「台湾有事」という言葉が取り沙汰されることが多くなっている。そして「国民保護」という言葉も。しかしこの二つを単純に連動して考えることには重大な問題がある。それはなぜか。日本大学危機管理学部・中林啓修准教授による論考。

はじめに:この論考で何を語りたいのか

「台湾有事」という言葉は、近年急速に「再流行」してきている。なぜ「再流行」か。台湾をめぐる軍事的緊張は、朝鮮半島でのそれと並んで、冷戦時代から続き北東アジアにおける安全保障上の主要課題であり、その意味で、中国による台湾への軍事侵攻を基調として様々なバリエーションを交えて語られる台湾有事はそれ自体が新しいテーマではないからである。

ただし、過去の議論との大きな相違点の一つとして、台湾有事に連動するように「国民保護」という言葉が語られていることが挙げられる(この原稿自体がまさしくそうした文脈で依頼があり、執筆しているものである)。

「国民保護」とは、2003年6月に成立した事態対処法(現在の正式な名称は「武力攻撃事態等及び存立危機事態における我が国の平和と独立並びに国及び国民の安全の確保に関する法律」)と2004年6月に成立した国民保護法に基づいて行われる、日本が外国による武力攻撃を受けるような事態になった際の国民の生命・身体や財産等を保護するための諸措置のことを指す。

そして、台湾有事との関係では、大隅海峡以南のいわゆる南西諸島、特に宮古海峡以西の先島地域における国民保護が大きな話題となっている。そこでも見られるように、近年は、「台湾有事は我が国有事」という言葉をキーフレーズとして、「台湾有事」と「国民保護」があたかも自動的に連動するものであるかのような認識すら生まれつつあるように見える。

しかし、こうした認識には、制度理解の観点からも、日本の国益を考える観点からも問題がある。

筆者は、これまでの研究者としての歩みの中で、折に触れて国民保護に関する施策の検討や研究に従事する機会を得てきた。そうした経験を踏まえ、本稿では「国民保護」という観点から「台湾有事」、より正確には「台湾有事への日本の関わり方」について論じていく。その上で、改めて、現在も進められている国民保護をめぐる検討や議論の到達点と課題を検討していく。

各種事態と「台湾有事」との関係と国民保護措置

国民保護法の適用は、「武力攻撃事態:武力攻撃が発生した事態又は武力攻撃が発生する明白な危険が切迫していると認められるに至った事態」または「武力攻撃予測事態:武力攻撃事態には至っていないが、事態が緊迫し、武力攻撃が予測されるに至った事態」あるいは「緊急対処事態:武力攻撃に準ずる手段を用いて多数の人を殺傷する行為が発生した事態または当該行為が発生する明白な危険が切迫していると認められるに至った事態で、国家として緊急に対処することが必要な事態」のいずれかの認定がなされていることが前提となっている。

上の定義から明らかなように、台湾有事それ自身は国民保護法が適用される3つの事態のいずれにも当てはまらない。つまり、台湾有事の発生を直接の理由として国民保護措置をとることはできないことになる。

それゆえ、「台湾有事が日本において国民保護措置を必要とする状況になるかどうか」は「台湾有事への日本の関わり方が、結果として日本をして武力攻撃事態や武力攻撃予測事態を認定せざるを得ない状況となるのか」にかかっている。

それは、一面では、「発生した台湾有事が現象として日本にどのような影響を与えるのか」という議論なのだが、もう一つの側面として、「発生した台湾有事に対する日本の対応が、日本への武力攻撃の正当性を主張できるものとして有事の相手側(端的には中国)に認識されるかどうか」という議論でもある。

この観点から具体的に考えうるシナリオの一例としては、日本が台湾をめぐる有事を「重要影響事態:そのまま放置すれば日本に対する直接の武力攻撃に至るおそれのある事態等日本の平和及び安全に重要な影響を与える事態」、あるいは「存立危機事態:日本と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し、これにより日本の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある事態」と認定することで、相手側からは日本が台湾有事における一方の当事者と見做され、まさしくそれゆえに武力攻撃が生起する危険性に備えて同時並行的に武力攻撃予測事態を認定する必要に迫られる、といったものが挙げられる。

日本最西端にある与那国島からわずか111kmしか離れていない台湾で軍事的な緊急事態が発生した場合、それが日本になんの影響も及ぼさないとは考えられず、日本政府にも相応の対応が求められよう。だからこそ、「台湾有事は我が国有事」という言葉は一つの見識ではある。

しかし、上に示した制度の複雑な関係性を考えれば、この言葉は、近隣地域で発生した緊急事態への関与の結果として日本国内での被害発生を甘受せざるを得ないという現実を示すものでもある。だとすれば、安易にこの言葉を口にする行為は、国土と社会に対するある種の無責任さを示しているとも言える。

とはいえ、ウクライナ戦争直前の日本の論調が戦争の発生を予期し得なかったように、台湾有事を含めた日本周辺での武力紛争が我々の予測や認識を超えて不意に発生し、日本がその当事者となってしまう可能性を否定することはできない。

だからこそ、国民保護は、台湾有事やその他有事の可能性の高低とは関係なく平素から不断に検討しておく必要がある。かかる観点から、ひとまずは台湾有事を背景として国民保護を考える際の課題を検討していく。

先島地域での国民保護に関する検討状況と論点

武力攻撃事態等に伴う先島地域での国民保護については、域外への住民避難を中心に、沖縄県を含む九州各県および国や関係機関による検討が様々な形で進められてきている。

これらの検討では、武力攻撃予測事態の段階で先島地域外へと避難することを前提に、主な避難手段となる航空便の運用(運行ダイヤの組み方や空港でのオペレーション、避難者の誘導などの具体的な方法)や、受け入れ先での初期対応、避難そのものが命のリスクとなる人の数の把握と避難方法といった技術的検討が行われ、成果が蓄積されている。

他方、図に示すように、ウクライナ戦争などでも散見された残留者の保護などを含めた避難フロー全体を見渡すと、そこには様々な課題が存在していることがわかる。

この避難フローの中でも「早期避難の追求」は特に重要である。実際の被害が発生する以前に危険な地域から避難することは、防災においても基本とされることであり、少なくとも人命被害を極小化するための最も基本的な方法だからである。以下では、この早期避難をめぐる論点を中心に論じていく。

早期避難を実現するためには、武力攻撃予測事態などの認定の迅速化が必要となる。しかし、武力攻撃に関する事態認定は、日本側から状況をエスカレートさせることになりかねない危険性がある。

早期避難の実現とエスカレーション抑制を両立するために重要となるのが、国内外との戦略的コミュニケーションである。それは、制約の多い島しょ地域での住民避難の特殊性を説明し、軍事的な活動を含めた日本側の事態への対応について高い透明性をもって示すことで国際社会の支持を勝ち得る努力を指すものである。

同時に、避難を支える民間事業者などとのリスクコミュニケーションも必要となる。なぜなら、大幅に進展している避難手段に関する技術的検討と異なり、避難時の安全をめぐる議論は、実務担当者のレベルで結論が出るものではなく、ハイレベルでのリスクコミュニケーションが不可欠だからである。

この点、現在の国民保護の枠組みでは、防災における「中央防災会議」に相当するような、首相をはじめとする政府首脳部と指定公共機関の代表や有識者が議論を交わせる場が制度上存在していない点は大きな課題と言える。

また、たとえ政府が早期の事態認定を行えたとしても、それだけで住民が避難できるわけではない。

太平洋戦争の際に南洋諸島や沖縄からの住民避難が進まなかった理由の一つとして挙げられているものに、避難先での生活保障があった。この点を踏まえれば、具体的被害が発生していない武力攻撃予測事態の段階で避難を開始・完了させるためには、避難以降の生活の見通しについて具体的なイメージを提示できるよう中長期的な観点からの準備が不可欠である。

そして、中長期的に必要となる支援は既存の制度だけでは提供できないことも想定される。そのため、既存制度の拡張や新規制度の導入などを含めた柔軟な対応を想定しておく必要がある。

これは極めて多岐にわたる話題だが、一例を挙げるとすれば、福島第一原子力発電所事故の際に見られた特例事務の導入(就学案内など本来は住民票に紐づいた行政サービスを住民票の移転がなくとも避難先自治体で提供できるようにした措置。福島原発事故では法を新規に制定して実施した。)などが一案として考えられる。

また、政府は2024年3月末に、先島地域での設置を前提とした緊急一時避難施設に関する技術的なガイドラインを示したが、武力攻撃が発生してしまった地域に何らかの事情で残留している住民への保護についての検討は端緒についたばかりであり、避難施設の整備のあり方などハード面での議論の深化とともに、戦闘地域下の残留民保護や避難のための赤十字国際委員会(ICRC)などの国際機関の連携強化や、人道回廊を含む「文民保護のための特別地帯及び地区」を設定する際の具体的な手順などソフト面での対策についても検討を促進していく必要がある。

国際機関との連携について補足すると、ウクライナ戦争でも見られた「人道回廊」のような避難経路の確立とこれを利用した避難オペレーションの執行において、国際機関、特に現場での執行にあたることが多いICRCの果たす役割は大きいが、ICRCによる人道支援を円滑に行うには、その中立性を関係国が担保する必要がある。

ウクライナ戦争に関しては、ロシアとウクライナはどちらも90年代に「本部協定」(Headquarters Agreement)を締結し、ICRCに対して国際機関としての「特権と免除」を認めていたが、日本政府は同様の取り決めをICRC側と締結しておらず早急な措置が必要となっている。

結語

台湾有事と国民保護とは複雑かつ密接に関係してはいるものの、自動的に連動するものとまでは言えない。そうであればこそ、今、私たちに求められることは、第一に、「台湾をめぐって私たちは何を守り、そのためにどこまでのコストや犠牲を甘受するのか」について社会全体で当事者意識を持って冷静に議論を重ねることであり、第二に、それでも起こりうる不測の事態に備えて外交政策、防衛政策そして国民保護を3つの柱とした備えを充実させていくことである。

ここで忘れてはならないことは、これら具体的な政策の充実は、日本が合法的に戦争を戦うための手段を研ぎ澄ますことではないということである。

外交も防衛も、そして国民保護もまた、自分達人間の営みである戦争すら制御できない私たちにとって、社会を次の世代に残すための手段としてあるのであり、特に防衛や国民保護については、それらを実行せずに社会が存続できるのであれば、それが最善であることを決して忘れるべきではない。この点を強く指摘して、本稿のまとめとする。

<執筆者略歴>
中林 啓修(なかばやし・ひろのぶ)
日本大学危機管理学部准教授。

立命館大学文学部史学科卒業、慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科修士課程修了、同後期博士課程単位満了修了(博士号<政策・メディア>取得)。

独立系シンクタンク、明治大学危機管理研究センター勤務を経て、2013年2月から2016年3月まで沖縄県知事公室地域安全政策課主任研究員、その後、阪神・淡路大震災記念人と防災未来センター主任研究員、国士舘大学防災・救急救助総合研究所などを経て、2024年4月より現職。

主な業績は、「武力攻撃事態における国民保護に関する制度運用の全体像と課題」、武田康裕編著、『論究日本の危機管理』第7章、2020年4月、芙蓉書房出版、「先島諸島をめぐる武力攻撃事態と国民保護法制の現代的課題 ―島外への避難と自治体の役割に焦点をあてて―」『国際安全保障』第46巻第1号、2018年6月、88-106頁、「退職自衛官の自治体防災関係部局への在職状況と課題 本人および自治体防災関係部局への郵送質問紙調査の分析を通して」『地域安全学会論文集』No.31、2017年11月、261-270頁(辻岡綾との共著。地域安全学会論文奨励賞受賞)など。

【調査情報デジタル】
1958年創刊のTBSの情報誌「調査情報」を引き継いだデジタル版(TBSメディア総研が発行)で、テレビ、メディア等に関する多彩な論考と情報を掲載。2024年6月、原則土曜日公開・配信のウィークリーマガジンにリニューアル。

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