アジア・太平洋地域の安全保障環境を変えかねない火星16Bの試射を視察した金総書記(4月2日) KCNAーREUTERS

<アメリカがINF条約離脱後に太平洋で進めるミサイル防衛増強計画に、北朝鮮の新型ミサイルが揺さぶりをかける>

北朝鮮は4月2日、新型の中距離弾道ミサイル「火星16B」の発射試験を実施した。飛躍的な性能向上を実現するため何年も前から関連技術の試験を重ね、満を持して実射試験に踏み切ったのだ。

【動画】火星16Bの試射の様子

北朝鮮は2000年代に公開したムスダン(火星10)を皮切りに、推定射程4000~5000キロの中距離弾道ミサイルを次々に開発。太平洋全域をカバーする米軍の防衛力を支える重要基地を攻撃できる兵器の保有を目指してきた。特にグアム島のアンダーセン空軍基地と海軍基地は北朝鮮の重要な攻撃目標で、射程4300キロならマーシャル諸島の北に位置する米領ウェーク島の施設も攻撃できる。

これらの基地や施設が攻撃されれば、西太平洋における米軍の防衛能力は大幅に限定される。何十年もアメリカと対峙してきた北朝鮮にとって、それは願ってもない状況だ。

北朝鮮はグアム島を射程内に収めることに並々ならぬ執念を燃やしてきた。この島はアメリカの東アジア戦略における重要な拠点というだけではない。アメリカは今この島に多額の投資をして、太平洋におけるミサイル防衛増強計画を進めている。

北朝鮮の最高指導者・金正恩(キム・ジョンウン)総書記は今年3月、グアム島などの軍事施設を標的とする新型ミサイル(火星16Bとみられる)用の固体燃料ロケットの地上試験を視察した際、こう語った。「この兵器システムはわが国の安全保障上、そして人民軍の作戦上の必要性からICBM(大陸間弾道ミサイル)に劣らぬ戦略的な価値を持つ。敵もそれを重々承知しているはずだ」

火星16Bには先行型に比べ、桁外れに大きな威力を発揮できる2つの主要な特長がある。1つは固体燃料ロケットを使用していること。

固体燃料なら充塡した状態でミサイルを保管できるため、液体燃料に比べミサイルの発射準備に要する時間がごくわずかで済む。これは重要な特長だ。北朝鮮がミサイル発射に使用する移動式の「輸送起立発射機」は戦時には米軍とその同盟軍の空爆の優先的な標的になる。だから、素早くミサイルを発射して、すぐにその場を離れる必要がある。

ただ、固体燃料を採用したミサイルは特に目新しいものではない。「グアムキラー」の異名を取る中国のミサイル「東風26」も固体燃料ロケットで発射される。

とはいえ火星16Bには、それよりもはるかに革命的な、もう1つの特長がある。極超音速滑空体(HGV)を搭載していることだ。

軍拡競争の過熱を招く

北朝鮮は21年9月に初めてHGVの発射試験を行った。そして今、世界に先駆けてHGVを搭載した中距離ミサイルの実射に成功したのだ。

中国とロシアは既にHGVミサイルを配備しているが、準中距離や巡航ミサイル、ICBMだけで、中距離弾道ミサイルにHGVを搭載したのは北朝鮮が世界で初めてだ。

HGVは、大気圏外での水平方向の制御など高い操作性を誇る。しかも滑空の最終段階でもマッハ10、より長距離ならマッハ20で飛ぶことも可能なため、探知や迎撃は困難を極める。

火星16Bのような極超音速ミサイルは、地域の安全保障環境を一変させるゲームチェンジャーになり得る。

太平洋の非常に広い範囲を射程に収め、極超音速で低い高度を飛ぶため迎撃はほぼ不可能だが、火星16Bの脅威はそれだけではない。北朝鮮がこれを手に入れたことで、この地域における軍拡競争が一気に過熱しかねないのだ。

アメリカは19年に中距離核戦力(INF)全廃条約から離脱した。以後、米軍が東アジアで準中距離・中距離の地対地弾道および巡航ミサイルの配備を進めるのは必然的な流れとみられてきた。

というのも、INF条約は旧ソ連とアメリカの2国間で取り交わされたため、この条約に縛られない中国と北朝鮮はミサイルの開発・配備を着々と進めてきた。それを見かねて、アメリカは離脱を決めたというのが大方の見方だ。そうであれば、米軍が中朝に対抗し得るミサイル戦力の配備に取り組んでも驚くには当たらない。

同様に、北朝鮮がHGV搭載の中距離ミサイルを手に入れたとなれば、アメリカは太平洋上にそれに対抗し得る防衛網を築くことに、なお一層注力するだろう。そうなれば中国も黙ってはいない。中国には既に必要な技術がある。これまではアメリカとの軍拡競争に火が付くことを警戒して中距離弾道ミサイルへのHGV搭載を見合わせていたかもしれないが、その気になればすぐにでも搭載できる。

北朝鮮の火星16B導入はそれ自体、重要な進展であり、グアム島を拠点とするアメリカのミサイル防衛増強計画に再検討を迫りかねない。だがそれよりもはるかに深刻な脅威がある。それは、この新型ミサイルが地域の安全保障環境に及ぼす広範な影響だ。

HGVミサイルは対艦攻撃にも威力を発揮する。制海権の獲得を目指す中国に対し、米軍が海軍力の優位性を保つには、このミサイルは不可欠の兵器となりそうだ。

東アジアでミサイル戦力増強の動きが活発化したきっかけはアメリカのINF条約離脱だったにせよ、火星16Bの登場で攻撃・防衛能力の新たな目標レベルが設定されたことは確かだ。その結果として2つの軍事大国である米中のミサイル軍拡競争が激化すれば、この地域は一気に不穏な空気に包まれかねない。

From thediplomat.com

#NorthKorea successfully tested a new solid-fuelled hypersonic intermediate-range missile (#IRBM) topped with a wedge-shaped HYPERSONIC BOOST-GLIDE vehicle #Hwasongpho16B.

The missile flew approximately 1,000 km and reached a peak altitude of 101 km during the test. pic.twitter.com/XCUPlHUPlL

— Mahalaxmi Ramanathan (@MahalaxmiRaman) April 5, 2024

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