歩道に紙コップを持って立ち、金銭の支援を求める女性=パリのシャンゼリゼ通りで2024年8月1日午後3時34分、黒川晋史撮影

 「インクルーシブ(包摂的)な社会作り」を理念の一つに掲げて開催中のパリ・オリンピック。観戦客らでにぎわうシャンゼリゼ通りでは、路上生活を送る若い女性が物乞いをする姿がある。華やかな祭典の陰の部分を追った。

 柔道、体操、競泳などの試合が行われ、日本勢のメダル獲得にも会場が大いに沸いた7月30日。凱旋(がいせん)門からコンコルド広場まで延びるシャンゼリゼ通りは高級ブランドの店が建ち並び、五輪の旗があちこちに掲げられていた。人混みの中で歩いていた記者は、歩道に膝をつけ、うつむいている女性に気がついた。髪を覆うヘジャブをかぶり、花柄のスカートは裾が破れている。伸ばした右手には紙製コップが握られ、中に小銭が入っていた。

 女性に声を掛けると、シリア出身の22歳と話した。約3年前に移民としてパリに来たが、住居がなく路上で寝起きしているという。2歳の息子は病気で入院中で、物乞いをして「治療費と生活費を稼いでいる」と訴える。「でもすぐに警察官が来て『どけ』と言われるの」

 フランス政府が多額の財政支出をしているパリ五輪。記者が五輪の開催について感想を尋ねると、コップの小銭を示して「ノー。私には関係ない。お金がない」と苦笑した。通行人は多くなったが、収入は増えないという。

パリ五輪の旗が掲げられ、観戦客らも行き交うシャンゼリゼ通り=パリで2024年8月1日午前11時45分、黒川晋史撮影

 通りにはヘジャブをかぶった、腹部が膨らんだ別の女性もいた。カップを手にして歩き「私は妊婦です」と言いながら通行人に小銭を求める。多くの人が迷惑そうに通り過ぎていった。

 パリでは移民を中心とした生活困窮者への対処が社会課題となっている。パリ市の調査によると、市内の路上生活者は今年1月時点で約3500人。日本全体の約2800人(厚生労働省の同月の調査)を、人口200万人余りのパリ市だけで上回る計算だ。

 五輪が抱える問題を告発するNGOの連合体「メダルの裏側」の報告書によると、五輪を控えた2023年4月~今年5月の1年間で、パリや周辺で移民ら1万2000人以上が仮の住まいなどから追い出されたとされる。さらにシャンゼリゼ通りの女性たちのように、パリに残った人たちも暮らしは改善されないまま五輪は開幕した。

 フランスの社会事情に詳しい上智大の稲葉奈々子教授(社会学)によると、パリでは女性や子どもが路上生活に陥った場合、男性と比べて脆弱(ぜいじゃく)だとみなされるため、臨時の宿泊施設に入りやすい。日本の生活保護にあたる制度もあり、移民も利用できる。

 しかし、在留資格がない場合など、こうした施策の対象にならない人もいる。生計を立てるため、定住先がないまま集団や個人で物乞いをする例が見られるという。稲葉教授は「さまざまな事情で公的支援につながっていない人は多い。五輪は街の活力を生んでいる面はあるが、一方で未解決の貧困問題を浮き彫りにしている」と話している。【パリ黒川晋史】

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