1840年の米大統領選を描いた風刺画。10月に検察がホイッグ党幹部らを選挙不正で起訴すると発表したが、同党候補のハリソン(右端)は民主党の現職バン・ビューレン(荷車の上の人物)に勝ち、ワシントンから追いやった MPI/GETTY IMAGES

<19世紀に起きた「選挙不正」の暴露から、70年代のベトナム和平宣言まで......。「オクトーバー・サプライズ」はアメリカ大統領選と共にあったが>

米大統領選の「オクトーバー・サプライズ」の歴史は、選挙そのものと同じくらい古い。候補者は200年以上前から、投票日の前月である10月に選挙戦を根本から変える大事件が起こることを恐れてきた。

たいていの場合、そんな出来事が起こるわけではない。それでも各陣営は、大統領選の最終盤の大事件を常に警戒し続けてきた。


この10月は、大統領選を揺るがすような大事件が既にいくつも起きている。中東の戦争は激しさを増し、イスラエルはパレスチナ自治区ガザでの戦いだけでなくレバノンやイランとも戦闘を繰り広げている。

国内では特別検察官の報告書が公開され、共和党の大統領候補であるドナルド・トランプ前大統領が2020年大統領選の結果を覆そうと画策したことの詳細が明らかになった。

アメリカの有権者は二極化されており、どんなことがあっても選挙の流れが根本から変わることはめったにないといわれる。10月の残りの日々にもっと衝撃的な事件が起これば、この認識が正しいかどうかが再び試されることになる。

最も古いオクトーバー・サプライズの1つは1840年10月、検察がホイッグ党の関係者らを選挙不正で起訴すると発表したことだ。しかし同党の大統領候補ウィリアム・ハリソンは打撃を受けず、現職大統領で民主党候補のマーティン・バン・ビューレンに勝利した。

1880年の大統領選では、共和党候補ジェームズ・ガーフィールドがH・L・モリーという人物に宛てた手紙とされるものが新聞に掲載された。彼はこの中で、中国からの移民がアメリカ人の仕事を奪っているとする「中国問題」を一蹴。雇用主が「最も安い労働力を買う」ことができるようにすべきだと書いていた。

手紙は偽造されたものだったが、労働者が中国からの移民に強い敵意を抱くカリフォルニア州でガーフィールドの支持率が下落。彼はカリフォルニア州では民主党候補に敗れたものの、選挙には勝利した。

ニクソンが選挙のためにつぶしたベトナム和平

20世紀に入って1964年の大統領選直前の10月7日には、民主党候補のリンドン・ジョンソン大統領の首席補佐官ウォルター・ジェンキンズが、首都ワシントンのYMCAで男性と「風紀を乱す行為」に及んだとして逮捕・起訴された。

共和党候補のバリー・ゴールドウォーターは記者団の質問に対し、オフレコでこう答えた。「こんなことをして選挙に勝つつもりなのか? 共産主義者や同性愛者のやりそうなことだな」

ジョンソンは、親友でもあるジェンキンズは神経症にかかっているなどとして火消しに奔走した。ソ連の最高指導者ニキータ・フルシチョフの失脚など国外の大事件が注目を集めたこともあり、このサプライズの衝撃は弱まっていった。

オクトーバー・サプライズを意図的な選挙戦略とする流れは、68年の大統領選で勢いを増した。共和党は現職のジョンソンが泥沼化したベトナム戦争について何らかの打開策を打ち出せば、共和党候補のリチャード・ニクソンは民主党候補のヒューバート・ハンフリー副大統領に敗れるかもしれないと警戒していた。

10月31日、共和党側の不安は現実のものとなる。ジョンソンが北ベトナムへの空爆を一時停止すると発表したのだ。

ところがこれを受けて、ニクソン陣営の関係者が第三者を通じて秘密裏に南ベトナムに接触し、11月初旬に和平交渉がまとまる可能性をつぶそうと働きかけを行った。大統領選はニクソンが勝利した。

国民は共和党の裏工作を知らなかったものの、ジョンソンは知っていた。しかし彼は、この一件を公にしないことを選んだ。ニクソンが勝利した場合にアメリカの立場を弱体化させることになるし、裏工作を盗聴によって知ったことが露呈するのを恐れたからだ。


72年の大統領選では再選を目指すニクソン陣営が10月8日、北ベトナムが和平協定に合意したというサプライズを仕掛けた。ヘンリー・キッシンジャー大統領補佐官(国家安全保障問題担当)がその18日後に「和平実現は近い」と発表したが、実は既にその合意は破綻していた。

今年の米大統領選は「常態」に戻った

オクトーバー・サプライズの歴史が語られるときに必ず議論されるのは、「10月の波乱」には本当に影響力があるのかという点だ。

多くの有名な歴史的事例を振り返ると、オクトーバー・サプライズは実際に選挙結果を変えているとは言えない。72年の大統領選でニクソンが民主党の対立候補ジョージ・マクガバンに圧勝した最大の要因は、10月下旬にキッシンジャーが「ベトナム和平実現は近い」とアピールしたことではなかった。

MAP: GOLDEN SIKORKA/SHUTTERSTOCK

しかし今年の大統領選では、オクトーバー・サプライズが選挙の行方を狂わせる可能性がある。

民主党候補が途中交代して、実質的に選挙戦が短くなるという異例の事態が起こった上に、最近の米大統領選では一握りの激戦州が結果を左右することを考えると(マップ参照)、オクトーバー・サプライズが極めて重要な一部の有権者層を動かすかもしれない。既に一部の州では期日前投票が始まっており、あらゆる出来事がリアルタイムで投票行動を変え得る。

それでも注目すべきなのは、過去数カ月にわたって不安定な状況が続いてきたのに、現在は選挙戦が世論調査の予測どおりに進み、大半の激戦州で有権者の支持が二分されていることだ。

ジョー・バイデン大統領が民主党の大統領候補だったことと彼への低い支持率は、「常態」の選挙にはないものだった。選挙戦での失策や高齢への不安から、民主党支持者の熱意はかつてないほど低下していた。

目下の選挙戦は、私たちが1990年代以降の選挙で経験してきたものに戻っている。候補者が暗殺未遂に遭っても、討論会で決定的に優れたパフォーマンスを見せても、流れを大きく変えることがない選挙だ。ハロウィーンまでにさらに衝撃的な出来事が起きたとしても、ニュース番組が一瞬騒ぎ立てるだけで、共和党と民主党を隔てる壁は変わらずに残るだろう。

この壁は土壇場での民主党候補の交代や共和党候補への2度の暗殺未遂、そして両党の劇的な党大会や中東での紛争があっても崩れなかった。どれだけ劇的なサプライズが起こったところで、有権者の基本的な考えは変わらない可能性が高い。

From Foreign Policy Magazine

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