不倫口止め料事件の初公判に出廷したトランプと弁護士のトッド・ブランシュ(4月16日)MARK PETERSON-POOL-REUTERS

<不倫口止め料事件の起訴は無理筋と思われたが、大統領選前に裁判を行うこと自体に大きな意義がある>

ニューヨーク・マンハッタン地区検察のアルビン・ブラッグ検事が昨年、ドナルド・トランプ前米大統領を起訴したとき、筆者は懐疑的だった。トランプは複数の別件でも起訴される見通しで、それらの事件に比べると法的根拠が弱いように思えたからだ。

だがこの1年で、それは見当違いだったことに気付いた。

今年4月15日にニューヨークで始まったトランプの裁判は、11月の大統領選前に行われる唯一の刑事裁判になりそうだ。トランプがニューヨーク州以外で抱えているほかの3件の刑事裁判は、残念ながら大幅に遅れている。要因はさまざまだ。腐敗した判事、最高裁の対応の遅さ、担当地区検事のスキャンダル......。ニューヨーク州の裁判は、ブラッグが公判前の準備をうまく進めたことも手伝って、実に隙がないものになった。

トランプが大統領選を前に、市民が構成する陪審員団の前で、自身の容疑の少なくとも一部について釈明することは、アメリカの民主主義にとって重要な意味を持つ。今の私は、この裁判が行われることを強く支持している。

軽犯罪が重罪に

格上げ事実関係を整理しておこう。2016年の大統領選の直前、トランプは元ポルノ女優のストーミー・ダニエルズとの不倫関係をもみ消そうとした。そこで、長年の腹心で顧問弁護士だったマイケル・コーエンに、ペーパーカンパニーを通じて口止め料を支払うよう指示したとされる。トランプはその後、コーエンへの弁済として42万ドルを分割で支払った。この支払いを隠蔽するため、架空の弁護士費用として業務記録に記載したとされる。

業務記録の改ざん自体は、ニューヨーク州法では軽犯罪だ。しかし「他の犯罪の意図、あるいは犯罪行為の幇助や隠蔽の意図」を伴う場合は重罪となる。ブラッグは起訴状で、トランプは選挙法違反の意図を持って口止め料の支払いについて嘘を言っているため、重罪に当たると主張している。

私は当初、この主張に納得がいかなかった。トランプが違反しようとした選挙法が正確に何なのかが分からないからだ。ブラッグの当初の説明ではこの重要な点が不明確で、トランプの不正行為と連邦法または州法とを結び付けようとする彼の主張には無理があると思われた。

ふたを開けてみれば、そんなことはなかった。ブラッグは、トランプが少なくとも2つの選挙法(連邦法と州法)の違反を意図していたと、説得力を持って主張している。

トランプとの不倫関係を暴露した元ポルノ女優のダニエルズ。一連の疑惑はそこから浮上した ETHAN MILLER/GETTY IMAGES


第1にブラッグは、トランプとコーエンが選挙の候補者(トランプ)の指示で行った支払いが違法な選挙献金に当たり、連邦選挙運動法に違反すると主張する。

コーエンは既に連邦裁判所で、この行為について有罪を認めている。そのため、この点でトランプを起訴しても、無理な拡大解釈とは言えない。

第2にブラッグは、ニューヨーク州の選挙法違反を突いた。州法は「違法な手段により、選挙で公職に就くことを促進または阻止する」共謀行為を禁じている。ブラッグは、トランプが大統領選で確実に勝つために不正行為を働いたことで、同法に違反する意図があったと主張した。

これらの主張は、とりたてて独創的なものではない。連邦と州の選挙法を適用し、そこへニューヨーク州の業務記録法の違反を絡ませており、とても明快だ。

トランプが反論として唱えることができた、幾分もっともらしい主張は1つだけだった。それは連邦選挙運動法が、選挙関連の記録改ざんを罰するニューヨーク州法より優先されるというもの。つまり責任を問われるのは、軽犯罪となる業務記録の改ざんだけだというものだった。

この主張は2人の判事が退けた。ニューヨーク州の裁判を統括する同州最高裁のフアン・マーチャン裁判官と、この裁判を連邦裁判所に移そうというトランプの訴えを直ちに却下したアルビン・ヘラースタインだ。この事実は、ブラッグの起訴内容が有力であることと、ブラッグら検察側の手腕が優れていることを示している。

そしてNY州が残った

トランプの異議申し立てに対するブラッグの反論は鮮やかだった。マーチャンはブラッグの論拠をほぼ採用。有罪の主張を切り崩そうとするトランプの試みに大打撃を与え、その軽薄な主張を一蹴した。

公判前日には、検察側が確たる法的根拠に立脚していることが明らかになった。事実認定の前に裁判を終わらせようというトランプ側のもくろみは、ほとんど無に帰した。

これら全てが、ブラッグによる起訴を疑問視することが誤りだった第2の理由につながる。私はトランプが大統領選前に直面する裁判は、20年の大統領選に関するものであるべきだと考えていたのだが、今回の裁判は16年の大統領選に関するものだ。その違いは重要ではあるものの、起訴の妥当性や合理性を損なうことはない。

選挙結果を覆そうという試みを含め、トランプが20年の大統領選に関して行ったことは、不倫の口止め料の支払いよりもはるかに深刻な犯罪だ。そこに議論の余地はない。

理想的には、最初に20年の選挙をめぐる行動に関するトランプの責任を裁判で追及できればよかった。一連の行為は民主主義に対するかつてない攻撃であり、衝撃的な暴力行為を招いたからだ。だがトランプが執拗に時間稼ぎをした(そして連邦最高裁が何度も彼を甘やかした)ことで、大統領選前にその裁判が実現する可能性はほぼなくなった。

そして残ったのが、このニューヨーク州の裁判だ。共和党は本件について、過去の不倫と何件かの不正会計をめぐるもので選挙とは関係ないと一蹴しようとしている。だが、これは紛れもなく選挙に関する裁判だ。もっといえば、規則に従うべきなのは誰で、破ってもいいのは誰かという問題についての裁判だ。


トランプは、自分はほかの人と同じ規則に従う必要はないと信じている。16年の大統領選でヒラリー・クリントンをはじめとするほかの候補者は、献金の上限額や情報公開義務などに関する法律に従ったが、トランプはためらうことなく法律を無視した。

ブラッグによる起訴は、民主主義国家で公職に就こうとする者は誰であれ、法的義務を無視することは許されないという単純な命題を示している。大統領経験者だろうと大富豪だろうと、薄っぺらな法的解釈を盾にして責任を回避し続けることはできない。

マーチャンは、今回の裁判でこの基本原則が問われていることを理解しているようだ。これが、この裁判が極めて重要な意味を持つもう1つの、そして最後の理由につながる。ニューヨークの裁判所は、連邦裁判所より政治的介入の影響を受けにくいのだ。

トランプをいま裁くべき

トランプは4件の刑事裁判を抱えている。ホワイトハウスから機密情報を持ち出した件に関する裁判は、彼が在任中に指名したアイリーン・キャノン判事が担当となった。彼女は裁判開始を遅らせようとするトランプの画策を、何度も許してきた。

連邦議会議事堂襲撃をめぐる裁判を担当するターナ・チャトカン判事は予定どおり裁判を進めようとしたが、連邦最高裁による不当な介入によって予定を狂わされた。トランプが20年大統領選でジョージア州の投票結果を覆そうとした件の裁判はあまりに複雑で、捜査を指揮する女性地区検事が自ら任命した男性特別検察官と恋愛関係にあったという疑惑が浮上する前から、年内の裁判実現は困難だった。

残るのは党派主義に基づく圧力も引き延ばし戦術もはねつけ、迅速な裁判の原則を維持してきたニューヨーク州の裁判だ。昨年まで私は連邦裁判のほうが公平な審理を行うと考えていたが、それは間違いだった。キャノンらが牛耳る連邦裁判が、ニューヨーク州よりまっとうなはずはない。

ニューヨーク州でトランプに有罪評決が下る保証はない。私たちはいつもどおり、陪審員らが恐れや偏見なしに判断を下すことを信じるべきだ。

評決は有罪かもしれないし、無罪かもしれない。評決不能や審理無効になる可能性もある。だが現時点で最も重要なのは、トランプがこのタイミングで裁判を受けることだ。

大統領選が迫るなか、選挙に不正介入する新たなチャンスが生まれている。ブラッグとマーチャンのおかげで、トランプは新たな罪を犯すチャンスを得る前に、過去の少なくとも1つの犯罪容疑について責任を問われる。それ自体が大きな勝利だ。

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