声は人類の歴史を変えてきた。自民党総裁選を制するのは誰の声? FRANCK ROBICHONーPOOLーREUTERS

<政治家の声は政治家を丸裸にする──声は、その人の心身状態や伝えたいこと、伝えたくないことを容赦なくさらけ出す。投開票が近づいた自民党総裁選挙の有力候補を専門家が分析すると、意外な実力と隠された本音が明らかに>

声は、驚くほど多くの情報を包含している。そして私たちは無意識のうちにその情報を受け取り、脳の奥深くで評価を下し、イメージをつくり上げている。

聴覚は視覚に比べて無自覚な感覚器だ。目は閉じることができるが、耳は容易に閉じられない。無自覚だからこそ、声は人の感情や思考に直接働きかけることができるのである。声のトーン、リズム、スピードは、その人の心身状態や伝えたいこと、伝えたくないことを容赦なくさらけ出すし、声に込められた感情は、言葉の意味を超えて聴き手の心を動かしてしまう。これが声の影響力である。


声は誰にとっても大切なコミュニケーションツールだが、政治家にとっては特に重要な武器となる。歴史を動かした政治家たちは皆、声の力を巧みに利用してきた。声を通じて感情を揺さぶり、共感を呼び起こした......良くも悪くも。アドルフ・ヒトラー、ウィンストン・チャーチル、キング牧師など、その声の持つ影響力が人々を行動へと駆り立てたのだ。私たちは彼らの声を知ることで、その時代の人々が何を求めていたのかも理解することができる。

当然ながら現代の政治家たちも声の力を最大限に活用し、有権者の心をつかむことが求められている。このところ毎日のように耳に届く自民党総裁選の立候補者たちの声には何が表れているだろうか。5人を選んで分析してみたい。

高市氏の声は国民にどう響くか TAKASHI AOYAMAーPOOLーREUTERS

高市早苗(経済安保相)

女性議員の中でも特に低く、平均して150ヘルツ前後の声である。声が低くなり続けているアメリカやドイツの女性キャスターの標準に近い。高市氏の声からは170センチくらいの高身長を想像するのではないだろうか。実際の身長に対応する声よりも低いのは、顔の共鳴腔(体の中で声が反響する空洞部分)が長いことと彼女の価値観による努力のたまものだ。

低い声は聴き手に信頼感や落ち着きを与えるものだが、低くても発音が不明瞭だったり単調だったりすると聴き手は飽きてしまう。しかし高市氏は、重要な言葉を明瞭に発音し、関西人らしいリズム感、そして場に応じた抑揚を使い分ける。自身の声を「聴覚フィードバック」によって瞬時に、思いどおりに調節できるのは、音感と運動神経が優れている証拠だろう。そしてどんな場面でも、定規を当てているかのように基音域に即座に戻れるのは、確固たる自分軸があるからできることだ。


また一定の声量を保ち続け、乱れることのない呼吸からは、彼女の気力、体力、自信、そして肝の太さが感じ取れる。表情が変わるとそれがすぐに声に表れるのも、彼女の特徴だ。笑顔になると、目を閉じて聞いても分かるほど声が明るく華やぐ。声に感情が乗りやすいため、嫌悪や不機嫌な状態も声に出てしまうが、公の場ではそれを完璧に律する強さも持ち合わせている。

彼女の安定した力強い声は、政治に関心のない層にまで熱意を伝えている。小池百合子東京都知事とは対照的な声であるが、高市氏もまた声を見事に使いこなすリーダーの1人である。

強く張りのある小泉氏の声 DAVID MAREUILーANADOLU/GETTY IMAGES

小泉進次郎(元環境相)

少々ズレたことを言っても人気があるのは、力強く張りのある声の力も大きいだろう。声帯から発せられる喉頭原音はあまり低くはなく小林鷹之・前経済安全保障相とほぼ同じ高さだが、聴き手には小泉氏の声のほうが低く聞こえるはずだ。

小泉氏が声を張る際には、喉頭が上がり声門閉鎖が強く圧のある声となる。ある特定の位置で高い周波数の倍音が強く生じるが、長く持続させることはなく、すぐに喉頭を下げて広い空間で声に低い響きを加えている。つまり、明るく高い音と低い響きが同居している。


聞くところによると中高は野球部だったとか。音が拡散してしまう野外で喉を傷めずに大声を出し続けるためには、効率的で強い共鳴が必要となる。小泉氏もそのようなスポーツマンが自然に体得する発声法だが、語尾で最も低い音域まで落とすテクニックは、かなり自分の声を意識的に使い、鍛えてきた証しだろう。

演説中でも人の話を聞いているときにも無駄なまばたきがなく、常に相手の目をしっかりと見る彼は、政治を人々の期待に応える劇場と捉えているのかもしれない。一方で焦りがすぐに声に出るあたりは、あまり嘘をつけない正直な人柄のようである。

また、構音(発音)の際に軟口蓋があまり動かない硬さを感じることがある。音声としては少し鼻に響いたように聴き取れる音だ。これはこだわりの強さや、何かを抑えていることを示している。政治劇場を降りた場面ではおそらく全く別の人格があって、実はそちらが彼の望む生き方なのかもしれない。

石破氏は声に緊張や動揺が出ることがない KAZUKI OISHI/SIPA USA-JPN-REUTERS

石破茂(元幹事長)

はっきり言って美声である。体格のとおり声帯は長めで厚く、低い音域が出るにもかかわらず、圧の強いマッチョな声にはあえてしていない。これは声帯閉鎖を意識的に緩め、咽頭腔でも柔らかい共鳴を生じさせているためだ。

原音が声になる際にさまざまな倍音が生じて、それが一人一人の声の個性をつくっているのだが、石破氏の声も高めの倍音が程よく出ていることで、迫力と優しさを備えている。迫力を感じるのは、いつでも圧の強い声が出せる素質が見え隠れするからだ。そして常に喉頭位置が安定しているために、声に緊張や動揺が出ることがない。


街頭演説などでは通常、緊張や興奮によって喉仏の上にある舌骨が上がり、舌骨と一体となって動く喉頭もまた上がってしまう人がほとんどである。その結果、不必要に高く張り上げた声や絞り出すような苦しい声になってしまう。しかし、以前に渋谷区の騒がしい街頭での石破氏の演説を聞いたことがあるが、沈黙の後の第一声は驚くほど柔らかく低い声だった。これは並の人にできる技ではない。

呼吸と声だけでなく、精神のコントロールも非常に上手な人である。言いたいことがどれほどあっても、ゆったりとした話し方はあまり崩れることがない。それは柔らかな声との相乗効果でかんで含めるような説得力を持つ。

が、このところ少し鼻に空気が抜けにくかったり滑舌が悪くなったりしていて、気力が少し萎えているように感じられる。唯一惜しいところだ。

河野氏の声には徹底した合理主義が表れている YUE CHENXING-XINHUA-POOL-REUTERS

河野太郎(デジタル相)

声の力という意味では、大変な損をしている人である。高く硬い音色は、聴き手に無意識下で頑迷さを感じさせる。本来はもっと落ち着いた声であるはずだが、上から畳みかけるような話し方と相まって、聴き手との間に見えない壁をつくってしまっている。以前の河野氏の声は同じように高く硬質ではあったが、もう少し透明な響きを持っていた。最近の声には雑音が多く含まれるようになっていて、疲れなど健康状態が心配される。

また、喉頭を高く保ったまま話す河野氏の発声には、徹底した合理主義が表れている。普通、息を吸うときには交感神経優位で喉頭が上がるが、吐くときには喉頭は下がり、副交感神経優位となる。息を吸って喉頭を上げた状態のまま話している彼は、政治の場でのリラックスは非合理であると捉えているかのようだ。


それは聴き手にもそのまま伝わってしまう。息を吐くことで副交感神経が働く状態を声から感じられないために、聴いていて呼吸が苦しくなり、聴き手の喉頭も同じように上がろうとしてしまう。これは人間の脳のミラーリングシステムの働きによるものだ。

聴き手が楽な気分であるときこそ言葉がふに落ち、思考が働き始めるものだが、河野氏の声は時に聴き手に緊張感や息苦しさを与えてしまう。先進的なだけでなく、本来は朗らかで楽しい方だと思うのだが、分からないヤツは分からなくて結構、と声が人を遠ざけている。もったいない。

茂木氏の声はなぜか「引っかかり」を感じさせる RODRIGO REYES MARIN-POOL-REUTERS

茂木敏充(幹事長)

なぜか後ろに引っ張られるような引っかかりを感じさせる声である。舌骨が常に少し高めの位置にあるために喉頭も上がり気味。これは舌根に力が入っていることによるものだろう。リップノイズを気にして不要な力が入っているのかもしれない。

音色には柔らかさがあるので、もう少し喉頭を下げ、音程も下げることを意識すればより説得力のある声になるはずである。共鳴腔も広いので、もっと朗々とした声を出せるはずだが、地声があまり聞こえてこないのは、地声域で使われるべき声帯の筋組織がきちんと振動していないためのようである。


演説になるとさらに声が硬くなって、素晴らしいことをやっていても、それを伝えるべき場面で声の良い部分が引っ込んでしまう。頭の回転に口が付いていかずにかすかなタイムラグが生じるのも、言葉が真っすぐに届かず残念だ。

◇ ◇ ◇

人を知るには、まずはその声をよく聴くことだ。声は、その人の考え方、価値観、そして人となりまでも映し出す。政治家の声に耳を澄ますことで、私たちは彼らが何を考えているのか、そして彼らがどのような未来を描いているのかを知ることができる。

たかが声、ではない。誰が選ばれるのか、その人はどんな声か。それによって、歴史の歯車がどちらに回り始めたのかが分かるだろう。

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