2010年の地震もハイチを不安定化した JORGE SILVAーREUTERS

<災害、パンデミック、金融危機...非常事態には政府が最後の砦(とりで)となる。自国の運命をコントロールするには、各国は自らの衝動をコントロールしなければならない>

2010年1月12日、ハイチでマグニチュード7.0の地震が発生し、推定死者数は最大で31万6000人に上った。

そのわずか1カ月半後、チリでマグニチュード8.8の地震が起き、死者526人のうち156人が津波によるものだった。ハイチでは、主要都市の大部分が瓦礫と化したが、チリでは倒壊したビルはわずかだった。

ハイチとは異なり、チリの国民は厳格な建築基準法(1960年の大地震後に導入)と、建築検査官が手抜き建築を許さず、賄賂を拒否するという文化の恩恵を受けた。国家が機能すれば、一度の災害で何十万人もの命を救うことができる。

そして、ハイチが現在も世界に再認識させているように、国家が機能しなければ、悲惨な結果を招く。


全て明白なことだが、昨今の「常識」はそれとは相反している。いわく、今、世界中の市民が不安を抱えているのは政府が責任を果たさないからだが、それはグローバル化が政府を骨抜きにしているせいだ。

この解決には時間がかかり、それまでは自己責任──市民が不安になるのも無理はない。

不安の種を取り除くには、住宅の屋根が崩壊しないこと、老後用の貯蓄を預ける銀行が破綻しないこと、給料で支払われる通貨が価値を失わないようにすることが、誰にとっても優先順位の上位に来るはずだ。

これらを確実にするために、政府ができることは豊富にある。

20世紀最後の20年間は、新興国で金融危機が頻発した。だがそれ以降は、07〜09年に富裕国でも金融危機が起き、世界的な大不況にも見舞われ、約10年後には新型コロナウイルスが大流行したにもかかわらず、新興国でそうした金融危機はほぼ起きていない。

それは、多くの政府が自らの脆弱性に対処する決意をしたからだ。

90年代後半にトラウマを経験した東アジアでは、富裕国の韓国、台湾、シンガポールだけでなく、中所得国のタイ、マレーシア、インドネシア、フィリピンでも通貨安を容認し、対外借り入れを抑制し、輸出を増やして輸入を減らした。

その結果、数百億ドルの外貨準備高を積み上げることができた。

伝統的に経済運営が慎重ではない中南米諸国も、80年代と90年代の債務危機を経て、変動相場制を導入し、中央銀行を政治的に独立させ、財政赤字を制限するルールを採用した。07〜09年の世界金融危機の際に失業率は上昇したが、金融破綻は回避された。

パンデミックが発生した時も、この地域の金融システムは暴落を免れただけでなく、ほとんどの政府は国際資本市場へのアクセスを維持し、緊急支出を賄うことができた。

国民国家が提供できるのは、健康で雇用されている人々が、そうでない人々に保険という形で手を差し伸べるシステムだ。

政府がその役割を果たして、貧困層も利用できるよう補助金を出したり、加入者を十分確保するために加入を義務付けたり、若者から保険料を徴収して高齢者の消費を増やしたりする場合、私たちはそれを社会保険、あるいは福祉国家と呼ぶ。

今回のパンデミックは、懐疑論者に現代の福祉国家の利点を確信させるべきものだった。パンデミックは多くの人が病気になり、職を失うというまれな状況だ。国民全体の保険は崩壊し、政府が最後の砦(とりで)となる。

自国の運命をコントロールするには、各国は自らの衝動をコントロールできるようにならなければならない。

しかし、今日の「常識」はそれとは矛盾している。財政的な自己規律は紙幣をどんどん刷りたい左派の一部にとって20世紀の遺物であり、右派の多くにとっては全て選挙で邪魔になる。市民が不安になるのも無理はない。

©Project Syndicate


アンドレス・ベラスコ
ANDRES VELASCO
経済学者。ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス公共政策大学院学部長。コロンビア大、ハーバード大教授を歴任。2013年にはチリ大統領選に立候補している。

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