9月13日、 北京最大の骨董市で知られる地区、潘家園。毛沢東の彫像やポスター、古書が並ぶ中で目を引くのが、国家機密や「反動的宣伝」を含む出版物を販売しないよう警告する掲示だ。潘家園で8月撮影(2024年 ロイター/Florence Lo)
北京最大の骨董市で知られる地区、潘家園。毛沢東の彫像やポスター、古書が並ぶ中で目を引くのが、国家機密や「反動的宣伝」を含む出版物を販売しないよう警告する掲示だ。
違法な販売を目撃した市民が当局に通報できるように、直通電話番号が記されている掲示もある。
かつて、中国の骨董市やのみの市は歴史研究者にとって宝の山だった。だが現在、こうした警告に象徴される恐怖が、中国国内の研究活動を萎縮させている。
中国政府は学術交流の促進を望んでいる。習近平国家主席は昨年11月、今後5年間で5万人の米国人留学生を招くと発表した。現在の約800人からすれば飛躍的な増加となる。
こうした交流がどれだけ研究の活発化につながるかはまったくの未知数だ。だが、恐らく中国に最も強い関心をもっているはずの現代中国史の研究者は、検閲の強化により、この国の歴史に関する独立性のある研究の場が消滅しつつあると気を揉んでいる。
特に焦点となっているのが、1966年から67年にかけての文化大革命に関する史料だ。毛沢東主席が階級闘争を宣言し、中国を混乱と暴力の渦に巻き込んだ、中国共産党にとって歴史的に最も触れられたくない時期だ。
「のみの市をのぞけば簡単に宝の山に巡りあえた時代はとっくに終わってしまった」と語るのは、フライブルク大学で現代中国史を研究するダニエル・リーズ氏。
「(史料探しは)とにかく複雑、困難で危険も伴うため、基本的には敬遠されている」とリーズ氏は言い、国外の若手研究者は他国にあるコレクションに頼りがちになっていると語る。
1949年の中華人民共和国誕生以来、中国共産党は書籍やメディア、インターネットを含むあらゆる出版物を統制してきたが、検閲の厳しさは時期によって波があった。
だが習近平時代に入って、検閲は強化される一方だ。2012年に権力を掌握して以来、習氏は、政府の公式見解と異なる歴史解釈を指す「歴史的虚無主義」がソ連の崩壊を引き起こしたと主張してきた。
近年では国家安全保障やスパイ防止に関する新法が次々に制定され、研究者たちは中国の非公式な史料から引用することにこれまで以上に慎重になっている。
近現代中国史の研究者のなかには、中国政府公式の歴史認識に疑問をしたり、あるいはセンシティブな主題に取り組んだ研究を発表したことで、中国への入国ビザ発給を拒否されたという例もあるという。
ジョージタウン大学の歴史研究者ジェームズ・ミルワード氏は、2004年刊行の「Xinjiang: China's Muslim Borderland(新疆:中国のムスリム国境地帯)」に寄稿した後、数回にわたってビザ発給を却下されたという。その後は短期滞在ビザが数回発給されたが、手続きには長い時間がかかったという。
政治的な環境も、歴史研究者の研究テーマの選び方に影響を与えている。米国のある歴史研究者は、中国渡航の可能性を残しておくために当たり障りのない研究テーマを選んでいると語る。
中国教育省にコメントを求めたが、回答は得られなかった。また中国外務省は、当該状況については認識していないとしている。
<骨董市で重要史料の発見も>
前出のリーズ氏をはじめとする海外の歴史研究者は、かつて中国国内ののみの市や骨董市で検挙された知識人の訴訟資料や中国共産党の秘密文書を見つけたことがあると語る。
こうした史料は、死亡した当局者の遺族から寄付されるか、国営セクターで大規模な人員削減が行われた1990年代に閉鎖された政府系オフィスに近いリサイクルセンターから、書店が苦心の末に救出したものが多い。
だが中国政府は2008年以降、のみの市など古書や史料が流通する場所への取り締まりを進めてきた。国内メディアの報道や、ロイターの取材に応じた収集家や海外の研究者4人によれば、購入者は逮捕、販売者には罰金刑が科され、古書販売サイトからは政治問題に触れるタイトルが消えたという。
たとえば2019年には、古書店で日中戦争に関する1930年代の書籍を購入した日本人研究者がスパイ容疑で2カ月間拘束された。
中国メディアの報道によれば、その2年後、香港と台湾で出版された非合法の出版物を中国最大手の古書販売サイト「孔夫子」で販売した容疑で検挙された愛好家が、古物商の資格を持っていなかったとして28万元(約560万円)の罰金を命じられた。
また国営メディアによると、リサイクルセンターの職員2人が今年、軍の機密文書を売却した容疑で処分を受けたという。
文化大革命期の史料に興味があるという北京の収集家は匿名を条件に取材に応じ、最近は購入者が微信(ウィーチャット)経由で販売業者と個人的な関係を築いて購入していると語った。
また歴史研究者の指摘によれば、2010年以降、地方政府が保管する大半の公文書へのアクセスが制限され、文書のデジタル化に伴い検閲当局による「黒塗り」がひどくなっているという。
国外で活動する歴史研究者らは、現在の政治環境のもとで中国本土にいる協力者ができることといえば、後世のために史料を保存することだけだと説明する。ただし、悲観的な見方ばかりではない。
中国の大学による20世紀の史料のコレクションを精力的に研究しているダートマス大学のイー・ルー助教(歴史学)は、「習近平体制のもとでも、中国の研究者たちは抜け道を探し、中華人民共和国の歴史の把握と解釈を広げつつある」と語る。「すべてが失われたわけではない」
(翻訳:エァクレーレン)
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