ジョー・バイデン大統領(左)とジル・バイデン夫人(右) REUTERS

<現職大統領が辞退して党大会が自由投票になれば、選出過程に注目が集まりトランプを圧倒できる>

これは非常にまずくないか──。6月27日に今期初となる米大統領選テレビ討論会を見ていた民主党支持者の多くが、そんな思いを抱いた。

11月の米大統領選で共和党の大統領候補指名が確実視されるドナルド・トランプ前大統領(78)は、用意していた内容を(虚実はさておき)まくしたてた。一方、再選を狙う民主党のジョー・バイデン大統領(81)は、驚くほど弱々しい声で、言葉に窮する場面も多々見せたのだ。


このため民主党内では、大統領候補を交代させるべきだという主張が急浮上。メディアでは、さまざまな代替候補の名が取り沙汰され始めた。

なかでもよく聞かれるのは、ギャビン・ニューサム・カリフォルニア州知事やピート・ブティジェッジ運輸長官、グレチェン・ウィトマー・ミシガン州知事だろう。何より重視されるのは、「トランプに勝てる候補」であることだ。

その一方で、こうした議論を封じようとする識者や情報筋もいる。バイデンが出馬を取りやめた場合、カマラ・ハリス副大統領以外の人物が大統領候補になることは、あり得ないというのだ。その半分は純粋なハリス支持者で、残りの半分はそれが手続き上の現実論だと考える人たちだ。

確かにハリスは副大統領であり、大統領に何かあった場合の法的な後継者だ。だが、「大統領候補」の地位が「副大統領候補」に引き継がれるというルールは、ない。

アメリカの大統領選は、民主・共和両党とも1月から各州で予備選が開かれ、その結果選ばれた人物を、各州の代議員が党全国大会(今年は共和党は7月、民主党は8月)で投票することにより、党の大統領候補が一本化(指名)され、11月の本選を迎える仕組みになっている。

「ハリス候補」への不安

もし、バイデンが大統領候補を辞退して、各州の代議員を解放すると宣言した場合、つまり自州の予備選で選ばれた候補に投票しなくてもいいこと(自由投票)にした場合、バイデンがハリスを大統領候補に推す可能性はある。

なぜか。こうすれば、本選に向けて党の結束を確認するための党大会が、醜い争いの場に転落するのを防げる。各候補がお互いを攻撃し合えば、その攻撃材料が共和党に利用される恐れもあるからだ。

さらにハリスなら、バイデン&ハリス選挙対策委員会が調達した2億ドル超の資金を直接管理できる。ハリスは、大統領候補の座を目指す可能性があるどの潜在的ライバルよりも、民主党の大口寄付者や党幹部と緊密な関係を築いている。彼らはハリスの人となりを知っていているから、すぐにハリスを支持するだろう。

大統領候補の座を円滑に引き継ぐことができれは、党内の混乱がもたらす党のイメージダウンも防げるだろう。

(左から)ニューサム、ハリス、ウィトマー、ブティジェッジ PHOTO ILLUSTRATION BY SLATE. PHOTOS BY ANDREW HARNIKーGETTY IMAGES, KEVIN DIETSCHーGETTY IMAGES, MICHAEL LOCCISANOーGETTY IMAGES, AND KENT NISHIMURAーGETTY IMAGESーSLATE

とはいえ、ハリスにも不安はある。2020年大統領選のとき、ハリスは当初、民主党指名候補の座をバイデンと競い合ったが、自陣の政策顧問と激しく対立するなど、彼女の選対本部は極めて混乱していたことで知られている。

ホワイトハウス入りしてからも、ハリスの側近は交代が激しい。ロイター通信は7月3日、ハリスが大統領候補に指名されることは不可避と報じる記事で、関係者は興奮というより、仕方がないという様子だったと指摘している。


誰にせよ、大統領候補が自由投票で選ばれた場合、民主党はすぐにその人物支持で結束する可能性が高い。

消費者団体パブリック・シチズンのアーロン・リーガンバーグはX(旧ツイッター)で、バイデンに代わる「トランプに勝てる候補」を見つけなくてはいけないという切迫感は、既に党内でイデオロギーを超えた結束をもたらしていると明かす。

これはどの潜在的候補にとっても、めったにない好ましい環境といえるだろう。さらにバイデンが、人格攻撃など醜い戦術を取る候補は支持しないと表明すれば、代替候補が前代未聞のスピードで一本化されるだろうと、ニューヨーク・タイムズ紙のジョナサン・オルター記者は言う。

8月19〜22日に開かれる民主党全国大会に向けて、健全かつ正々堂々たる候補者争いが展開されれば、「民主主義の実践者」という民主党の評価も高まるだろう。かねてから党幹部は、今回の大統領選は「民主主義の存続が懸かった選挙」と位置付けてきたから、絶好のチャンスだ。

有権者は新鮮さを熱望

もちろん、各候補の言動が連日メディアの話題を独占することも、党にとってプラスとなる。どの世論調査でも、大多数の有権者は、トランプでもバイデンでもない候補者を求めている。そもそもアメリカの大統領選で、2回連続同じ顔触れの候補がぶつかることは珍しい。

5000人近い民主党の代議員が、全く新しい大統領候補を検討するプロセスは、新鮮な候補を求める有権者の思いに応える措置だ。民主党は民主主義を重視していることのアピールにもなる。

潜在的な候補者には、短期間のうちに全米のメディアからインタビューやテレビ出演の依頼が殺到し、TikTok(ティックトック)などソーシャルメディアでの露出も爆発的に増えて、民主党関係者だけでなく全米で知名度が高まるだろう。

ついでにいうと、それはコロナ禍や混沌としたトランプ時代に、暗いニュースばかり読むことに辟易していた人々を、再びニュースメディアに引き戻すという意味で、ジャーナリズムの世界にも好ましい影響を及ぼす。

バイデンと民主党の決断に注目したい。

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