表札を隠す深圳日本人学校=中国広東省深圳市で2024年9月19日、岡崎英遠撮影

 6月の江蘇省蘇州市の事件に続いて、日本人学校に通う児童の命が狙われたことで、在中日本人社会には大きな衝撃が広がっている。

 長女が北京市内の幼稚園に通う40代の駐在員男性は「妻が精神的に参っている。家族だけでも先に帰国させたい」と話した。児童2人を持つ40代女性は、6月の事件の際には「中国の治安は良いので油断していた。改めて気を引き締めたい」と冷静だったが、連続する凶行に「いまは何もお話しできない」とショックを隠せない。

 深圳を除くその他の地域の日本人学校は、通学バス含めて警備体制をさらに強化して運営を続ける方針だが、保護者の懸念が収まるには時間がかかりそうだ。

 中国の在留邦人に広がる動揺は、日系企業の事業活動にも直結する。パナソニックホールディングスは、帯同する家族が希望する場合、一時帰国費用を会社負担とするほか、カウンセリング窓口も設置した。ただ、日本企業の間では、アステラス製薬の日本人男性が中国当局に拘束・起訴された事件などもあり、中国赴任の希望者が減り続けており「家族連れを中心に赴任を辞退する動きが続出すれば、企業活動が成り立たなくなる」(日系大手メーカー関係者)。

 在北京の日系企業で構成する中国日本商会は、日中両政府に対し、邦人の安全確保や事件の背景などの詳細な説明を強く求めるとともに、今後の企業活動への「強い危機意識」を伝えた。同商会の本間哲朗会長は、19日に北京で開かれた大使館と日本人学校関係者との緊急会合で「従業員とその家族の安全と安心の確保は、我々が中国で事業活動を継続するための基本中の基本だ。両国政府に対して在留邦人の安全確保を強くお願いする」と強い危機感を示した。

 一方、深圳市は中国有数の経済都市で、進出する日本企業も多く、深圳日本商工会の会員企業数は372社に上る。現地に拠点を置く日本企業は、駐在員への注意喚起や情報収集に追われた。

 2022年12月から工場の自動化(FA)に関連する拠点を置く三菱電機は「現地の安全状況について情報収集している。判明次第、中国の各拠点に注意喚起する」(広報)とし、海外の安全情報を全社に周知するリポートを準備する。

 トヨタ自動車は、中国・比亜迪(BYD)との合弁会社が深圳市にある。トヨタ広報は「駐在員に対して大使館から発出されている情報や、現地の日本人学校が出す情報を共有している」と話し、駐在員に注意喚起しているという。

 日本自動車工業会の片山正則会長(いすゞ自動車会長)は19日の定例記者会見で「自動車業界は世界中に根を生やして活動している。政府には在留邦人の安全確保について今まで以上に強化をお願いしたい」と注文した。

 全国銀行協会の福留朗裕会長(三井住友銀行頭取)は19日の記者会見で「中国政府には再発防止に向けた徹底的な対策に努めていただきたい」と求めた。中国の駐在経験が長かった福留氏は「上海に娘2人を帯同して勤務していたこともあり、このニュースを聞くと胸がつぶれる思いだ。激しい憤りを感じている」と語り、会員各行へ注意喚起し、安否確認体制の構築などを促したと明らかにした。

 中国に多数の駐在員を派遣する商社各社は現段階で渡航禁止などにはせず、駐在員や家族に対し、より一層の注意を呼び掛けた。

 日中関係はこれまで、政治外交問題でギクシャクしても、経済的な結びつきがさらなる関係悪化の歯止めとなってきた。岡野正敬・外務次官は18日、呉江浩駐日中国大使に対し「在留邦人の安全安心が確保されなければ、日中関係の根本にかかわる」と述べたが、中国側が事件の対応に強く踏み出さなければ、日中の経済関係にも大きな揺らぎが生じかねない。【小倉祥徳、安藤龍朗、大原翔、秋丸生帆、加藤結花】

鄭重声明:本文の著作権は原作者に帰属します。記事の転載は情報の伝達のみを目的としており、投資の助言を構成するものではありません。もし侵害行為があれば、すぐにご連絡ください。修正または削除いたします。ありがとうございます。