過激派組織「イスラム国」が犯行声明を出したとされるモスクワ郊外での銃乱射事件。そして、今もガザ地区での戦闘を続けるイスラエルとハマス。世界で混乱が続く中、今伝えるべきことは何か。そして、ジャーナリズムのこれからは。世界中を取材する世界中を取材するTBS報道局の須賀川拓と、ジャーナリスト・堀潤さんが語った。

幼い子どもから「お前の首切って殺してやる」

須賀川拓:
戦争取材とはいっても、現在進行形のものより忘れられた戦争について、どうすれば伝えられるかというのをいつも考えています。

過激派組織「イスラム国」がはじまった場所であるイラク、そしてシリアに行くと、イスラム国との対テロ戦争は実態として殆ど終わったと思われていても、彼らの極めて過激で危険な思想はまだ生きているんです。

僕も実際、“イスラム国戦闘員”の妻や子どもらばかりが収容されている難民キャンプを取材中に、幼い子どもから面と向かって「お前の首切って殺してやる」と言われました。戦争が終わったあとも、そういう危険な思想が脈々と生き続けている。その原因は何なんだろうと。

こういう人達をどこかの難民キャンプに押し込めておけばいいかというと、そういうわけじゃない。やはり、そうなった経緯とか、原因とかに思いをはせないと同じことがまた起きるし、その人たちが悪いかといえば、100%そうとも言い切れない。

タリバンがライフルを構える横で“恐怖支配”とレポート

忘れられた戦争だけでなく、もちろん現在進行形、もしくはつい最近まで戦争が行われていた場所にも行きます。そういった国からのレポートも大切です。

例えばアフガニスタン。国を支配するイスラム組織「タリバン」のパトロールに同乗した時、彼らはアメリカ軍と同じライフルを持っていて、そこにレーザー照準器がついていたんです。それで、車で走りながら、道端の人にレーザーを照射するんですよ。怖いじゃないですか。

でも、タリバンの人がライフルを構えている横で、「この人たちはもう完全に“恐怖支配”ですね」と僕はレポートしていて…。今思えば、彼らが日本語を分からなかったから大丈夫だったというのはあると思いますが、戦争や戦争で引き裂かれた国の現実を伝えることには意味があると思っていますが、戦争や戦争で引き裂かれた国の現実を伝えることには意味があると思っています。

分かりやすい“AかBか”を語らせるインタビューからは“卒業”する必要がある

堀潤:
(ガザ情勢が悪化した時に)イスラエルの駐日大使に聞きたかったのは「国際社会の“主語”は誰ですか?」ということ。みんな言うじゃないですか。「国際社会が、国際社会が」と。でも「国際社会」とは誰のことを言っているんだろうかと。

そしたらイスラエルのギラッド・コーヘン駐日大使は、明確に言いました。「“G7”」だと。「“G7”である日本国が、我々に対して理解を示してくれるから、日本に感謝を示したい」と言うんですよ。「国連はもう機能していない。“G7”が、我々の国際社会の“主語”だ」と。

一方、パレスチナのワリード・シアム駐日大使は、国際社会の“主語”は「国連の決定事項だ」と言うんですね。日本はようやく国連総会で、人道目的での即時停戦を求める決議に賛成してくれたから、「日本に感謝したい」と。双方の代表者が「日本に感謝したい」と言っているけれど、そこで語られる“主語”は別のものが描かれている。

今の日本の状況をすごく如実に表している。そういう声を聞いて、次に我々が何を選択するのかがようやく見えてくる。イスラエルに過度に同調するとか、逆に敵対的な反発心を抱くような言説を引き出したいとか、そういうアプローチではなくて。

本当に食べ物もなく、爆弾が目の前で落ちて、明日は我が身がというところから子供をどうするんだというお母さんたち、お父さんたちがどう救われるかを考えるために取材したいじゃないですか。

でも、短い尺に落とし込まれたニュースの世界の良くないところですけど、分かりやすい“AかBか”というのを語らせようとしてしまうインタビューがあるので、そういうのは卒業する必要があるのではないかと強く感じます。

最後のメディア空間は路上だろうなと思った

あっという間に有事が広がっていった時に、この国(日本)が、戦前と同じ過ちを繰り返さないで済むだろうかという危機を感じるんですよ。いざ大きな波が押し寄せた時に、それこそ発信しないという選択じゃなくて、「発信するな」といった空気によって、あっという間に沈黙が広がる時代が来ないとも限らない。

どこだったら発信ができるんだろうかという時に、最後のメディア空間は路上だろうなと思ったんですよ。路上が封鎖されたらもう終わりじゃないですか。だから、まだ路上が使えるうちに、「路上のメディア」を平時から作っておこうと思って「拡声器」を買ったんですよ。

香港を取材した時に、路上がメディアだったのに、横断幕さえ出せなくなって、あっという間にそういうことが起きるんだと思うと、今のうちに何かできることがあればいいと思います。

──今後のジャーナリズムはどうあるべきか。2人が描く未来像を聞いた。

ジャーナリズムは“二極化”しながら広がる

須賀川拓:
今、初めて出てくるような情報を取ってくるのか、もしくは本当に深い、人の心のひだに触れるような話を取材するのか。これからのジャーナリズムは二極化しながら、もっと広がっていくのではないかと僕は思っています。

僕は昔から、情報を取ってくるのは超ポンコツなんです(笑)本当にひどいんですよ。全然、ダメなんです。ですけど、それこそ2年から3年、潜伏して話を取材する方が僕は好きなので、いわゆる調査報道とか、そっちの方に軸足を置いていきたいと思っています。僕が何かニュース速報とかやろうとすると多分、誤報が出ちゃうので、やめた方がいいです(笑)

検索しても出てこないものを、ちゃんと自分たちの手でつかむこと

堀潤:
検索しても出てこないものを、ちゃんと自分たちの手でつかむことが大切だと思っています。AIの時代になって、どんどん色んなものが自分の手を離れていってしまう。かつ自分で生産してないのに、その成果物だけ手に入るような時代になってしまうかもしれない。

ですけど、やはりそこにある「オリジナル」は、その人の尊厳であり、我々の尊厳でもあるので、そういうものをすごく大事にする、取材者が存在し続けることがいいと思います。

あと、現場に行くと「本当にこの世の中捨てたもんじゃないな」と希望を感じることの方が多いです。いつも希望を見せてくれるのが、一番、過酷な状況にいる人たちなんで。そういう人たちに寄り添って、次の世代も、その次の世代も、繋がっていければと思いますよね。

【プロフィール】

<堀潤>
ジャーナリスト。NHKを経て市民ニュースサイト「8bitNews」を設立。

<須賀川拓>
TBS報道局所属。news23専属ジャーナリスト。

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