「たまげました。まだ1週間たってないんですよ。結果的にはしごを外されたような気がする…約束を信じて頑張るしかないけど…」

8月9日の長崎原爆の日、岸田総理大臣に「被爆体験者」の救済を直接迫った平野伸人さんは、岸田総理が自民党総裁選に立候補しない意向を示したことに、戸惑いの声を上げました。

総理との約束

「被爆体験者は被爆者じゃないんですか!?」
その声は、岸田総理大臣が「締めくくり」の言葉を述べた直後、総理に向けて投げかけられました。

「被爆体験者」とは、1945年8月9日にアメリカ軍が長崎市に原子爆弾を投下した時、爆心地から半径12キロ圏内のうち「被爆地域」には含まれていない場所にいた人たちのことです。国が作り出した呼び名で、原爆放射線の影響はないとされる一方、被爆体験のトラウマに起因した精神疾患に関わる健康影響は認められていて医療費が助成されています。

「岩永さんの声が聞こえないんですか?首相の声を言ってください。被爆者でしょ被爆体験者は!どう考えたって被爆者じゃないですか!」

被爆体験者は、原爆の炸裂で拡散された放射性微粒子の中で生活したことで被爆し、様々な健康被害を受けてきたと訴えており、平野さんは当事者らが描いた絵を掲げ「被爆体験者は被爆者だ」と総理に訴えました。

被爆体験者協議会・相談役を務める平野伸人さん。
被爆二世であり、在韓被爆者の支援や若い世代を前面に押し出した平和運動を先導してきた人で「高校生平和大使」「高校生一万人署名活動」の生みの親でもあります。

被爆体験者たちは2006年の最初の提訴にあたり、「助けて欲しい」と平野さんに頭を下げて支援を請いました。以来18年に渡って、平野さんは被爆体験者に関わるほぼすべての裁判、原告達の長崎市・長崎県・厚労省への申し入れに付き添い伴走してきました。

高齢化した原告に代わって上京し、厚労省や国会議員と折衝に当たったことは1度や2度ではありません。「当たって砕けろ」と年に数十回、公式・非公式で扉をたたき続けました。

全国被爆体験者協議会・相談役 平野伸人さん:
「糠に釘のくりかえし」
「厚労省の担当者はどんどん変わる。当事者を救おうという気持ちがないんですよ」

平野さんらの地道な要望活動の積み重ねはじわじわと行政を動かし、医療費対象疾病の拡大など少しずつ「被爆体験者制度」の充実を引き出してきました。2023年5月には超党派の国会議員で作る「被爆者問題議員懇談会」の発足にこぎつけ、求め続けてきた総理大臣への直接要望につながりました。

毎年行われている「被爆者団体」の総理要望の席に、去年は同席が認められなかったばかりか、長崎市は総理要望のライブ映像を市役所で流した場にも、被爆体験者を招きませんでした。

「不規則発言しないで」市からの忠告

今回、「被爆体験者団体」を代表して発言することになった岩永千代子さん(88)は、2007年以来続く裁判の原告団長も務めています。

総理との初面会を翌日に控えた8月8日、長崎市は岩永さんに対し、発言の際に市職員が持つことになっていた「絵」について「提示できない」と伝えてきました。平野さんは市に呼び出され「不規則発言をしないよう」忠告を受けたといいます。

第二次全国被爆体験者協議会・会長 岩永千代子さん:
「絵の提示は打ち合わせで決まっていたこと。予定通りいきます」
全国被爆体験者協議会・相談役 平野伸人さん:
「ゼロ回答だったら言いますよ」

覚悟を決めて臨んだ、総理との初面会でした。

岸田総理大臣:
「政府として早急に課題を《合理的に解決》できるよう、厚生労働大臣において長崎県・長崎市を含め《具体的な対応策》を調整するよう指示をいたします。厚生労働大臣ぜひこの課題について真剣に具体的に取り組んでもらいたいと思います」

岸田総理からは「被爆体験者を被爆者と認める」という言葉はありませんでした。

長崎市の職員に遮られながら声を上げ続ける平野さんに岸田総理は近づき「皆さん高齢化されている、時間がない、ぜひ急ごうということを先程申し上げましたのでしっかり対応いたします」と伝え、さらに「一生懸命やりますので」と握手を求めました。

平野さんは「岩永さんも山内さんも池山さんも(被爆体験者団体の代表者)、みんな年なんですよ、被爆者と同じように…よろしくお願いします…」そう言いながら岸田総理に頭を下げました。この日から5日後の総裁選不出馬表明ー。

約束はどうなる?

全国被爆体験者協議会・相談役 平野伸人さん:
「頑張ります、大臣に指示を出しましたって言って握手を求めてきた、期待を抱かせることを言ったんですよ。辞める人がそんなこと言うか?と思うんですよ。次のリーダーがこの問題をどう考えるか分からない…唖然として混乱しています。ちゃんと引き継いでもらいたい。総理は変わるけど、約束を信じて解決のために頑張るしかないです」

第二次全国被爆体験者協議会・会長 岩永千代子さん:
「がっかりしたけど私は9日の総理の対応を信じたい。私の話をじーっと聞いてくださっていた。退陣決めていただろうに、解決を指示したのだから信じていいと思う。ただ次の首相が本当に実現して下さる方か…」

長崎市はすでに厚労省と長崎県・市による3者で協議を進めている、としています。岸田総理が発言した「合理的な解決」が何を指すのか?そして総理大臣が変わることの影響はみえません。

長崎市の担当者は「現時点では9日の話を持って進めている。総理大臣が変わって撤回されれば別だが、撤回されない限り一回約束したことは継続されるとは思う」と話しています。

全国被爆体験者協議会・相談役 平野伸人さん:
「長崎市は頼りにならない。直に厚労省と交渉した方がいいが当事者の被爆体験者達は高齢化し、動ける人がほとんどいない。東京を歩かせるのはかわいそうですよ…」

岩永千代子さん達被爆体験者44人が続ける裁判は、9月9日に長崎地裁での判決を控えています。判決前の政治解決は実現するのか?被爆体験者救済の行方は未だ見通せません。

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