史跡を会場にして「花の都」の魅力を世界に発信しているパリ・オリンピック。数ある遺産の中には、テロ対策でマイナスの影響を受けた場所もある。セーヌ川沿いに立ち並ぶ露天の古書店群「ブキニスト」だ。一時検討された撤去は免れたが、川での開会式に伴い周りは通行規制のフェンスで囲われ、多くの店が営業を休止した。現場を訪ねると、伝統文化の行く末を案じる店主の姿があった。
「ダザイ、ミシマ、カワバタ……。好きな作家はいる?」。ノートルダム大聖堂が建つシテ島(中州)の向かいにある、セーヌ川沿いの一角。他店が閉まる中で営業を続けるトマ・ペレイラさん(25)は24日、記者の取材に日本の有名作家の名前を次々と挙げた。古びた屋台の棚には、自身で選んだ世界各地の文学、哲学、歴史の古書がずらりと並ぶ。2年前からオーナーを務めているという。
少年時代から本の虫で、さまざまな書物を読みあさった。歴史を学んでいたころ、20世紀初めの帝国主義時代にフランスと日本が日仏協商を組んでいたことなどから日本に興味を持った。今の専らの関心は「鎌倉時代の歴史」。昨年は東京を訪れ、そのうち住むつもりだという。「大学は出ていないよ。ただ本が好きなんだ」
こうしたブキニストは16世紀に生まれたとされる。15世紀半ばに活版印刷術が発明され、本の流通が急速に広がったことで「古本屋」の業態ができたという。文化の発信地・パリを象徴する名所の一つとして長く親しまれ、故ミッテラン元大統領もたびたび訪れたと言われる。
だが、パリ五輪の開会式がセーヌ川で実施されることになり、警察は昨年夏、警備上の理由から撤去を要求した。地元の報道によると、屋台に爆発物が隠される恐れがあるとされ、約200軒が立ち退きの通知を受け取ったという。店主や地元住民の猛反発を受け、マクロン大統領は今年に入り撤去の方針を撤回した。ただ、開会式が近づき川沿いに通行規制がかかると、許可証を持った近隣住民やメディア関係者など一部の人しか通れなくなった。顧客は激減し、多くの店主は営業中止を選んだ。
そんな中、かろうじて営業を続けるペレイラさん。五輪開催をどう思うか尋ねると「いい質問だね! でも難しいね……」と苦笑した。そして自身の仕事について、こう話した。「お金がないから、店は開けておかないとね。でも五輪の影響に加えて、そもそも今は電子書籍やスマートフォンばかりでみんな本を読まない。歴史のある本屋だけど、そろそろ終わりかな」
五輪はテレビで見るつもりだが、26日の開会式は人混みでごった返す可能性があるため「店は閉めるかもしれない」という。記者は当日、現場を再訪した。ペレイラさんの姿は見当たらず、屋台の可動式の屋根は下ろされていた。【パリ黒川晋史、木原真希】
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