ヒズボラにはイランが強力な支援を続けている(レバノン南部で報道陣に公開された軍事訓練場、23年5月) AP/AFLO

<レバノンはガザよりはるかに広く、ヒズボラは戦争を長引かせることもできる。イスラエルは勝利できない。衝突を避け、抑止力を維持するのが賢明だ>

イスラエルにとってパレスチナ紛争は長年、中東全体の広範な地域紛争の一部だった。

イラン、イエメンのイスラム教シーア派武装組織フーシ派、そしてハマスとの連帯を掲げてイスラエルに攻撃を仕掛けるレバノンのシーア派武装組織ヒズボラ。こうした敵対勢力との小規模の対立が、ここにきて一段と激化するリスクが高まっている。

きっかけはイスラエルによる相次ぐ暗殺だ。イスラエルは7月末、レバノンの首都ベイルートでヒズボラの司令官フアド・シュクルを殺害。直後にイランの首都テヘランの中心部で、ハマスの政治指導者イスマイル・ハニヤを暗殺したとされる。


イスラエルとヒズボラの対立は、どちらかの判断ミス、あるいは戦闘を回避できないなら早めに戦うほうが得策だという判断が引き金となって、限定的な衝突から全面戦争にエスカレートする可能性がある。

だが全面戦争は両陣営に壊滅的な打撃をもたらす。しかもイスラエルは、仮に軍事的に勝利しても戦略的に得るものは少ない上に、ヒズボラとの対立も解消しない。

イスラエルにとっては、ヒズボラの脅威が続くとしても、抑止力を強化して戦闘を回避するほうが賢明だ。

ハマスがイスラエルに奇襲攻撃を仕掛けた昨年10月7日まで、イスラエル国民は北部国境地帯のヒズボラの存在を渋々受け入れていた。

ヒズボラの約10万人の戦闘員と大量のロケット備蓄を見れば軍事衝突が破滅的な結末をもたらすことは明らかで、双方ともそれを認識し、不安定ながらも抑止力が保たれてきた。

背景には、2006年の34日間に及ぶ軍事衝突の記憶があった。当時、ヒズボラはイスラエルに怒濤のロケット攻撃を仕掛け、レバノンに侵攻したイスラエル軍に大規模な損害を与えた。

もっとも、ヒズボラ側の被害も甚大で、双方ともその後長らく新たな衝突は望まなかった。

だが、そんな不安定な平和は昨年10月の奇襲を機に一変し、両国間で多数のロケット弾が飛び交っている。また、ハマスの奇襲攻撃で約1200人の命を奪われたイスラエルは心理的に大きな傷を負った。

その結果、イスラエルのリスク計算は激変した。今やイスラエル国民は、ヒズボラよりずっと弱いハマスの奇襲でさえこれほどの被害を出したのだから、ヒズボラの攻撃がもたらす苦しみはどれほどのものか、と自問している。

かつては戦争がリスクだったが、今では平和とそれに伴う油断こそがリスクなのだ。

ヒズボラの最高指導者ハッサン・ナスララの動画に大歓声の支持者(ベイルート、8月6日) CHRIS MCGRATH/GETTY IMAGES

レバノンはガザより広い

こうした恐怖に加えて、ヒズボラの攻撃を逃れて北部から避難した6万人のイスラエル人が抱えるジレンマもある。彼らは安全だと確信できるまで故郷に戻らないだろう。

ここでも、昨年10月の奇襲攻撃を考えれば、国境のすぐ向こう側に現実の脅威が存在する限り、市民の安全を保証するのは困難だ。

イスラエルはヒズボラの殲滅、またはヒズボラのリタニ川以北への撤退を目指して戦争に踏み切るかもしれない(リタニ川は06年の衝突後に採択された国連安保理決議1701条で定められたヒズボラの撤退ライン)。


06年の紛争終結後、イランはヒズボラの再武装を支援し、レバノンに再建資金を投入した。

おかげでヒズボラは戦争で破壊された多くのコミュニティーからの支持を勝ち得た。またヒズボラは「国境なき緑」という環境団体を隠れみのにしてイスラエル国境地域に戦闘員を送り込み、安保理決議を骨抜きにした。

イランは現在もヒズボラと緊密に連携しており、イスラエルとの衝突が再燃すれば大規模な財政支援と軍事支援を提供するだろう。

現実問題、イランが4月に仕掛けたイスラエルへの単独攻撃はほぼ失敗に終わっており、イスラエル国境にヒズボラという強力な仲間がいることの価値が再認識された。

加えて、ヒズボラへの武器供給は06年当時より容易になっている。イランと同盟国がイラン、イラク、シリア、レバノンをつなぐ陸路の回廊を支配下に置いているためだ。

本格的な戦争に発展しても、イスラエルがレバノンでの戦闘を長く続けることは難しいだろう。

イスラエル軍は1年近くに及ぶガザ戦争で疲弊しており、予備部品や弾薬、その他の必需品も長期戦を考えれば比較的、不足している。従って、より大規模な戦争になったとしても期間は限定的で、ヒズボラは嵐を乗り切れる可能性が高い。

ヒズボラとしては戦争を長引かせることもできる。

ガザにおけるイスラエルの戦略には、ハマスの戦力を分断して、さまざまな地域を占領し、ハマスの戦闘員を捕らえて組織を壊滅させることも含まれていた。

一方で、レバノンはガザよりはるかに広く、イスラエル軍が短期間で全土に展開することは不可能だ。レバノン南部の一部を再び占領すれば上出来だろう。

イスラエルは1982年にもレバノンに侵攻して南部に駐留したが、小規模な攻撃がやむことはなく、イスラエル側の犠牲者は着実に増えて2000年に撤退を余儀なくされた。

今のヒズボラははるかに手ごわい。どれだけ損害を被ったとしても、軍勢の大部分をいったん国境地帯から引き揚げ、イスラエル軍が撤退したら戻ってくるだけだ。イスラエル軍が駐留を続けた場合も、彼らはゲリラ攻撃を繰り返すだろう。

出口戦略を描けない戦い

イスラエルは、レバノンの紛争で侵略者と見なされれば、国際社会からもアメリカからもさらに批判を浴びることになる。既にガザの戦争をめぐってイスラエルに対する世界の評価は低く、特にアメリカの若い世代は多くの人が批判的だ。

サウジアラビアやアラブ首長国連邦(UAE)では、政権はヒズボラとその後ろ盾のイランを嫌悪している。

だが戦争の壊滅的な被害とレバノンの一般市民の苦しみを目の当たりにすれば、世論はイスラエルへの嫌悪を募らせ、反ヒズボラの軍事作戦を支援できなくなるだろう。


おそらく最も重要なのは、ガザと同じように、レバノンの統治問題を解決するすべがないことかもしれない。

ヒズボラと同程度の力を持つライバルは存在せず、ヒズボラが軍事的に敗北したり別の勢力に抑圧されたりしても、ヒズボラそのものが消滅することはなさそうだ。

そう考えると、抑止力を維持するアプローチがより効果的だろう。

ヒズボラも、ガザの停戦が実現すれば攻撃をやめると示唆している。バイデン米政権のエネルギー担当特使アモス・ホックスティーンは、レバノンに利益をもたらしつつ、イスラエルの安全保障上の立場を強化するような取引の仲介を模索中だ。

ヒズボラは長年、イスラエルの軍事力に適切な敬意を抱いており、ガザの惨劇は、イスラエルが本気なのだと改めて実感させられている。

また、ヒズボラの指導者たちは、ハマスがガザのことを気にかけているより、はるかに真剣にレバノンのことを考えている。レバノン経済は19年以降、破綻しており、新たな戦争は国を完全に崩壊させかねず、そうなればヒズボラが責任を問われる。

このようなアプローチは、根本的に満足のいくものではない。

和平交渉が理想的に進めばヒズボラの戦闘員はイスラエル国境から遠ざかるだろうが、ヒズボラはイスラエルにとって脅威であり続ける。とはいえ、満足できない抑止力でも、満足できない結末を迎える壊滅的な戦争よりはましだ。

ただし、イスラエルの国家安全保障上の意思決定は非常に政治的で、短期的な計算に支配されている。実際、ガザでの戦闘が始まってから10カ月以上になるが、いまだに現実的な出口戦略を描けていない。

こうした短期的な視野は、先制攻撃を行ってから長期的な目標を考えようということになりかねない。

イスラエルの指導部に対し、費用がかさんで逆効果になるだけの戦争を回避する政治的な大義名分を与えるためにも、全面戦争を回避するようにアメリカと同盟国が圧力をかけ続けることが不可欠だ。

From Foreign Policy Magazine

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