SDGs達成期限の2030年に向けた新たな価値観、生き方を語る今回の賢者は歌手の野口五郎氏。今、大学教授らとともに、脳の活性化や認知症治療の有効性も期待されているという音の研究開発を進めている。対談を通して、どんな未来が描かれるのだろうか。

【前編・後編の後編】

デジタル社会に豊かさを散りばめる、影のスーパーヒーロー

――SDGs17の項目の実現に向けた二つ目の提言をお願いします。

野口五郎氏:
「アナログを置き去りにしない」っていうことですかね。

――いわゆる技術のデジタルとアナログということよりも、生き方に関わるお話と思っていいでしょうか。

野口五郎氏:
そうですね。自分で13歳ときに書いた譜面があるんです。何曲も自分で譜面を書いて。銀座線に稲荷町から乗って東西線に乗り換えて落合まで、歌のレッスンに行っていたんです。アナログってかけがえがないっていうか、延々っていうか。その中に、僕たちは基本的にそこに生きている。それが基本なのかなって。

――印刷されたデジタルのものではなく、筆圧や文字の乱れに気持ちの揺れが刻み込まれている?

野口五郎氏:
はい。これを後世に残すとかいうことじゃなくて、これは自分の中での出来事でもいいし、これがだんだん朽ちて字も見えなくなったとしても、それは自分の中ですごくかけがえのないものっていうことなのかなって思いますね。

――私はコロナ後、大学の授業で学生にいろいろなものを手書きで書いてもらっていて、出てきた手書きのレポートは手書きの赤ペンで返すということをしています。ある意味無駄な時間、余計かかる時間の間合いとか言葉じゃない関わり方っていうのが出てきて、全くそれまでと授業の空気が変わったんです

野口五郎氏:
今何となく、一つ答えが見えてきたような気がしたんですけど。お話しをお伺いしていて、「豊か」ってもしかしたら面倒くさいんだって思ったんですよ。やっぱり面倒くさいこととか、遠回りとか必要なのかなって。

――デジタルの中で生まれてきた人たちには、私達の話はなかなか理解してもらえないかもしれません。デジタル世代の人たちに何を呼びかけますか。

野口五郎氏:
僕は同年代の方と話をするときには、思いっきりアナログの話をするんです。レコードこうだったよねみたいな、若い方には絶対わからない話をするんですよ。若い人と話をするときは、一切履歴とか自分の知恵を使わないように削除するんです。消去は駄目なんです。消去はなくなっちゃうので。削除して、若者と話しています。できるだけ同じレベルで同じように話すように。必要なときに、パソコンのどこかにあったかな、ここにあったぞっていうのが出せるところにある。でも、そう簡単には出てこないよっていうところぐらいにしておかないと。

――例え話とかもしないんですか。

野口五郎氏:
絶対無理ですもん。最近は音楽って無料で聞くものでしょっていう話になって、いやいやそれをまた新しい形でマネタイズしなきゃダメだよねっていう話をしたときに、「おじさんたちの時代はレコード、CDがあってさ」って言っちゃうと、「は?」っていうことになっちゃうじゃないですか。それを全く除外して、知らないふりして話さないと。昭和の歌を自分が歌ってきて、いいメロだって知っていても、なくしちゃった感じで話さないと。

――結構面倒くさいですね。

野口五郎氏:
だから、削除するんです。

――でも、言えば興味を持つかもしれません。

野口五郎氏:
駄目です、やっぱり。それだけアナログとデジタルは違います。

――じゃあ、どうすればいいんですか。

野口五郎氏:
我慢。ただ、僕ら世代って、きっと使命はあると思うので。デジタルへ向かっていく社会に対して、それが疑似であってもいいから、豊かさとかをうまく散りばめていくっていうのは僕たちの使命ですよ、これは。

――人知れないスーパーヒーローみたいな仕事ですね。

野口五郎氏:
本当ですね。僕は音楽の世界ですけど、そこのところを僕は最後にやらなきゃいけないことかなと思っています。

――あの憧れの大スター野口五郎が、なぜ苦しみながらこんなことをしているんだろうって。

野口五郎氏:
それだけは僕もわからないんですよ。ただ、振り返ってみますと、ずっとその時々で、例えば海外レコーディングをやったり。17歳でそんなことをやるなんて、当時、1ドル360円の時代ですから。まだまだ人種差別もすごかった時代にロンドンに行ったり、アメリカに行ってレコーディングしましたし、ディナーショーなんてない時代に作ってみたりとか、そんなことをやっていましたからね。ずっと何か自分がやんなきゃと思い続けて現在に至るみたいなところがあります。

――なぜ?ではなく、それが野口五郎だということですね。

野口五郎氏:
“苦労”じゃなく“五郎”ということで。

――野口さんのお話しの内容をイラストとキーワードでまとめました。

野口五郎氏:
僕らがしてきたことってすごくアナログで、それをデジタル化するとこうなるっていうことなんだろうなって思うんです。受け継がれることはきっとこの中にあるんでしょうね。ここでお話したことって無駄なことがすごく多かったかもしれないんですけど、その無駄なこともお聞きになって、ご自分たちの中でそこは削除してまとめられたと思うんです。その辺のバランスってすごく面白いなと。僕たちは僕たちでその削除した部分っていうのは、実は結構豊かな部分もあったんですよね。これを見て、また別のところで皆さんがわいわい話していただけたら、そこにまた豊かさが生まれるのかなって思うとすごく嬉しいです。

――今日はずっと野口さんと一つの物語を語り合ってきたような気がしています。

野口五郎氏:
また若い人たちに物語を作っていただければ、それでよかったのかなっていう気がします。

(BS-TBS「Style2030賢者が映す未来」2024年4月28日放送より)

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