緊急会見ではないのに気象庁の会見室は記者でほぼ満席に

「複雑」「わかりにくい」との声が多数聞かれる〈気象に関する防災情報〉について、気象庁の有識者会議(「防災気象情報に関する検討会」)による、改善の方向性をまとめた報告書が2024年6月18日に公表された。気象庁で行われた記者会見には、気象庁担当ほか国土交通省担当、災害担当の記者らが数多く参加した。

「防災気象情報の体系整理と最適な活用に向けて」と題されたその報告書には、矢守克也座長(京都大学防災研究所教授)に「人生で直面した一番難関なパズルを解こうとしている」と言わせた検討結果が記されている。パズルへの回答案が幾つか示された中で最も重要なポイントは、現在の情報体系を整理するにあたって、情報名に「現象・災害の危険度」と「警戒レベル」に応じた統一性・整合性を持たせたことだ。図-1を見ると、ヨコ軸(現象・災害の危険度)とタテ軸(警戒レベル)とで、情報名に共通のルールが適用されバラバラになっていないことがおわかりいただけると思う。“カオス”となっている現在の情報体系と情報名(図-2)と比較して、ようやく秩序がもたらされる兆しが見えてきたのだ。

報告書の概要についてもう少し詳しく知りたい方は連載第1回「“最難関のパズル”は解けたか」をお読みいただくとして、第2回では、具体的な情報名について委員間で意見が大きく分かれた論点や決まった経緯、この“改善”によって新たに生じる可能性のある課題等について紹介する。

図-1 見直しの方向性が示された情報体系と情報名称案(気象庁資料より)
図-2 現行の情報体系と情報名(気象庁資料より)

日本語が先か、レベルが先か

図-1をもう一度見ていただきたい。
ヨコ軸の「大雨危険度」と、タテ軸の警戒レベル「5相当」が交差するところに「レベル5 大雨特別警報」の表示がある。実は「レベル+数字」も含めた情報名が正式名称であり、この場合、「大雨特別警報」だけでは正式名称にならないことを強調しておきたい。
このように情報名の“先頭”にレベルを付記したことも、報告書に盛り込まれた最重要ポイントの一つだ。

2022年1月に始まった検討会は、ヨコ軸(現象・災害の種類)とタテ軸(警戒レベル2~5)で構成される4×4のマス目を作り、そこに当てはめる情報名に統一性を持たせる方向で、早い段階で意見の一致をみた。ところが、いざ情報名を具体的に決めるとなると議論百出となった。よくある総論賛成、各論反対だ。

論点は幾つもあったが、その中で「日本語が先か、レベルが先か」が一つの争点になった。
2024年3月に開催された第7回会合では、参考情報として一般市民を対象にしたアンケートの結果が紹介され、

●「特別警報」や「警報」等の用語は社会に定着していて名称に残した方が良い。
● 「レベル+数字」も名称に含めた方が良い。

などの点が浮かび上がった。

となると、ざっくりではあるが「■■警報 レベル△」とするか「レベル△ ■■警報」とするかが選択肢となる。

筆者の意見は「『レベル+数字』を先に」だった。

たとえ情報の名称を知らなくても、情報の意味を理解していなくても、数字の4が3よりも大きいこと、5はもっと大きいことは年少の子供でもわかる。それならば、災害発生の危険度の高さは警戒レベルの数字(1~5)で示されること、数字が大きいほど危険度が高いこと、命を守る上では特に3と4が大切なことさえわかっていれば良いのではないか。
だから、日本語(漢字)で構成される情報名よりも先に「レベル+数字」を表示することで、危険度の高さを万人が直感的に把握できるようになるのではと考えた。

一方、2024年5月に開催された最終会合(第8回)では、警戒レベルがまだ普及・浸透しているとは言えない現在の状況では、名称の先頭に「レベル+数字」があると、何の現象における危険度の高まりを指しているのか理解されにくい旨の指摘が複数の委員から出た。

結局、報告書では「レベル+数字」が情報名の先頭に付くことになったが、こうした指摘を受けて、現象・災害の種類毎(ヨコ軸)のラベル・見出しとして「洪水危険度」「土砂災害危険度」等が表示されることになった。

気が早いかもしれないが、報告書で示された方向性が実現した際には、実際の放送では「洪水危険度レベル5(の氾濫特別警報)が発表された」とか「(土砂災害危険警報が発表されて)土砂災害危険度がレベル4になった」という表現を採用することになるのではないかと想像している。

「危険警報」新設をめぐり賛否が分かれた検討会最終会合(5月14日)

「危険警報」で意見は真っ二つに

情報名には、レベル3相当には「警報」を、レベル5相当には「特別警報」をそれぞれ充当する方向性が示された。一般市民を対象にしたアンケートからも「警報」と「特別警報」の名前は社会に定着していることがわかったため、採用にあたって検討会で委員から特に異論は出なかった。

一方、レベル4相当の情報名に「危険警報」という新しい言葉を採用するか、否か。このテーマをめぐって、委員の意見は真っ二つに割れた。

最終会合で、事務局は〈レベル3・4相当をいずれも「警報」〉とする案と、〈レベル3相当を「警報」、レベル4相当を「危険警報」〉とする案を提示した。ここで便宜上、前者をA案、後者をB案とさせてもらうと、「危険警報」新設をめぐる賛否は、事実上、A案とB案のどちらが適当かという選択になった。

結果的にB案が採用されたわけだが、B案を支持するおもな意見は「A案ではレベル3と4がどちらも『警報』となっていて、レベルの違いが伝わりづらいし、わかりにくい。レベルが違うのだから、情報の名称も違う方が良い」というものだった。
一方、A案を支持する意見は「『シンプルでわかりやすい』を目指す以上、むやみに新しい名前の情報をつくるべきではない」「たとえ情報名が同じでもレベル3か4が付記されるので、それでレベルの違いが伝われば良い」というものだった。
A案・B案それぞれを支持する委員の意見はほぼ半々で、多数決でどちらかに決められる状況ではなかった。

結局、最終判断を矢守座長と牛山素行副座長(静岡大学防災総合センター教授)に一任することになり、2人が事務局とも協議を重ねた結果、「危険警報」新設の方向性が決まった。

その理由として、

● 警戒レベルがまだ社会に十分浸透していない現在の状況では、レベルの違いが情報名でも明確に伝わるようにした方が良い。

● 現行の洪水に関する情報ではレベル4相当に「氾濫危険情報」が存在するほか、キキクル(危険度分布)においてもレベル4相当のキーワードは「危険」となっていて、それらがレベル4相当の情報名に「危険」という言葉を使う接点になる。

以上が挙げられている。

気象予報士の森朗氏は警報が軽視される可能性を指摘

“危険ではない”警報?

検討会の席上、筆者はB案(「危険警報」新設)への反対意見を述べ、A案を支持した。

「警戒レベルが異なる3と4に同じ情報名(「警報」)を使うのはわかりにくい」というB案支持者の意見は理解できたが、せっかく「シンプルでわかりやすい」を目標に情報体系を整理、いわばリストラする方向で合意したのに、ここに来てまた新しい情報をつくるという考えには賛成できなかった。

特に防災に関連する情報を新しくつくる場合、受け手に情報の名前を知ってもらい、さらには情報が持つ意味を理解してもらわなければ、送り手が思い描くような防災上の効果は期待できない。過去の例からみても「危険警報」の普及・浸透には相当の時間と労力がかかることが予想され、それならばこのタイミングで、その時間と労力を、まだ浸透しているとは言い難い「警戒レベル」のより一層の普及啓発に充てた方がよほど良いと考えたからだ。

報告書がまとまった以上、検討会委員の一人として今になって異論を唱えるつもりはないが、「危険警報」新設に関して心配な点を以下に2つほど挙げる。

◎「特別警報」と「危険警報」では、はたして危険度はどちらが上か?

正解は「特別警報」(レベル5相当)だが、「危険警報」(レベル4相当)の名前や意味が社会に受け入れられるまでの間、情報の受け手に、以上のような“迷い”が生じる可能性がある。

かつてのキキクル(危険度分布)には、レベル4相当に「濃い紫(極めて危険)」と「薄い紫(非常に危険)」が並存していた。色では濃い紫の方が薄い紫よりも危険にみえるが、言葉で「極めて危険」と「非常に危険」を比較した場合、どちらの危険度が上なのか直感的に理解できる人がいったいどれくらいいただろうか。

◎「警報」は危険ではない?

レベル4相当に「危険警報」という情報名が使われることで、現行の「警報」(レベル3相当)が今以上に軽く、安くみられるのではないかと危惧している。「特別警報」と「危険警報」、そして「危険ではない『警報』」があるかのように誤解される可能性さえ感じる。

そもそも警報とは何か。気象業務法では「重大な災害の起こるおそれのある旨を警告して行う予報をいう」と定められている。「重大な災害の起こるおそれのある」状況が危険でないわけがない。現行の大雨警報(土砂災害)や洪水警報がレベル3(「高齢者等避難」)相当に位置付けられているのも、自力でのスムーズな避難が難しい人たちやその支援者らを中心に、その段階で危険な場所からの避難を呼びかける必要があるからだ。

語感にも違和感を覚える。「警報」の前に「危険」が付く情報名について、ある委員は「『馬から落馬した』のような用語」と評したが、しっくりこない点は筆者も同感だ。

TBSテレビで長く気象情報や天気予報の解説を担当している気象予報士の森朗氏(株式会社ウェザーマップ代表取締役社長)も、警報が軽視される可能性を次のように指摘する。

「警報が発表されても『まだ警報だ』と思われてしまうのではないか。暴風警報など警戒レベルに紐付かない警報もあり、そうした警報までも情報の意味が薄れてくる心配がある。緊急を要し、しかもすぐに正しく意味が伝わらなければいけない言葉は、その言葉を聞いたときに、皆が同じ水準で納得できるものでないといけないと思う」

「危険警報」が導入されることによって、「警報」や「高齢者等避難」が発表されても誰も危機感を感じない、行動を起こさないという状況は何としても避けなければならない。

「洪水警報」や「土砂災害警戒情報」の名称はリストラ対象

図-3 そのままでは残らない方向の情報名

「危険警報」新設は見出しになりやすのでメディアの注目を浴びる一方、リストラ(整理・削減)対象となる情報名が多数あることはあまり取り上げられていない。

「土砂災害警報」(レベル3相当)と「土砂災害特別警報」(レベル5相当)との間に「土砂災害危険警報」(レベル4相当)を新設する方向が報告書で示されたが、それに伴い、現行の「土砂災害警戒情報」(レベル4相当)の名前が無くなることが確実視されている。

そのほか、「洪水警報」や「記録的短時間大雨情報」など、情報の意味はわからなくても一度は聞いたことがあるだろう情報名が消える方向だ(図-3)。
なかでも「洪水警報」は1953年前後に運用が開始された約70年の長い歴史を持つ情報で、「洪水警報」は無くなる方向だとあるベテランの気象予報士に伝えたら、絶句していた。

ただし、これらの情報名がそのままでは残らないというだけで、情報そのものが廃止されることを必ずしも意味していないことは強調しておきたい。むしろ、同じ意味を持つ情報が名前を変えて存続するケースがほとんどだ。

図-4 名称変更の方向性が示された情報名

大雨警報に、厳密には「大雨警報(浸水害)」と「大雨警報(土砂災害)」の2種類があることは、一般にはほとんど知られていないように思う。この点については、情報名の適否はさておき、明確に伝えてこなかったメディアの側にも一部責任があると感じている。

報告書では、現行の「大雨警報(浸水害)」と「大雨警報(土砂災害)」がそれぞれ「大雨警報」と「土砂災害警報」に、そして現行の「大雨特別警報(浸水害)」と「大雨特別警報(土砂災害)」がそれぞれ「大雨特別警報」と「土砂災害特別警報」に改められる方向性が示された(図-4)。

特に「土砂災害警報」と「土砂災害特別警報」については、情報に「土砂災害」の冠が付くことで、具体的に崖崩れや土石流、地すべりなどの発生する危険度が高まっていることがよりダイレクトに伝わるようになるのではないかと予想している。

一方、「大雨警報」と「大雨特別警報」は、大雨による浸水が発生する危険度の高まりを伝える情報へと性格が変わる。内水氾濫等おもに低い土地の浸水や比較的小さな河川の危険度の上昇が対象となる。

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