節の間に節間が生まれます。イネは穂が出る時期になると、節間が広がって草丈が伸びるのです。  津田さんらは、節間形成に大切な「OSH15」と仲間の遺伝子「OSH1」が壊れると、節間が節に似た特徴に変化して伸長できなくなると突き止めました。さらに、OSH15が壊れたイネと正常なイネを比べ、働きが変化した他の遺伝子を探し、葉の発生に大事な遺伝子「YABBY(ヤビー)」と、節の形成に重要な二つの遺伝子「OSH6」「OSH71」を見つけました。この三つは本来、節で働く遺伝子ですが、OSH15が壊れると節間で誤作動し伸長を妨げました。

正常なイネの茎(左)は葉枕(三角で指し示した部分)が形成されて屈曲できる。一方、OSH6とOSH71の遺伝子が壊れたイネの茎(中)やYABBY遺伝子が壊れたイネの茎(右)には、葉枕がない

 一方、OSH6、OSH71の両方やYABBYのみを壊すと、節に隣接した葉の付け根にある葉枕(ようちん)と呼ばれる構造が形成できなくなりました。葉枕は、強風などで茎が倒れた際に曲がり、植物を起き上がらせる部分です。OSH15はこれらの遺伝子群の「司令塔」役を担っており、節の形成に大切な遺伝子の働きを適切な範囲にとどめることで、節と節間を分けていることがわかりました。

◆ノーベル賞

 研究成果について、津田さんは「(2020年に)ノーベル化学賞を受賞したゲノム編集技術が大きかった。茎を制御する遺伝子は、進化的に起源が古いので、一つ壊れても異常がなかなか現れない。同じ働きを持つ遺伝子複数個を狙って同時に壊すことができたため、異常が見えた」と振り返ります。  農業における茎の役割について「非常に重要。イネやコムギは穂に種子がついて重たくなると、風で倒れやすい。緑の革命では茎の伸びを縮める品種改良が行われ、収量が大幅に向上した」と力説します。  緑の革命で生まれたイネの短い草丈は、植物成長ホルモン「ジベレリン」をつくる遺伝子が機能しなくなった結果でした。津田さんは「近年は、温暖化の影響で作物の茎が過度に伸びて、再び倒れやすくなってきている。YABBYとOSH6、71は節間の伸長を抑える働きもあるので、茎を短く倒れにくくし、収量のロスを減らすことにつながればいい」と将来の展望を描きます。  今回の成果に関し、名古屋大の永井啓祐助教(植物分子遺伝学)は「人類の活動エネルギーの約40%はイネ、コムギ、トウモロコシで賄っている。今回わかったイネの茎の発生の仕組みは、イネ科の穀物で十分に応用できる」とみています。

◆気候変動

 永井さんらの研究チームは20年、植物の茎が伸長を始める仕組みを解明したと、英科学誌ネイチャーに発表しました。東南アジアで雨期の数カ月にわたる洪水時でも茎が何メートルも伸びて収穫できる「浮きイネ」を用いて、茎を伸ばすのを促す遺伝子5個をこれまでに見つけてきました。  一般的なイネと、浮きイネの遺伝子5個を交配で入れたイネを3カ月間、水深5センチと同1・2メートルで栽培しました。水深1・2メートルでは一般的なイネは腐って収量ゼロでしたが、浮きイネの遺伝子を入れたイネは水深5センチの収量の9割が得られました。  現在は、通常のものより増産が見込める品種と浮きイネを交配して、洪水耐性を持つ多収量の品種を開発中です。永井さんは「次の緑の革命には、洪水や高温など気候変動に対応していくことが農学研究に求められている」と熱く語ります。

<緑の革命> 主に途上国での人口増加による食糧危機克服のため、1940~60年代にかけて行われた農業改革。イネ、コムギ、トウモロコシの品種改良などが進められた。米国の農学者、ノーマン・ボーローグ博士が52年から、日本で育種された草丈が低く穂が大きいコムギ「農林10号」とメキシコ品種を交配して多収量品種を開発した。ボーローグ博士は、メキシコやインド、パキスタンなどでコムギ生産量を飛躍的に向上させた「緑の革命の父」として、70年にノーベル平和賞を受賞した。
 
 イネでは、フィリピンにある国際稲研究所(IRRI)で、草丈が低い台湾の在来品種と生育が旺盛なインドネシア品種を掛け合わせた「IR8」が66年に育成された。IR8は高収量のため、フィリピンやインドなどに導入され「奇跡のイネ」と呼ばれる。さらにその後継品種も同様の性質を引き継いでおり、「イネの緑の革命」と呼ばれるアジアを中心とした収量増産が達成された。



鄭重声明:本文の著作権は原作者に帰属します。記事の転載は情報の伝達のみを目的としており、投資の助言を構成するものではありません。もし侵害行為があれば、すぐにご連絡ください。修正または削除いたします。ありがとうございます。