猛暑の本格化と足並みを合わせるよう、新型コロナウイルスの第11波が到来しつつある。喉の痛みに止まらぬせきなど、特有の症状に直面する人々はいま、別の悩みも突きつけられる。コロナ治療薬の高さだ。頭がふらつく中でも価格におののき、処方をためらう人もいるという。「経済格差」「健康はカネ次第」。そんな言葉も浮かぶ現状を改めなくていいものか。(山田雄之、木原育子)

◆「9割が値段でためらい、6〜7割があきらめる」

新型コロナ用の治療薬の一つ「ゾコーバ」

 東京・渋谷区の「みいクリニック」。最近は多い日で30人が発熱外来を訪れ、10人ほどが新型コロナと診断される。宮田俊男理事長は「高熱や強い倦怠(けんたい)感、喉の痛みを訴える人が多く、症状が強い」と話し、こう続ける。「ほとんどの患者が値段を聞いてためらい、20〜30代前半は『やっぱり大丈夫です』と断る」  「値段」とは、新型コロナ用の治療薬の金額だ。  同院は、重症化や後遺症のリスクを抑えるために治療薬の処方を提案するが、「9割が値段でためらい、6〜7割が諦める」。飲み薬として通常出す「ゾコーバ」は、医療費の窓口負担3割の人で5日分が1万5000円程度になる。  「値段が高くて処方できないのは歯がゆい」  東京・北区の「いとう王子神谷内科外科クリニック」の伊藤博道院長もそう漏らす。夫婦で感染しても1人分だけの処方を希望するケースもあり、「『お金が払えない』と聞いたら、勧められない」と息を吐く。

◆第11波の主役・変異株「KP.3」の特徴は

新型コロナ用の治療薬「ゾコーバ」などの調剤明細書

 新型コロナの感染者数は11週連続で増加し、第11波に入ったと目されている。厚生労働省によると、約5000の定点医療機関から7月15〜21日に報告された感染者数は6万7334人で、1医療機関あたり13.62人。インフルエンザで流行の注意報を出す基準の10人を超えている。九州は多く、佐賀は31.08人、宮崎が29.72人。主流はオミクロン株「JN.1」から派生した変異株「KP.3」。感染やワクチンで得た免疫を回避する力が強く、感染力も目立つ。  国内で新型コロナ用の治療薬として一般流通する飲み薬は軽症や中等症向けのゾコーバ、重症化リスクがある人向けのラゲブリオ、パキロビッドの3種類だ。厚労省の資料には7月12日時点で「全ての受注に対応でき、十分な在庫量が確保できている」とある。先の伊藤院長は「ゾコーバは発症後3日以内、他は5日以内の服用を勧めている」と解説する。

◆「必要な患者に行き届いていない」

コロナ禍の必需品となったマスク

 コロナ治療薬は以前、全額公費負担だったが、新型コロナの感染法上の位置づけが「2類相当」から「5類」に移行された後の昨年10月から、最大9000円の自己負担に。今年4月には公費支援が廃止され、3割負担の人は5日分でゾコーバが1万5000円程度、ラゲブリオとパキロビッドは3万円程度となった。  なぜ高額なのか。厚労省の担当者は、新型コロナで入院する患者向けの点滴薬については「新薬として研究開発経費や副作用といった安全性の調査費などを積み上げて薬価を算出した」と述べた一方、他の薬は「類似薬と比較し、薬価を決めている」と説明した。  公費支援の有無で治療薬の処方率が変わる傾向があるようで、医療従事者向けサイトを運営する「エムスリー」の調査では、3種類の飲み薬の処方率は昨年8月で2.2%、公費支援廃止後の今年4〜6月は10.5%程度だった。伊藤院長は「現場でも今、処方希望は患者全体の1割の感覚。必要な患者に行き届いていない」と訴える。

◆アビガンはいま…

 新型コロナ用の治療薬といえば、物議を醸した過去もある。  代表例は、富士フイルム富山化学(東京都)が開発したアビガンだ。元々は新型インフルエンザの治療薬だったが、コロナ禍当初、新型コロナへの有効性を示す治験結果がないにもかかわらず、故・安倍晋三政権下の判断で投薬が進んだ。肝心の有効性はその後も確認できず、2022年10月に治療薬の承認申請を取り下げた。ちなみに、アビガンは今、マダニにかまれることで起きる感染症の治療薬として承認されている。  塩野義製薬のゾコーバも承認まで時間がかかった。同年2月に厚労省に承認申請したが、胎児に影響が出る可能性があり、「妊婦または妊娠している可能性のある人」は禁忌になるなど、分科会も有効性を判断しかね、7月に継続審議に。その後も臨床試験を重ね、11月に緊急承認された。

◆「夏場だけでも自己負担軽減を」

「内閣感染症危機管理統括庁」の看板を掛ける岸田文雄首相(左)と後藤茂之感染症危機管理相(当時)=2023年9月

 そんな経過を経た今、治療薬を服用しやすい環境の整備を求める声が上がる。  7月16日にあった都医師会の会見では、尾崎治夫会長が「今回は喉が痛くなるのが特徴。食事が喉を通らなくなり、暑さと相まって衰弱し、昨年以上に重症化するケースが増えるのでは」とし「夏場だけでもいいので、自己負担額が軽減されるよう国や都に対策をお願いしたい」と提言した。  同月22日に厚労省が開いた有識者ヒアリングでも、治療薬の負担軽減を望む指摘があり、解熱剤や鎮痛剤などの増産を求める訴えもあった。

◆「エビデンスがあまり確立していないことも問題」

 高額ながら治療薬が必要とされるのはなぜか。  インターパーク倉持呼吸器内科(宇都宮市)の倉持仁院長は「重症化を避けるという意味で効果があり、これ以上悪くさせないという歯止めの意味もある」と解説する。  「コロナで自宅療養することに慣れ、症状が出ても解熱剤を飲むなどして、まずは経過をみる人も多い。持ちこたえるように普通の生活を送り、喉が痛くなるなど、どうにもならなくなって来院し、ゾコーバを処方する場合もある」  一方で「『治療したらこうなった』『治療しなかったらこうなった』というエビデンスもあまり確立していないことも問題だ」と指摘する。ただ、そうはいっても「未投与の場合、肺などさまざまな臓器でウイルスが増殖し、炎症を引き起こし、持病がある人は特に悪化しやすい」。

◆「人権無視も甚だしい」

新型コロナについて会見する東京都医師会の尾崎治夫会長=YouTubeから

 そんな治療薬だが、現状では経済的な理由で治療薬を諦める人もいる。 NPO法人「医療制度研究会」理事長の本田宏医師は「ひと言で大問題だ」と切り出し、「家庭の懐事情で医療に差が生じるのは、医療へのアクセス権を阻害しているという面でも『いのちの格差』を生んでいる」と続ける。  本田氏は国の医療費抑制策の問題を指摘する。  「『医療費が増えると国が滅ぶ』と、医療費を削る一方で患者の窓口負担は増やしてきた。限界まで医師数を抑制し、コロナでは在宅死も起きた。お金持ちだけが医療にアクセスできる現状になり、人権無視も甚だしい」  今も社会的に影響が大きいコロナ。昭和大の二木芳人名誉教授(感染症学)は「ゾコーバの価格も高いが、重症化の可能性がある人が口にする二つの飲み薬も高額だ。二つの薬は、ともすれば命に関わる人々が対象になる。全体的に治療薬の資金援助が必要だ」と訴える。その上で「ゾコーバなどがもっと安価であれば、多くの人がもっと積極的に飲む。結果的にウイルスの脅威は減る。社会全体の不安感を取り除くとの意味合いでも急ぎ、対策してほしい」と話した。

◆デスクメモ

 先日、新型コロナになった。当初は38度前後の熱。解熱鎮痛薬の処方のみ。やがて喉に激痛、声が出なくなった。医院でゾコーバを勧められるとうなずいた。ただ詳しい額を知ったのは薬局でのこと。出ないはずの声が出そうになった。普通の風邪との差。何とかしてと切に思った。(榊) 

鄭重声明:本文の著作権は原作者に帰属します。記事の転載は情報の伝達のみを目的としており、投資の助言を構成するものではありません。もし侵害行為があれば、すぐにご連絡ください。修正または削除いたします。ありがとうございます。