記者の質問に答える韓江氏=ソウルで2016年5月、AP

 アジア(中東を含む)からのノーベル文学賞受賞は1913年、インドの詩人、R・タゴールに始まる。しかし、2回目は半世紀以上後の川端康成(68年・日本)、3回目がそれから26年後の大江健三郎(94年・同)と長い間、極めて少なかった。それが大江以後、2000年の高行健(こうこうけん)氏(中国=フランス国籍)、オルハン・パムク氏(06年・トルコ)、莫言(ばくげん)氏(12年・中国)、カズオ・イシグロ氏(17年・日本生まれの英国人)と、アジア出身者を含めるとほぼ5、6年ごとに受賞者を出すようになった(66年受賞のイスラエルのシュムエル・アグノンはオーストリア・ハンガリー帝国のガリチア出身のため除く)。

 一方、出版界では中国や韓国、台湾など東アジアをはじめとするアジア系作家の存在感が近年、国際的に高まり、日本国内でも作品の刊行が相次いでいる。

 韓江氏に続き、22年のブッカー国際賞はインドのギータンジャリ・シュリー氏が「砂の墓」で受けた。ノーベル文学賞の行方を占うとされる賞で、アジア文学の存在感を印象付けた。

 全米図書賞・翻訳文学部門では、18年に多和田葉子氏の「献灯使」、20年に柳美里氏の「JR上野駅公園口」がそれぞれ選ばれた。

新作小説の写真の前で記者の質問に耳を傾ける韓江氏=ソウルで2016年5月、AP

  現在のアジア文学ブームは、日本で「純文学」と位置付けられる作品だけでなく、SFやミステリーなど幅広いジャンルで起こっていることも特徴だ。14年に英訳版が刊行された劉慈欣(りゅうじきん)氏のSF小説「三体」は世界的なベストセラーとなり、翌15年、SF界最大の賞「ヒューゴー賞」長編部門をアジア人として初めて受賞。日本国内での「三体」3部作の単行本・文庫(紙媒体)の累計発行部数は、翻訳小説としては異例の75万部を超えている(24年10月現在)。

 戦後長く、日本で翻訳文学といえば欧米の作品が中心に語られがちだったが、最近は雑誌で中国SFや華文ミステリー(中国語圏の推理小説)の特集が組まれたり、書店に中国や韓国文学の棚が設けられたりするなど、状況は変わってきている。

 15年に創設された「日本翻訳大賞」の第1回大賞に韓国の作家、パク・ミンギュ氏の「カステラ」が選ばれ、その後も韓国や香港、台湾の作家らが受賞している。18年に邦訳が刊行されたチョ・ナムジュ氏の「82年生まれ、キム・ジヨン」は、韓国社会での女性の生きづらさを、主人公と同世代の作家がリアルに描き、日本でもベストセラーとなった。エンターテインメント性に優れるとともに経済格差や差別、ジェンダーといった現代社会の課題や個人の生きづらさを浮かび上がらせる作品が増え、国境や言語を超えて共感を呼んでいる。【松原由佳、大井浩一】

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