89歳になったダライ・ラマは今もチベットの抵抗の体現者 ANI PHOTOーREUTERS
中国が選んだダライ・ラマを担ぐぐらいなら、ダライ・ラマがいなくなるほうがマシ
チベット仏教の最高指導者ダライ・ラマ14世の後継者をめぐって、懸念が急速に高まっている。膝の治療のため6月下旬に渡米したダライ・ラマは7月6日、同地で89歳の誕生日を迎えた。世界各地のチベット人がさらなる長寿を祈る一方、中国はその死を待ち望んでいる。中国の「操り人形」を後継者に据えようとしているからだ。
ダライ・ラマは観音菩薩の化身で、初代が生まれた1391年以来、13回転生したとされる。ダライ・ラマが死去すると、転生者の特定を任務とする高僧らの助言の下、予言に基づく後継者探しが始まる。だが中国は近年、次のダライ・ラマを選定する権利があるのは中国政府だけだと主張している。
中国の介入は今に始まったことではない。1995年には、ダライ・ラマに次ぐ存在のパンチェン・ラマの転生者を、中国が決定した。他方でダライ・ラマ自身が新しいパンチェン・ラマと認めた6歳の少年は当局に拉致され、ほぼ30年後の今も拘束中とみられている。
ダライ・ラマは中国にとっての「白鯨」だ。1937年に先代の転生者と認定された現在のダライ・ラマは、中国がチベットを併合した51年以降、中国共産党の目の上のこぶになっている。非暴力思想を貫き、89年にノーベル平和賞を受賞。中国の占領に対するチベットの抵抗を体現している。
かつてはチベットの精神的指導者で政治的指導者でもあったが、現在のダライ・ラマは2011年、インド北部を拠点とするチベット亡命政府に政治的権限を委譲。同政府は5年ごとに、各地の亡命チベット人が参加する民主的選挙で選ばれている。
さらに、ダライ・ラマは「転生制度」廃止を示唆している。これは、中国が選ぼうとする後継者の正統性を損なう動きだ。中国にとっては、ダライ・ラマがいなくなるよりも、共産党に献身的なダライ・ラマがいるほうがずっと都合がいい。そう承知しているダライ・ラマは、自らの肉体が衰えてきたことも分かっている。
ダライ・ラマの旅行頻度が明らかに減少しているのは健康状態が理由の1つだが、それだけではない。中国の圧力に屈する形で、欧州の民主主義国家やアジアの仏教徒中心の国を含め、多くの国が入国許可に消極的だからだ(例外は日本だ)。幸い、気骨を失わない国もある。アメリカは膝治療のためにダライ・ラマを受け入れ、インドは59年以来、亡命生活の場を提供している。
実際、亡命チベット人の大半が暮らすインドは、チベット文化の継承に協力している。対照的に、中国はチベットの文化・アイデンティティーの破壊に熱心だ。習近平(シー・チンピン)政権の誕生以来、そうした傾向が特に強い。
その一方、中国によるチベットの天然資源奪取は過熱状態で、幅広い範囲に影響が出ている。資源豊富なチベットは、世界人口の2割を超える人々の命を支える水の供給源であり、破壊の脅威にさらされる生物多様性ホットスポットの1つでもある。
中国の思惑をくじくには、アメリカとインドが力を合わせなければならない。アメリカは既に、20年12月に発効したチベット政策・支援法で「将来のダライ・ラマ15世の選定や教育、崇拝に関しては、文書による指示を含むダライ・ラマ14世の希望が決定的役割を果たすべきだ」としている。
だが、それだけでは足りない。バイデン米大統領は機会があるうちに、20年大統領選での公約どおり、ダライ・ラマと面会すべきだ。より広く言えば、600年以上も続く「ダライ・ラマ制度」を収奪しようとする習に対して、米印は多国間戦略を立てる必要がある。そのためには、後継者の認定ルールを明確に定めるよう、ダライ・ラマ本人を説得することが欠かせない。
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ブラマ・チェラニ
BRAHMA CHELLANEY
インドにおける戦略研究・分析の第一人者。インド政策研究センター教授、ロバート・ボッシュ・アカデミー(ドイツ)研究員。『アジアン・ジャガーノート』『水と平和と戦争』など著書多数。
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