東京電力福島第1原発事故での国の賠償責任を否定した2022年6月の最高裁第2小法廷判決を巡り、他の同種訴訟の原告や弁護士らが1日、判事2人は罷免すべきだとし、国会の裁判官訴追委員会に訴追するよう請求した。ただ、実際に訴追されて国会の「弾劾裁判所」で審理されるケースは少なく「狭き門」。それでもなぜ、踏み切ったのか。(太田理英子)

最高裁判事に対する弾劾訴追請求の概要を説明する宮腰直子弁護士(右端)ら=1日、衆院第1議員会館で(佐藤哲也撮影)

◆津波の予見可能性、明確な判断示さず

 「最高裁判事が法を順守せずに判決を下すのは異常事態。フェアに裁判する能力、意思に欠ける判事は弾劾裁判で罷免するしかない」。請求人の一人の宮腰直子弁護士は、東京都内の記者会見で力を込めた。請求人には原告や弁護士ら計10人が名を連ねた。

最高裁判事に対する弾劾訴追請求の概要を説明する宮腰直子弁護士(右端)ら=1日、衆院第1議員会館で(佐藤哲也撮影)

 問題としたのは、福島県や群馬県で起こされた4件の訴訟で、国の責任について最高裁が初めて示した判断。国が2002年に公表した地震予測「長期評価」を基に巨大津波を予見できたか▽防潮堤の設置などの対策を講じれば事故は防げたか―が主な争点とされた。  高裁判決の段階では、群馬以外の3件は、津波は予見可能で事故は防げたとし、国の責任を認定。ところが、小法廷は長期評価の信頼性や予見可能性について明確な判断を示さないまま、「適切な防止措置が取られていたとしても、事故が発生した可能性は相当ある」とし、国の賠償責任を否定した。唯一国の責任を認めた三浦守判事を除き、菅野博之、草野耕一、岡村和美の3判事が「多数意見」として導いた結論だ。

◆被災者の生活権回復を願う思いも代弁

 民事訴訟法上、最高裁は事実認定のための審理はせず、憲法判断や法令解釈について審理するが、宮腰弁護士らは「必要な法令解釈を怠ったまま二審判決を破棄した」などと問題視。三浦判事も反対意見で「多数意見は、重大な危険を看過してきた安全性評価の下で、適切な検討もされなかった考え方をそのまま前提にするもの」と批判していた。請求人は「裁判官は憲法及び法律にのみ拘束される」との憲法規定に反するとし、退官した菅野氏を除き、草野、岡村両判事の訴追を求めた。

最高裁

 同種訴訟の下級審判決では、国の責任について判断が割れていたが、小法廷判決以降、国の責任を否定する判断が続く。現在も、大勢の被災者が避難生活を強いられている。請求人に加わるルポライターの鎌田慧さんは「判決は、原発脱却を逆転させた政府方針にも大きく影響した。請求は、原発が破ってきた個人の人権、生活権の回復を願う人たちの思いも代弁している」と強調する。  最高裁広報課は取材に対し、「コメントは差し控える」と答えた。

◆「訴追は99%難しい」それでも…

 憲法に基づく「裁判官弾劾制度」は、国民らの請求を受けて、国会議員で構成する訴追委が、訴追の適否を決める仕組み。訴追されれば、同じく国会議員14人による弾劾裁判所が公開の法廷で審理し、罷免するか否かを判断する。  ただ、今後の審理が実現するかは不透明だ。戦後間もない制度導入から昨年までの間、約2万4000件の訴追請求のうち、弾劾裁判に至ったのは判事が刑事事件を起こしたケースなど10件にとどまる。今年4月には、交流サイト(SNS)での不適切投稿を巡り、仙台高裁の岡口基一元判事が罷免され、話題になった。  今回の請求人の小野寺利孝弁護士は「訴追は99%難しいと言われる」と明かす。それでも今も20件以上の同種訴訟で闘う被災者らの存在が念頭にある。「請求は、裁判官の良心と公正らしさを問うもの。他の訴訟を指揮する裁判官への警鐘乱打になれば」 

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