トランプは中国の“敵”なのか
4年前の11月も、アメリカは激しい戦いのただ中にあった。
大統領として、中国製品に次々と高い関税を課す姿が伝えられ、「中国に圧力をかける男」というイメージが定着していたトランプ氏。習近平国家主席は、“トランプ再選”をさぞ嫌がっているに違いない…、日本ではそんな見方が支配的だった。
しかし、2018年から22年まで中国に特派員として駐在し、4年間のトランプ政権のうち3年間を北京で過ごした筆者には、まったく異なる景色が見えていた。
当時、中国では「新型コロナウイルス」や「香港の民主化デモ」など、共産党体制を揺るがしかねない問題が相次いでいた。しかし中国は、トランプ政権下のアメリカの混乱をしたたかに利用し、綻びかけた体制の引き締めを図った。
本稿は、2017年から2021までの4年間に渡るトランプ政権を、中国側の視点で描き、今回の大統領選への新たな視座を提示するものである。
(テレビ朝日報道局 千々岩森生)
ネットにあふれた「トランプがんばれ!」の声
4年前の大統領選が今回と違うのは、アメリカを含む世界中が、コロナ禍にあったことだ。このことが、米中関係にも複雑な影を落としていた。
再選を目指す共和党トランプ大統領(当時)と、民主党政権の奪還を目指すバイデン前副大統領(当時)の、しのぎを削る戦いを、遠く離れた中国でも、人々は固唾をのんで見守っていた。
ただ、当時の中国で目立っていたのは、トランプ勝利を期待する声だった。選挙当日、中国のSNS「微博」(ウェイボー)にあふれていたのは「トランプがんばれ!」の声だった。
2019年6月 米中首脳会談 この記事の写真は4枚次のページは
キーワードは「川建国」キーワードは「川建国」
中国の“トランプ応援団”には、ある合言葉があった。「川建国」だ。
「川」とは、「トランプ」の英語発音に近い中国語の当て字「川普」の最初の一字だ。「トランプ」は中国で、「特朗普(トゥランプ)」とも「川普(チュアンプ)」とも言われる。「建国」は日本語の意味と同じで、国を興すこと。
つまり「川建国」とは、「トランプが中国を建国してくれた」という意味に解釈できるのだ。
SNSだけではない。この時期、取材で接触した中国政府の高官からも、食事をともにした共産党関係者からも、少しニヤニヤした表情とともに、「川建国」という言葉が聞こえてきた。
「トランプはムカつくけど、中国にとっては都合がいい」、彼らの本音をまとめると、こんな感じだった。
大統領選が報じられなかった中国
共和党トランプ大統領(当時)と、民主党バイデン前副大統領(当時)が争った2020年。中国では連日、アメリカに関するニュースが報じられていた。しかしそれは、大統領選挙に関するものではなかった。
ひとつは「アメリカのコロナ感染がどれほどひどいか」を、中国はすでに抑え込んだという自負心とともに伝えるもの。
もうひとつは「アメリカの黒人差別への抗議デモがいかに激しいか」を、アメリカでは人権が守られていないというイメージとともに、伝えるものだった。
次のページは
習近平政権のピンチ(1)新型コロナ習近平政権のピンチ(1)新型コロナ
2020年は、まさにコロナ禍での大統領選だった。その年の1月に、湖北省の武漢で新型コロナウイルスが急拡大し、中国政府の無策も相まって、瞬く間に中国各地がウイルスにのみ込まれた。
中国国内では、タブーのはずの政府批判が各地で噴出し、習主席も「至らぬ点があった」と、異例の反省に追い込まれた。
習主席にとって、形勢逆転のチャンスは春にやってきた。3月末、初めてアメリカの感染者数が中国を抜いて世界一になったのだ。
その頃から、中国では国営メディアを中心に、「アメリカで新型コロナの感染が拡大」というニュースが激増する。文字通り毎日、中国メディアはアメリカの感染者数を報じ続けた。マスク着用に否定的なトランプ大統領の、「ウイルスはある日、奇跡のように消える」といった、コロナ軽視の発言とともに。
ちなみに当時の中国では、政府が国民にマスク着用を徹底させていた。マスクなしに外出するなど、考えられないことだった。感染者が出れば、町全体が封鎖され、人々は自宅から一歩も外に出られない、厳戒態勢が敷かれた。
2020年11月 中国・北京国内の不満をそらし、習近平体制の安定を図るため、政府の宣伝機関であるメディアを利用して、形勢逆転を図ったのは明らかだった。
さらに、マスクやワクチンを各国に配る“マスク外交”や“ワクチン外交”を繰り広げ、「世界が中国を称賛している」との報道も始まる。「世界に先駆けて新型コロナを克服した中国が、世界を救う…」そんなイメージ戦略が急ピッチで進んだ。
一方、新型コロナを過小評価し続けたトランプ大統領。大統領選直前に本人の感染が発表された際には、中国メディアは一斉に速報した。共産党系の環球時報は「トランプ大統領はテレビ討論会で、バイデン氏のマスク姿をあざ笑っていた」と揶揄してみせた。
習近平政権のピンチ(2) 香港国家安全維持法
2020年5月28日、北京で行われた全人代の最終日に、中国政府は、香港の反政府デモなどを取り締まるため、香港国家安全維持法の導入を決定した。香港では激しい反対運動が起きた。同時に、欧米を中心に国際社会から、中国への強い批判が沸き起こった。
前年の、犯罪容疑者を中国本土に引き渡すことを可能にする「逃亡犯条例」に端を発する、香港全土を熱くした民主化デモが、1年の時を経て再現され、アメリカをはじめ世界中が、中国の人権状況に改めて厳しい目を向けることとなった。
そんな中、アメリカで事件が起きる。同じ5月、ミネソタ州で白人警官が黒人男性ジョージ・フロイドさんを押さえつけ、死亡させた。これを機に、アメリカでは人種差別反対の世論が沸騰する。
中国の国営メディアは、一斉にアメリカ批判を開始する。曰く「アメリカは香港の人権問題を批判するくせに、自国で人権侵害をしているではないか」
国内の人権問題を取り上げて、政府を批判することは一切しない中国メディアだが、アメリカの人種差別への抗議運動については、コロナの死者数の時と同じように、まさに連日、大きく取り上げた。
この頃のトランプ大統領といえば、人種差別への抗議に否定的だと批判された。ニューヨークのトランプタワー前の大通りには、「Black Lives Matter」のペイントが描かれる始末だった。
次のページは
中国共産党体制は民主主義体制より優れている中国共産党体制は民主主義体制より優れている
習近平政権を揺るがせた、「中国から世界に広がった新型コロナ」と「香港問題で浮き彫りになった人権侵害」の2つの問題を、結果として覆い隠す手助けをしたのが、トランプ大統領のアメリカだったことが分かる。
中国政府による、「中国ではコロナは収まったのに、アメリカでは死者が激増している」とか、「アメリカの人権問題はひどい」とった宣伝は、国民にも浸透した。
あの時期の中国で登場したのは、「体制の優位性」という議論だ。つまり、「中国共産党体制は、アメリカを中心とする民主主義体制よりも優れている」というものだ。
2024年10月新型コロナを軽視し、また、人種差別への曖昧な米大統領自身の振る舞いが、結果的に中国政府の国内向けの宣伝に利用されることとなった。
中国共産党の幹部たちも、かつては民主主義に憧れを抱き、口には出さないまでも、一党支配体制への疑問を持つ者も少なくなかった。
しかし、トランプ時代のアメリカの混乱は、彼らが本気で、迷うことなく「中国共産党による支配体制は民主主義より優れている」と信じるに至る、大きな助けとなった。
“トランプ大統領”は誕生するか
2024年11月5日 トランプ氏 ミシガン州の集会で「川建国」という言葉が流行語となり、SNSでは「トランプがんばれ!」の声が溢れた2020年。あれから4年が経ち、また大統領選の投票日がやってきた。
今回もトランプ氏は、「中国製品に60%の関税をかける」などと豪語している。だが、中国側が抱く思いは、決して警戒感だけではない。
トランプ氏は再び、大統領の椅子に手をかけるのか。
この記事の写真を見る(4枚)鄭重声明:本文の著作権は原作者に帰属します。記事の転載は情報の伝達のみを目的としており、投資の助言を構成するものではありません。もし侵害行為があれば、すぐにご連絡ください。修正または削除いたします。ありがとうございます。