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「日本酒界のオスカー」

日本酒部門の最優秀賞「チャンピオン・サケ」に選ばれたのは、兵庫県淡路島の都美人酒造の純米吟醸酒「太陽」。杜氏の家修さん(69)が栄えあるトロフィーを受け取った。

18回目となるIWCの「SAKE部門」には、日本の392の蔵のほか海外6つの国と地域(アメリカ、イギリス、中国、台湾、ブラジル、アルメニア)から1504銘柄がエントリーし、その頂点に立つ「チャンピオン・サケ」は、日本酒業界の「オスカー」とも称される。

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審査するのは日本を含め17の国と地域から集まったソムリエや長年、日本酒に関わっている“酒のプロ”達。

5人ほどのグループに分かれ、銘柄を隠した状態でテイスティング、ディスカッションを重ねながら行われる。酒の種類ごとに9つの部門でのトロフィーを受賞する酒が決められ、その中からチャンピオン・サケが決定する。

「『太陽』は、これまでの純米大吟醸や大吟醸のような華やかさ中心の受賞酒と少し違い、思い切り華やかなスタイルではない。香りもそこそこありながらも、米の旨味が上手く表現されている酒。審査員の半数は外国人審査員だが彼らの評価の軸も、日本酒自体が元々持つルーツの方向に少しシフトしていると感じた」

今回、チャンピオン・サケに輝いた「太陽」について、IWCコ・チェアマンの大橋健一氏はこう話す。

「太陽」を手にする家修さん

「ミスター・パーフェクト」 

「太陽」を醸した家さんは、石川県穴水町出身の「能登杜氏」、酒造りの道に入って40年の大ベテランだ。

杜氏は日本酒造りの総責任者で、原料選びから製造、貯蔵、品質管理まで酒造りのすべてを統括するほか、酒蔵の設備管理、蔵人たちをまとめるリーダシップとコミュニケーション能力も求められる。

「杜氏が変わると酒の味が変わる」と言われるほど、杜氏の役割と責任は大きい。
日本には、地域に根付いた約30の杜氏集団があり、能登杜氏は、南部杜氏、越後杜氏、丹波杜氏と並び、日本四大杜氏のひとつとも言われている。

能登杜氏が醸す酒は「濃厚で華やか」と評され、家さんは、過去、品評会で最高賞を受賞した際に、審査員全員が最高点を付けたことから「ミスター・パーフェクト」の異名を持つ実力者だ。

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能登とつながる「太陽」 被災地への思い
チャンピオン・サケに輝いた「太陽」

能登とつながる「太陽」 被災地への思い

家さんは、これまで「黒龍」の福井・黒龍酒造、「喜楽長」の滋賀・喜多酒造、「萬歳楽」の石川・小堀酒造店といった名だたる銘醸蔵の杜氏を歴任し、去年10月から淡路島の都美人酒造の杜氏に就任した。

酒造りが行われる冬の間、能登の自宅に家族を残し、単身、淡路島に渡り酒造りに没頭する。

1月1日に発生した能登半島地震では、家さんの実家も被災し半壊した。
しかし、まさに「太陽」の仕込みが、これから始まる重要なタイミングで杜氏が蔵を空けるわけにはいかない。

家さんは、すぐにでも家族のもとへ帰りたい気持ちをこらえて仕事に打ち込んだ。

発災翌日の2日、能登の自宅にいる娘さんからSNSでメッセージが届いた。

自宅から望む日の出の画像。
「ずっと停電です」「初日の出より望んだ日の出、明るい」
とのメッセージが添えられていた。

能登では電気が止まり、多くの人が暗い不安な夜を過ごしながら、待ち望んだ夜明け、太陽。

奇しくもこれから醸す酒の名も「太陽」だ。
家さんは、能登に残した家族、友人、ふるさとへの思いを酒造りに込めたという。

「偶然かとは思いますが、娘から太陽の写真が届いて、能登への思いを込めて『太陽』を醸したんです。それで今回このような賞を頂いて。びっくりするとともに、すごく嬉しいです」と目を細める。

そして、復旧が進まない被災地を思い「能登にもみなさんの『太陽』をこれからも注いでください」と話す。

家さんと妻の安祐美さん

今回の受賞式には、能登の家を守りながら被災地で福祉関連の仕事を続ける妻の安祐美さんも帯同した。

「杜氏は半年間、冬場は酒造りに没頭します。それができるのは妻の貢献が大きい。それなので今回は一緒にイギリスに行くぞと。私よりも彼女の方がすごいんです」
家さんは照れながら奥さんの献身を称えた。

「太陽」を一口頂くと、マスクメロンのような穏やかな香りのあとに、やさしい酸味と旨味を感じて、長い余韻が広がる。
能登を思う家さんと、家さんを支える家族の温かさが表れたかのような1杯だった。

(ANNロンドン支局長 醍醐穣)

                                      

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