悪名高い武器商人のボウト BORIS ALEKSEEVーANADOLU AGENCY/GETTY IMAGES

<紅海を航行中の商船に対する攻撃で世界の海運を揺るがすフーシ派が、ロシアの武器商人からの調達を開始>

イエメンの反政府武装勢力フーシ派が、紅海を航行する船舶に対する攻撃を始めたのは昨年11月。対象となっているのはイスラエルや西側諸国と関係のある船だ。

以来、アメリカ海軍はイエメン国内のフーシ派施設にミサイルを撃ち込んだり、商船に向けて発射されたミサイルをイギリス海軍と共に迎撃するなどの対応を取ってきた。他の欧米諸国の海軍も紅海でパトロール任務に就いている。


だがフーシ派が態度を軟化させる気配はない。それどころか、悪名高いロシアの武器商人、ビクトル・ボウトから武器を調達しようとしている。これは世界の海運にとって頭の痛いニュースだ。

フーシ派は、過去数十年間に欧米諸国の軍隊が相手にしてきた「敵」とは違う。従来型の軍隊でもなければ、タリバンのように特定の地域で権力を握ることのみを目標にした反政府勢力でもない。ソマリアの海賊のような、単なる犯罪者集団でもない。

フーシ派は強力な民兵組織で、船舶を攻撃すれば世界から注目を浴びることができることに気付いている。おまけに普通なら正式な国の軍隊が使うような武器を使っている。

紅海を航行する船舶への攻撃を始めて以降、フーシ派は思う存分、世界の注目を集めてきた。そして、自分たちは高性能な兵器も入手できるぞとアピールしてきた。

例えば今月10日、フーシ派はリベリア船籍の船舶をドローンとミサイルで攻撃した。9月にはイスラエルに向けてミサイル1発を発射したが、これはイスラエルによって迎撃されている。

この時に使ったのは超音速ミサイルだったというのがフーシ派の言い分だが、その可能性は低い。だがフーシ派の攻撃の主眼は、「次は何が来るか」と世界を怖がらせることにある。そして米ウォール・ストリート・ジャーナル紙によれば、フーシ派はボウトとさらなる武器の納入に向けて交渉を行っているという。


ボウトは世界で最も悪名高い武器商人だ。「死の商人」とも呼ばれ、ロシア軍参謀本部情報総局(GRU)のための仕事もしてきた。

だが2008年、米捜査当局が、おとり捜査によってタイでボウトを逮捕。ボウトはアメリカに移送され、2011年アメリカ人殺害の共謀などの罪で禁錮25年の判決を受けた。「彼は地上で最も危険な人物の1人だ」と、逮捕作戦を指揮したマイケル・ブラウンは2010年、CBSの報道番組『60ミニッツ』で述べている。

だが2年前、米政府はロシアで収監されていた米国籍のバスケットボール選手とボウトの身柄を交換することを決めた。捜査当局の関係者、それにボウトが売りさばいた武器がどれほどの災厄をもたらしたかを知る米軍関係者はショックを受けた。

ブラウンは米フォーリン・ポリシー誌への寄稿で、身柄交換に強く反対。「表向きGRUを辞めてからも」ボウトはロシア政府と深い関係にあり、「古巣から支援や、時には仕事を受けたりしていた」というのがその理由だ。だがバイデン政権は、ボウトはもはやそれほど危険ではないと信じていた(もしくはそう信じたかった)ようだ。

だが今、ボウトはフーシ派とつながろうとしている。逮捕前はAK47自動小銃とグレネードランチャーを主に扱っていた彼だが、今では顧客の求める物を何でも調達する力を手にしているようだ。


つまり西側諸国の海軍と海運会社は、紅海に新たな兵器が持ち込まれる事態に備えなければならなくなったということだ。

ウォール・ストリート・ジャーナルは先月初旬、ボウトが手配した武器は早ければ10月中に到着するとみられ、その内容は「主にAK47の改良型であるAK74になるだろう」と伝えている。ボウトとフーシ派の間では、ロシアの対戦車ミサイル「コルネット」や対航空機用兵器の商談も進んでいるという。

西側諸国が懸念すべきは、自動小銃よりも大型の兵器だろう。もしボウトとフーシ派の関係が軌道に乗れば、船舶に対する攻撃に使う武器の調達も行われる可能性もある。フーシ派がドローンやミサイルを入手できているのはイランのおかげだ。だがイランは弱体化しており、これまでどおり支援を続けられるとは限らない。そうなった時こそボウトが役に立つかもしれない。

アメリカから帰国後、ボウトはロシアの国営メディアから英雄扱いされ、政府からも温かく迎えられた。昨年には地方議会の議員に当選もした。そんな彼がフーシ派のために武器を調達するとしたら、ロシア政府も承知の上か、場合によっては政府の支援を受けているということになる。

ロシア政府はフーシ派支援に前向きな姿勢を見せている。ロイター通信は9月、イランの仲介でロシアが超音速対艦ミサイルP-800オーニクスの供与に向けた交渉をフーシ派と行っていると伝えた。


300キロの射程を誇るオーニクスが供与されれば、商船、そしてその警護に当たる西側諸国の海軍の艦艇にとっても、紅海を航行する危険は今よりはるかに高くなる。紅海での運航を続ける海運会社がさらに減る可能性もある。

「公海という概念そのものが問われている。また戦略的、作戦的、戦術的に大きな影響をもたらすような新たな手法を国家もしくは国家以外の勢力が見つけた場合、他の勢力もそのまねをするようになるだろう」と、英海軍のダンカン・ポッツ退役海軍中将はフォーリン・ポリシーに語った。ポッツは10年代前半にインド洋でEUの海賊対策作戦を指揮した人物だ。

「これが状況を大きく変えるのではないかと懸念している。高度な兵器からの防衛には高度な兵器が必要だ。それだけの能力と十分な数の(発射用)プラットフォーム、そして(新たな状況に)対応しようという意思を持つのは一部の国の海軍だけだ」

これは世界の分裂という話でもある。フーシ派はロシアと中国の船舶を標的から外している。両国はフーシ派に攻撃をやめるように圧力をかけることもしないし、他国の船舶の警護にも参加していない。

紅海での船舶攻撃への支援にロシア政府が前向きだという事実は、世界の海運が2つに分裂しつつあるということを意味している。そして2つに裂かれた海の航行は、これまでになく危険でコストがかかるかもしれない。


From Foreign Policy Magazine

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