惹かれあって結ばれた一組のカップルが、ある《行政手続き》をきっかけに注目を集めている。
オーバーオールがトレードマークの三重県出身・松浦慶太さん39歳。
分厚い体と優しい瞳が印象的な長崎県出身・藤山裕太郎さん39歳。

2人はどちらも、体の性別は男性として生まれた同性カップルだ。
ことし5月、長崎県大村市は松浦さんを「世帯主」、藤山さんを「夫(未届)」と記載した《住民票》を交付した。事実婚のカップルに適用されてきた表記で、2人の希望に沿ったものだった。
しかし交付から2か月後、国は記載について「実務上問題がある」とする見解を示した。

公的な書類でパートナーと認められたこと、事実婚カップルと同様に社会保障を受けられる道につながる可能性が出てきたことに喜んでいた2人は国の見解に肩を落とし、住民票の記載が取り消されるのではないか、他の自治体にも影響が広がっていくのではないかと不安に心をかき乱される日々を送る。

2人の住民票問題は、LGBTQを自認する人たちに対する行政の対応、その行く末を占うものとして注目を集める。

この問題を伝えるネットニュースのコメント欄では同性カップルに対する心無い言葉も飛び交う中、節目節目で取材に応じている2人は、渦中で何を思い、どう向き合っていこうとしているのだろうか?

20代の私が彼らと出会ったのは、実は《住民票問題》が過熱する前だった。清潔感あふれる住まいで、2人は穏やかに笑い合いながら暮らしていた。偶然にも結婚式を挙げてからちょうど1年後の「結婚式記念日」に家を訪ね話を聞いた。そこで私は、マイノリティとして激しい差別や孤独の中を生きてきた2人の人生に触れることになった。

2人との出会い 玄関には「結婚式の写真」 

私が2人に出会ったきっかけは、「住民票」の件でも、「LGBTQ」のことでもなく、「大村市地域おこし協力隊」の取材だった。

長崎県大村市は私の地元で、少子高齢化が叫ばれる中でも50年連続で人口が増え続けている県内唯一の市。そんな大村市が今後の「人口減少」に対し早めに手を打とうと、今年度始めたのが「地域おこし協力隊」の採用だった。この取材の一環として、出会ったのが「大村市地域おこし協力隊」第1号として活動する松浦さんだったのだ。

SNSで「地域おこし協力隊の活動をテーマに取材したい」旨ダイレクトメッセージを送信。すぐに快諾してもらえた。

松浦さんは三重県出身。オーバーオールがトレードマークだ。
(昔からオーバーオール好き。任命式ではスーツを着用したが「オーバーオールの方が似合う!」と言われて以来「オーバーオール」が制服に)
大村市観光振興課に所属し、YouTubeやInstagramを使って大村のイベントや魅力を発信している。

パートナーの藤山さんは長崎県諫早市出身。動画撮影や編集が好きで、現在は動画クリエイターとして仕事をしている。松浦さんのYouTube動画の撮影・編集を手伝うこともあるという。

ことし6月、私は2人が住むアパートを訪れた。
玄関に入って、まず目にとまったのは和装姿の2人の写真。

取材に行った6月3日はちょうど結婚式を挙げた日から1年目の「結婚式記念日」で、藤山さんは松浦さんのために「花束」と「ケーキ」を用意していた。

1回目のデートは神戸 恋の始まり

部屋の中には他にも写真がたくさん飾られていて、カラフルな雑貨や食器、本などがきちんと整理されて並んでいた。
可愛らしさと清潔感あふれる印象だ。そこで照れくさそうに笑い合う2人。穏やかな日常が伝わってきた。

「地域おこし協力隊」の取材として、私は2人が大村市に移住するまでの話を聞いた。

2人の出会いは2018年8月。
神奈川県横浜市に住んでいた松浦さんと兵庫県尼崎市に住んでいた藤山さん。2人はSNSを通じて知り合った。

1回目のデートは神戸で。すぐに意気投合し、交際がスタートした。
松浦さんは藤山さんの優しさに、藤山さんは松浦さんの天真爛漫なところに惹かれたという。
見せてもらった当時の写真には、仲睦まじい2人の姿があふれていた。
アルバムには初めてのデートの後、松浦さんが藤山さんに送ったという手紙もあった。

「初デート大成功!二人の人生のストーリーの最高の始まりになったね」
「1ページ1ページ素敵な思い出でいっぱいにしていこうね!」
読ませてもらいながら頬が緩んだ。

藤山さんは手紙に書かれていた松浦さんの希望に応えて、毎年アルバムを作っているという。年数を重ねる程に、アルバムはこだわりも厚みも増していた。

2018年12月、松浦さんは仕事を辞めて藤山さんが住む尼崎市に移り住み同棲を始めた。共に生活をするようになって1年が経とうとしていた2019年秋、2人はある出来事をきっかけに、行政上「家族ではない」ことが大きな壁となる現実に直面することになった。

「家族ではない」…パートナーの力になれない現実

2019年10月頃、夜中に松浦さんが体調を崩し、救急車で搬送された。
藤山さんは救急車に一緒に乗り病院まで行ったが、「家族」ではない、という理由で病状について説明を受けることもできず、処置が終わるまでただ廊下で待つしかなかったという。

「マイノリティは制度上のなかで、どうしても困る部分がある。制度上の壁にぶつかるんです」松浦さんは当時を振り返りながら話す。

―「2人の関係をなにか証明できるものはないか?」
尼崎市は当時から「パートナーシップ宣誓制度」を導入していた。
2020年2月、2人は制度を申請した。

「パートナーシップ宣誓制度」に法的な効力はない。
しかしこの制度があることは、‟暮らしやすさ”や‟生きやすさ”を格段に上げてくれた、と2人は話す。
どういう関係なのか尋ねられた時、カミングアウトする時、結婚しているか尋ねられた時に提示できる「行政発行の証明書」があること。
それは自分達の立場を認めてくれるだけでなく、周囲への理解も促す。

制度を導入している自治体では職員の理解も進んでいると感じる。
「市役所とかってどうしても生活に関わることなどを話さなくちゃいけない場面が出てくる。そんなときに”夫”や”妻”ではなく”パートナー”と言ってくれる職員がいる。そういう職員がいると『話しても大丈夫だな』と思える」周囲のちょっとした言葉遣いや心配りーそれが心の安定や誰もが生きやすい社会につながっていく。

2023年6月、2人は「尼崎えびす神社」で結婚式を挙げた。
人生で一番の幸せを感じた忘れられない1日。
でも参列したのは松浦さんの兄1人。
藤山さんの身内は1人もいなかった。

この時、藤山さんはまだLGBTQであることも、同性のパートナーがいることも両親に話すことができないでいた。
藤山さんの出身地である長崎県に移り住むのは結婚式の約1年後のこと。
2人が家族へのカミングアウト、その後の音信不通、そして大切な人の死に直面した末の決断だった。【2回目へ続く】

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