外交面では大きな成果を上げてきた岸田首相だが、内閣支持率は低迷を続ける RODRIGO REYES MARINーPOOLーREUTERS

<岸田が総裁再選への意欲を見せても世論の評価は厳しく、党内ではトップ交代を求める声がやまない。しかし、岸田には雌伏の時を経て首相の座に就いた持ち前の忍耐強さがある>

このところ日本政治のウオッチャーが注視しているのは今年秋に実施される与党・自由民主党の総裁選の行方だ。日本では戦後政治の慣習で、与党の総裁が国会で内閣総理大臣に指名されることになっている。

岸田文雄首相の自民党総裁としての1期目の任期(3年)は今年9月に満了を迎える。岸田は党総裁、ひいては首相の座にとどまれるのか。


現職の首相が続投できるかどうかを占う日本政治のサバイバル指標が2つある。

内閣の支持率と「青木の法則」だ。

日本では内閣支持率が30%を切ると危険水域とされ、与党内で現職降ろしの声が高まる。

一方、青木の法則は、1999〜2000年に内閣官房長官を務めた故青木幹雄が提唱した説で、内閣の支持率と与党の支持率の合計が50ポイントを切ると、政権運営が難しくなる、というものだ。

これに対し「世論調査だけで政治が動いていいのか」と異議を唱えた政治家がいる。

失言やスキャンダルで辞任に追い込まれた森喜朗元首相だ。岸田内閣の支持率もかつての森政権と同程度の低水準で推移しており、森のように国民の声を軽視してはいけないと、メディアが警告している。

実際、2つの指標は岸田の続投が危ういことを示している。今年6月の朝日新聞の世論調査では内閣支持率は19%で自民党の支持率(24%)との合計が50ポイントを下回っていた。

7月には内閣支持率は多少持ち直して26%になったが、30%に届かない低空飛行に変わりはない。自民党の支持率は前月とほぼ同じ24%にとどまり、合計でようやく50ポイントに届いたものの、引き続き際どい水準にある。

耐え抜いて野望を実現

だが岸田は支持率の低さにひるまず、続投に意欲的だ。

首相としての在職期間は既に1000日を超え、戦後の首相では歴代8位の長さを記録している。6月末には「引き続き、道半ばの課題に結果を出すよう努力する」と語ったと朝日新聞が伝えた。

このコメントは党内でじわじわ高まる「岸田降ろし」の声をものともせず、総裁選で勝利を目指す意思表示と解釈できる。

なぜ岸田はこの状況で続投を目指すのか。

答えは雌伏の時を経て首相の座に就いた持ち前の忍耐強さにある。それが政治家としての岸田の特質であり、それを武器に自民党の派閥政治を生き抜いてきた。

2017年、故安倍晋三が首相に返り咲いてから2期目の任期を務めていた時期、岸田は安倍の後継者として世論の期待を集めていた。

安倍政権で5年間外相を務めた後、彼はこの年の内閣改造では閣僚から外れ、自民党の「党三役」の1つ、政務調査会長(政調会長)に就任した。

当時メディアはこの党人事を岸田に安倍の後を継がせるための布石とみて、安倍から岸田への「禅譲」説を唱えた。もっとも当時は安倍一強時代で、安倍の続投は確実だった。


読売新聞は18年の総裁選について興味深いエピソードを伝えている。この年の総裁選で無投票での続投を目指す安倍は、岸田に出馬の意向があるかどうかを探るため、1月25日の夜に岸田を誘って一献を傾けたという。

このとき安倍は99年の総裁選の話を持ち出した。

98年に橋本内閣の退陣に伴い総裁・首相に就任した小渕恵三は、前総裁の任期満了により99年に実施された総裁選で18年の安倍のように圧勝での再選を目指していた。

そのため岸田と同じ系列の派閥のトップに就任したばかりの加藤紘一に後継の座までにおわせて出馬を断念するよう迫った。それでも加藤は出馬。結果、選挙に勝った小渕は加藤を徹底的に冷遇した。

18年の総裁選を控えていた安倍は岸田に「加藤さんは間違えたよね」と言ったという。「総裁選に出馬しなければ、間違いなく首相になれた」と。岸田は、「加藤さんは小渕さんがあんなに怒るとは思わなかった」と答えたという。

安倍に言われたことで断念したかどうかは不明だが、岸田は18年の総裁選には名乗りを上げず、加藤の轍を踏まなかった。その後は粛々と政調会長を務め、機が熟すのを待った。

安倍は3期目の任期をほぼ1年残して持病の悪化を理由に辞任。岸田は即座に総裁選出馬を決めた。

20年9月の総裁選では、党内の多くの派閥が当時の内閣官房長官・菅義偉支持に回り、岸田の勝ち目は薄かった。それでも岸田は、菅、石破茂元防衛相との三つ巴の戦いで少なくとも2位になり、次回に望みをつなごうとした。この戦略は成功した。

耐えて待つ戦略が奏功

その「次回」は21年9月にやってきた。

前年の総裁選の結果、党総裁(と首相)に就任していた菅は当初、当然のように続投に意欲を示した。ところが急速に党内の支持が崩れた結果、突然不出馬を表明した。

こうして21年の自民党総裁選は、岸田、河野太郎・行政・規制改革担当相(当時)、高市早苗・前総務相(同)、野田聖子・自民党幹事長代行(同)の4人の戦いになった。

議員に党員・党友を含めた第1回投票では、岸田がトップの256票を獲得したが、過半数には届かなかったため、岸田と河野の2人で決選投票が行われた。ここで岸田は257票を獲得し、170票だった河野に圧勝した。

いわば岸田の忍耐と「模様眺め」の戦略が功を奏した格好だ。岸田は臨時国会を経て、21年10月4日に首相に就任した。

だが、当初から内閣支持率は振るわず、これ以降も30%を超えるのは難しかった。

その原因は、外交面では大きな成果を上げているものの、内政面では有権者に響きやすい政策を実行していないことにあるだろう。「新しい資本主義」により格差拡大を食い止めるという約束も実現できていない。


岸田は、党内保守派の支持を得て政権維持を図るため、憲法改正など安倍が掲げたタカ派路線を踏襲したが、少子化対策や北朝鮮の拉致問題といった長年の懸案には取り組めていない。この領域で成果があれば、支持率はもう少し上昇していたかもしれない。

ただ、7月11日に発表された時事通信の世論調査に見られるように、最近のさらなる支持率低下は、自民党派閥の裏金事件の影響が大きい。

このピンチを乗り切るため、岸田は党内派閥の廃止を決断。まずは自らの派閥の解散を発表して、各派に追随を促した。この措置は党内に大きな衝撃を与えたが、最終的には、麻生太郎副総裁の派閥以外は、岸田の呼びかけに従った。

今年6月には政治資金の透明性を高める改正政治資金規正法も成立した。それでも国民は納得しなかった。内閣支持率は低迷を続け、党内からも首相交代論がささやかれるようになった。

日本の歴代首相が支持率テコ入れのために講じる措置は2つある。

内閣改造と衆議院の解散総選挙だ。岸田は、23年12月に閣僚4人を交代させ、解散総選挙については今夏を検討していた。だが、4月末に行われた衆議院の3つの補欠選で自民党が全敗したことに危機感を覚えて断念した。

それでも党総裁選挙の準備は着々と進んでいる。既に選挙管理委員会が設置され、8月下旬にも選挙活動が始まる可能性が高い。

正式な出馬表明をしている人物はまだいないが、石破、高市、河野の3人が出馬をほのめかしている。今度の総裁選の焦点は、次の総選挙で誰が党を勝利に導けるかだ。

世論調査では、国民の期待が最も大きいのは石破だ。読売新聞の世論調査では、岸田の人気は取り沙汰されている他の政治家よりかなり低い。

党総裁選への出馬がささやかれる(左から)高市早苗、河野太郎、石破茂 FROM LEFT: ISSEI KATOーREUTERS (2), KAZUKIOISHIーSIPA USAーREUTERS

日本のメディアは、高市は立候補に必要な20人の推薦人を集めるのが難しいのではないかと報じている。これに対して河野は、ソーシャルメディアや一般の党員の間で人気があり、岸田にとってより現実的な脅威になりそうだ。

ただ、河野はデジタル相として、マイナンバーカードの取得推進策や、健康保険証を廃止してマイナンバーカードと一体化する案が国民から大きく批判され、人気を落とした。

それでも河野は、麻生派の中で支持を広げて、前回の弱点だった議員票の拡大を目指している。


石破は党内支持がカギ

石破は、ほぼ全ての世論調査で「次の首相」として最も期待されており、正式発表はしていないが、本人も5回目となる総裁選出馬に意欲を示している。

ただ、石破は型破りな言動ゆえに、昔から党幹部に嫌われてきた。このため今回、石破は菅など党幹部との会合を重ねて、党内の支持固めに奔走している。

こうした環境の中で、岸田も前任者の菅のように、総裁選への立候補を断念するのか。

それはなさそうだ。岸田が既に全国の党支部を訪問しているのは、総裁選に向けた布石と解釈できる。ひとたび立候補したら、「やり残した仕事をやり遂げるチャンスを与えてほしい」と訴えるかもしれない。

国民の間では物価高に批判があるが、日本を30年ぶりにデフレから脱却させた「偉業」をアピールする可能性もある。

歴史は岸田に有利であることを示している。自民党の総裁選で現職の総裁が負けることは、めったにない。

派閥解体により、派閥(と元派閥)による支持候補の締め付けも緩くなった。また、複数の議員が立候補すれば、前回のような決選投票にもつれ込む可能性が高まる。その顔合わせが岸田と石破となれば、議員の間で支持が高い岸田が有利になるだろう。

誰も出馬表明すらしていない段階で、次の自民党総裁選で誰が勝利するか推測するのは時期尚早だ。だが、大いに注目に値すべき選挙になることは間違いない。

From thediplomat.com

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