雪を被った山々に囲まれたインド北部の僧院で、チベット仏教の最高指導者ダライ・ラマ14世の保護と信者への予言をつかさどる高僧が、不安を募らせていた。写真は6月に面会し、あいさつを交わすダライ・ラマとペロシ元米下院議長。提供写真(2024年 ロイター/Tenzin Choejor/Office of His Holiness the Dalai Lama)
雪を被った山々に囲まれたインド北部の僧院で、チベット仏教の最高指導者ダライ・ラマ14世の保護と信者への予言をつかさどる高僧が、不安を募らせていた。
ダライ・ラマは、13日で89歳を迎える。中国は後継者を選ぶと主張しており、ネチュンと呼ばれるこの神託官は、次に何が起こるのかと考えを巡らせている。
「聖下はダライ・ラマ14世だ。今後も15、16、17世と続いていくはずだ」とこの高僧は言う。
「多くの国では指導者が変われば、その話はもう終わりだ。だが、チベットでは異なる」
チベット仏教ではダライ・ラマら学僧は死後、新生児に生まれ変わると信じられている。現在ダライ・ラマは米国で病気治療中で、自身の90歳の誕生日頃に、死後に転生するかどうか、場所はどこかなどを含め後継者ついて明らかにするとしている。高僧らが予言を得る段階を経て「化身」が認定される。
ダライ・ラマは仏教を国際的に広め、亡命を続けながらチベット人の大義のために闘った功績から1989年にノーベル平和賞を受賞したカリスマ的存在だ。中国政府はダライ・ラマを「危険な分裂主義者」とみなしている。一方のダライ・ラマは、中国国内における自治と宗教的自由を得る「中道」を求めている。
後継者は誰であれ、国際的な場での経験が浅く認知度の低い人物となる。亡命政府「中央チベット政権(CTA)」を長年超党派で支援してきた米国政府と中国の間で緊張が高まる中、解放運動が弱体化したり、反対に過激さを増しかねないという懸念も噴出している。亡命政府や欧米の支援国、そしてヒマラヤ山脈の麓の丘陵地帯が60年以上にわたりダライ・ラマの亡命先となっているインドは、影響力の強い同氏が亡くなった場合の将来に備え始めている。
バイデン米大統領は近く、1951年に中国に併合されたチベットについて「古くから中国の一部」だとする中国側の「偽情報」に反対するよう国務省へ求める法案に署名する予定だ。
「中国は、チベットが歴史上ずっと同国の一部であるという認知を求めている。この法案があれば、チベット支持者らは、このような拡大された主張を退けるよう西側政府に働きかけることが比較的容易になるだろう」とロンドン大学東洋アフリカ研究学院(SOAS)のチベット専門家、ロバート・バーネット氏は言う。
ペロシ元下院議長ら米議員団は6月、ダライ・ラマと面会し、米議会での同法案可決を祝った。亡命政府のペンパ・ツェリン首相も「好機」だと評価した。
同法案についてツェリン首相はロイターの取材に対し、強制的同化など中国による権利侵害を強調するという手法からの戦略的転換であると指摘。亡命政府は2021年以降、米国を含む数十カ国に対し、チベットは常に自国の一部であったとする中国政府の主張を公の場で否定するよう働きかけていると述べた。
こうした戦略に米国という後ろ盾を得た亡命政府は、中国が交渉のテーブルに着くことを望んでいるとツェリン首相は言う。
「もし全ての国がチベットは中華人民共和国の一部であると言い続けるならば、我々と話をする理由が中国にあるだろうか」
中国外務省はロイターの質問に対し、ダライ・ラマが「祖国を分裂させる立場を確実に放棄し」、チベットが中国の不可分な領土であると認めた場合には、同氏の「個人的な未来」に関する話し合いに応じる可能性があると述べた。
中国政府はダライ・ラマ側との公式での話し合いを2010年以降設けておらず、バイデン氏に対しても法案に署名しないよう警告している。ダライ・ラマ事務所は取材要請に対し、ツェリン首相に行うよう返答。同事務所は近年、ダライ・ラマの女性や子どもに関する言動を巡って謝罪を表明している。
後継者問題
多くの歴史学者は、チベットは13─14世紀の元(げん)王朝下でモンゴル帝国の支配下に置かれたと指摘する。元の支配領域は現在の中国の大部分とも重なるため、中国政府はこの時点でチベットの領有権を獲得したと主張しているが、専門家の間では、双方の関係は数世紀にもわたって大きく変化したほか、そのほとんどの期間チベットは自治を行っていたと考えられている。
中国は人民解放軍が1950年にチベットを「平和的に解放した」としている。チベットで1959年に起きた反中国蜂起が失敗に終わった後、ダライ・ラマはインドに亡命。同氏と無神論的立場をとる中国は1995年、2人の青年をそれぞれチベット仏教の序列2位の高僧パンチェン・ラマ11世に認定した。ダライ・ラマが指名した当時6歳の少年は直後に中国当局に誘拐され、以降その姿は一度も確認されていない。
多くの仏教徒が中国当局による選択は正統でないと考える一方、ダライ・ラマの後継者についても同様に並列で認定が行われる可能性があるとみている。中国側はダライ・ラマは必ず転生し、中国政府が後継者を認定しなければならないという姿勢を示している。
米共和党のマコール下院外交委員長はダライ・ラマを訪問した際、中国当局が「ダライ・ラマの後継者認定に介入しようとしているが、そうはさせない」と表明した。
インドは2022年に同国軍がチベット高原近郊の係争地で中国軍と衝突して以来、後継者問題に関する立場を明確にしていない。
「米国は、インドに比べれば国境侵犯を懸念する必要はない」と米国家安全保障会議(NSC)南アジア担当の元高官ドナルド・キャンプ氏は言う。インド外交のウォッチャーは、数万人ものチベット人が暮らし、国際社会での発言力も増すインドは、チベット指導者の後継者問題に巻き込まれることになるだろうと分析している。強硬派の評論家らは既にモディ首相に対し、中国に圧力をかける手段の一つとしてダライ・ラマとの会談を要請した。
インド外務省は後継者問題に関するコメントを差し控えた。元駐中国大使のアショク・カンタ氏は、「中国が認定プロセスを管理しようとすることに対し、(インドは)快く思わないだろう」と述べた。
「ダライ・ラマや関係者に協力することが中国にとって最良の選択肢だと、我々はこれまでも中国側に非公式に伝えている」とカンタ氏は言う。
「ダライ・ラマ後継については、何が起こるか分からない」
ダライ・ラマは亡命チベット人から敬意を集め、彼らの不満や正式独立運動への勢いを抑制していた。ただ、その死後もこうしたバランスが保たれるかどうかは、定かではない。
チベット青年会議(TYC)のソナム・ツェリン代表は、同会議は「中道」を尊重しているとしつつ、多くのチベット若年層と同様に完全な独立を望んでいるとの立場を示した。
チベット人は今のところ、死ぬ前に祖国に戻るというダライ・ラマの願いを叶えるべく支援に注力しているとソナム・ツェリン氏は言う。
ただ、もし願いが叶わなかった場合に「彼らが直面し得る感情の高ぶりや困難は、非常に想定しがたいものだ」と述べた。
亡命政府首相は、中国の主張に異議を唱えるという同政府の新たな姿勢が、チベットの歴史的地位を共通認識として持つ独立支持派と中道を求める人々を団結させたとの見方を示した。
いつかチベットに帰還するという強い願いを象徴する最高指導者の長寿を祝い、祈るために、13日の誕生日には世界中から何万人もの仏教徒や支持者が集まる。
ただ、ダライ・ラマと支持者に残された時間は、残り少なくなりつつある。
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