ブレイキンで片手で体を支えてフリーズを決めるSHADEさん。背景の画面の中央にAIが判定した独創性の「レベル3」、左上に加速度の変化、独創性の採点結果、右上にレベル1~4の分布、レベル1~4の各確率の変化が表示されている(動画サイトYouTubeの「THE FRESHEST AI」から)

 人工知能(AI)の技術は、急速に社会への普及が進んでいます。スポーツも例外ではありません。パリ五輪の新競技として注目が高まるブレイキン(ブレイクダンス)でも、AIを活用した「練習システム」が開発されています。ブレイキンは即興の踊りを1対1で披露し合う競技で、独創性が評価基準の一つです。開発したのは競技経験があるエンジニアと科学者ら。ダンスの独創性が判定でき、演技の向上に役立つと説きます。 (増井のぞみ)  ブレイキンは、1970年代にギャング同士の抗争が続いた米国ニューヨークのサウスブロンクス地区が発祥の地です。若者のパーティーで生まれたダンスが、暴力の代わりにギャングの勝負に使われて進化を遂げ、近年にはダンススポーツへ発展しました。体一つででき、特に若者の間で人気があり、パリ五輪の種目に採用されました。  ダンスはヒップホップの音楽に乗って披露します。構成は、立った状態で踊る導入「トップロック」、手を床についた脚さばき「フットワーク」、体の動きを音楽に合わせて止める「フリーズ」、頭や背中などを使い回転する「パワームーブ」から成ります。パリ五輪では、音楽性、多様性、独創性、技術、完成度の五つの基準にのっとって採点が行われます。

◆初心者の教育に

 ともにブレイキン経験が10年以上の平沢直之さん(31)と清水大地さん(38)は2017年、AIを使いブレイキンの独創性を発展させることを支援する研究開発チーム「DanceAI(ダンスエーアイ) Project(プロジェクト)」を立ち上げました。

両手の加速度センサーを振って、パソコン画面にデータのグラフを表示する平沢直之さん

 平沢さんは、名古屋工業大情報工学科卒業のソフトウエアエンジニアで、当時は東京のIT企業に勤めていました。清水さんは当時、東京大特任助教で、現在は神戸大助教。ブレイキンが持つ創造性や協調性を「認知科学」の観点から研究を続けています。  まず18年、初心者と指導者向けに、ブレイキンのトップロックなど17の基本動作を判定し、広げた両脚を風車のように回転させる大技「ウィンドミル」の完成度を採点するシステムを開発。中学校の体育でダンスが12年度に必修化されたことを踏まえ、教育現場での活用も想定しています。  20年には、踊りの動きから、「情動状態」と呼ぶダンサーの感情の高まり具合を判定するシステムを開発。「積極的」なら赤色、「受動的」なら青色とし、その割合をダンスする舞台の背景の画面に表示する仕組みです。いずれのシステムも、平沢さんと清水さんが踊ったデータを、ディープラーニング(深層学習)の手法でAIに学習させてつくり、成果は人工知能学会で発表しました。

◆友達に近い

 そして研究の集大成が、独創性を判定するシステム「THE(ザ) FRESHEST(フレッシェスト) AI(エーアイ)」です。ダンス仲間5人のチームで5分半の映像作品にまとめ、21年度の「アジアデジタル大賞展FUKUOKA(フクオカ)」のエンターテインメント(産業応用)部門で優秀賞に選ばれました。  プロのダンサー2人が左右の足首に加速度センサーを巻いたうえで、自分が考える独創性を4段階に分けて踊って表現してもらいました。レベル1なら「一般的」で、2以降は独創性の度合いが増し、4は「最高」です。  加速度のデータをAIに深層学習させて分類した後、ダンサー2人がそれぞれ踊りました。すると、背景の画面にはダンスの技などには「Level(レベル)-1~4」、歩行など独創性と直接結びつきにくい動きは「Other(アザー)(その他)」との文字が次々と登場。加速度の変化のグラフや、レベル4の割合が100%だと100点満点とする採点結果なども表示されます。  作品の中で、参加したダンサーのSHADE(シェード)さんは「オリジナルの動きができた時に、(できてたよねなどと)確認する友達の感覚にダンスAIは近い」と感想を語りました。  このシステムは、まだ研究段階で、実際の選手の練習に活用されるまでには至っていませんが、平沢さんはさらに発展させて、より多くの人に使ってもらいたいと願います。「満点を目指すというより、自分の感覚とAIの評価が違う時に、なぜかという振り返りや自身のダンススタイルの深掘りのきっかけとして、このシステムが活用できれば」と話します。

◆自己主張

 パリ五輪のブレイキン競技は、日本時間の8月9~10日に女子種目、10~11日に男子種目がコンコルド広場で行われます。頭を床につけて高速で回転する「ヘッドスピン」などアクロバティックな技術に比べ、独創性は一見では分かりにくいですが選手が自己表現として大事にしていることだといいます。  清水さんは「対戦相手とのやりとりも見どころの一つ。相手の動きの一部を即興でパワーアップして自身のダンスに取り入れると、相手の独創性が下がることもある。相手に闘志を見せるなど自己主張するジェスチャーも面白い」と観戦のポイントを説明します。

◆選手への栄養サポート 小まめに補食 おにぎりとアミノ酸

小分けのおにぎりとアミノ酸のサプリメントのサンプルを手にする寺田智子さん

 パリ五輪のブレイキン競技は男女別各16人により行われ、日本からは男女4人の選手が出場します。2年前から同競技の日本代表強化選手の栄養サポートをする食品メーカー「味の素」(東京都)の管理栄養士、寺田智子さん(31)にどんなサポートをするのかを聞きました。  現地時間の午後4~6時に予選、午後8~10時に決勝トーナメントがあります。1対1のダンスバトルで30~40秒のムーブ(演技)を2~3回、1日で最大16ムーブ繰り広げます。寺田さんは「一番動きの激しい選手で、1ムーブで400メートル走並みの心拍数180~190まで上がる。16ムーブを戦い切ることが大事」と強調します。  当初は食事をあまり取らない選手もいて、2年かけ選手たちの栄養への意識を変えていきました。夕方から夜に開催される五輪に向け、選手たちには朝ご飯をしっかり食べ、その後の練習などの合間に、補食を小まめに取る「ちょこちょこ食べ」をしてもらうようにしてきました。  補食は主に、小分けにしたおにぎりとアミノ酸のサプリメントを提供。寺田さんは「ちょこちょこ食べは、普段の生活でも受験勉強や会議の資料作りなど長時間集中する時に生かせます」と話します。


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