日本が高度成長を突っ走っていた60年代「前々からどうもおかしいと思ってたこと」が次々に暴かれていきました。「偽装缶詰」もそのひとつ。主婦連合会の力が食品の表示を変えさせたのです。こういうひとつひとつが日本が先進国に近づく階段だったのでしょう。(アーカイブマネジメント部 疋田 智)

パッケージには牛が描いてあるのに?

1960年8月のこと、とある主婦が横浜で買った「牛大和煮の缶詰」が、どうも味がおかしいと気づきました。腐ったりしているのではなく、そもそも肉の味が違うのではないかと思ったのです。
相談を受けた主婦連合会が、市販品を試買し、調査に出したところ、パッケージには堂々牛のイラストが描いてあるにもかかわらず、その肉は、ほとんど馬肉かクジラであることが判明しました。

当時「クジラの大和煮」は、安いお肉、安いタンパク質の代表格でした。

「ニセモノだ」と詰めかけるも意外な返事

主婦連は「食品衛生法違反である」と、厚生省(当時)に詰めより、業者に抗議しました。

ところが、同省からは意外な返事が返ってきたのです。

「食品衛生法は国民の健康保護が目的で、鯨肉も馬肉も食品として販売を許可しており規制できない」

科学的検証からも、これらの缶詰が牛ではないことは明らかでした。

これには主婦連も驚きました。パッケージと中身が違っていても、食品衛生法では規制できないというのです。

では「独占禁止法」では?

当然、納得できない主婦連は、この問題を公正取引委員会にもちかけました。
公取委は「自由で公正な競争」を促進する、という独占禁止法のポリシーから(今となっては)次の規制を行うのが当然です。
①自由競争を破壊する「価格カルテル」を規制すること。
②公正競争を妨げる「不当表示広告」を規制すること。

ところが、この当時の独占禁止法はいわば「ザル法」、②の規制がほぼ行われていなかったのです。

何十社も調べて、牛肉はたったの2社のみ。日本にもこんな時代があったのです。

主婦連合会も消費者も呆れ返った

調べてみたら、その頃出回っていた牛の缶詰、本物はわずか2社の製品だけで、調べた数十社の缶詰は、ほぼ全部、ウマかクジラでした。一般家庭の洋食化に伴い、供給が追いつかず、原材料の確保が難しくなっていたのです。そもそも当時、牛肉は高級品でした。
この事件は新聞、テレビなどで盛んに報じられ、消費者は缶詰のパッケージなどまったく信用できない、という状態に陥りました。

小売店ではこんな看板を掲げるものの、騒動が収まる気配はありません。

騒動は他業界にも波及して…

さすがの政府も対策に乗り出します。公聴会を開き、消費者団体や、当の缶詰業者などから、意見を広く聞きました。その結果「このような不正表示は他の業界でも行われており、この業界だけの特殊指定ではなく、一般的な規制が必要である」との結論に至ったのです。

これを機に法律が変わりました。こうして我々も「食の安心」をひとつひとつ手に入れていったのです。

これらのことが契機となって、1962年「不当景品類および不当表示防止法」が成立しました。缶詰から始まった騒動でしたが、他業種も巻き込んでの「不当表示」が禁止されたのです。

高度成長とともに、日本の一般消費者が力を持ち始めた一大転機だったとされています。

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