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11月の大統領選に向け、関係者の動きが活発化する中で、5月30日、トランプ前大統領に有罪の評決が下された。史上初めて大統領経験者に対する有罪評決がされたのが、今回の「不倫口止め料」裁判だ。                

1)大統領経験者に史上初の有罪評決  トランプ氏 今後の戦略とは? 

「不倫口止め料」裁判は、トランプ氏が2016年の大統領選の前後に不倫相手へ口止め料を支払い、小切手、帳簿、請求書34点について業務記録に「弁護士費用」と虚偽記載し、選挙戦に不利な情報を隠したとして起訴されたものだ。12人の陪審員は、34点のすべてについて有罪と判断をした。

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トランプ前大統領は、有罪評決の翌日に会見し「評決は不当だ。これはバイデンとその仲間によって仕組まれたことだ。これは詐欺だ。私は控訴する」と述べた。

一方、バイデン大統領も同じ日に会見し、「評決が気に入らないからといって、不正だと言うのは無謀であり、危険で、無責任だ」と、コメントした。

評決後にトランプ陣営を取材した峯村健司氏(キヤノングローバル戦略研究所主任研究員)は、今回の評決を受けてトランプ陣営が今後どのような戦略を立てているのか、以下のように分析した。

トランプ陣営側は有罪評決が出るのはある程度仕方がないと見ていたようだが、全体的にもっとうまく対処できたはずだ、という怒りを弁護団に向けている様子がある。本来、この裁判の論点は「虚偽記載」についてであるが、「不倫口止め料」裁判という形で報道され、「不倫」の部分がより注目され、世論に対し負の印象を与えた。これは弁護団のマネジメントの問題だと陣営は見ている。コア支持層に対して悪影響は出ないが、中間層、特に女性支持者の票にダメージとなることを懸念している。
しかし、短期的には、世論調査で支持率が下がっても、中長期的には、あまり大きな影響はないというのが大方の見方だ。ある幹部は「誰もトランプ氏が品行方正な人物であるとは思っていない」と語っていた。11月の選挙までの間に今回の件も忘れられ、大きなダメージにはならないだろう、と考えられる。

トランプ氏への有罪評決は大統領選にどのような影響をもたらすのか。意外な世論調査の結果がある。評決の出る直前、5月下旬に行われた世論調査で、「今回の裁判がトランプ氏有罪でも投票に関係ない」とする人が67%。「トランプ氏に投票する可能性が下がる」という人が17%。「逆に上がる」という人が15%という結果が出た。

前嶋和弘氏(上智大学教授)は、この数字を以下のように分析した。

この事件は、民主党側にはめられた濡れ衣、いわゆる「魔女狩りだ」という見方があり、反応している層が一定数いる。17%と15%は統計誤差を考えるとプラスマイナスゼロというところだ。ほかにもまだ3つ裁判があるので、今後も有罪判決が続くと、動いてくる可能性はあるが、そうでなければあまり選挙には影響は出てこないのではないか。この有罪評決の前にもトランプ氏は4回逮捕されているが、逮捕のたびに支持率が上がっている。支持者は、いずれもトランプ氏に対する濡れ衣だと見ていることの表れで、今回も同様の動きにつながっている。予備選の時も、直前に訴追されたが逆に支持率が上がっていき、予備選に勝利した。今回も、このまま行けば、裁判があるごとに支持を伸ばしながら11月の大統領選に持ち込むということになるのではないか。

今回は無罪か有罪かということで有罪の評決だけだったが、7月11日には量刑の言い渡しがある。最長で4年程度の禁固刑になる可能性があるが、高齢のためトランプ氏が収監される可能性は低いとみられる。トランプ氏は既に控訴を表明している。

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2)高まる小口寄付者の重要性 人々に選ばれたと印象付ける陣営側の狙いも

2)高まる小口寄付者の重要性 人々に選ばれたと印象付ける陣営側の狙いも

トランプ前大統領への有罪評決を受けて、「岩盤層」といわれるトランプ支持者が動き出した。一つは、富裕層による多額の寄付だ。カジノ業界の富豪アデルソン氏が多額の寄付を表明。また、これまで900万ドル(14億1500万円)以上の寄付をしてきた、ホテル経営者のピゲロー氏が、前大統領に対する刑事裁判は「恥ずべきことだ」とし、さらに500万ドル(7億8500万円)を寄付すると述べている。さらにトランプ陣営は、評決後24時間で、5280万ドル(約83億円)の献金が集まっていると発表した。この状況を前嶋和弘氏(上智大学教授)は、以下のように分析した。

24時間で5280万ドル集まったという情報は、共和党の献金プラットフォーム「ウィンレッド」による発表で、詳細はあきらかではないが、「ウィンレッド」は、100ドルからの小口の寄付を集めるための献金サイトだ。
近年の選挙では小口の寄付が非常に重要視されている。小口で、10ドルや20ドル、100ドル、200ドルの寄付をしてくれる人たちが、何度も繰り返し献金し熱心に応援してくれるし人を集めてくれるということに選挙陣営も気づいている。だからこそ、今回ウィンレッドで5280万ドル集まったことを強調し、人々から指示され選ばれる大統領が自分なのだ、ということをアピールする狙いがあるのだと思う。
一方、大口の寄付では、例えばアデルソン氏はシオニストとして有名な人物だ。トランプ氏のイスラエル支持の背景の一つともされており、大口寄付自体には意見広告的な意味合いもある。

大統領選を控えた局面で、今回を含め4つもの刑事裁判も抱えている状況について、トランプ陣営はどのように考えているのか。
峯村健司氏(キヤノングローバル戦略研究所主任研究員)は、以下のように分析した。

今回の裁判に関しては、虚偽記載という軽微な犯罪についてなので、トランプ氏側にとってはある意味、捨て駒といえる。主戦場は、これから行われる残り三つの裁判だろう。 特に重要なのが、2020年の大統領選挙の結果確定の手続きを妨害したとされる件と、大統領選挙でジョージア州の結果を覆そうと州に圧力をかけたとされる件だ。しかし、トランプ陣営に取材した際、この三つに関しては次の選挙までの間に、陣営側に不利に動くことはないだろうと確信を持っているようで、盤石な態勢をとっていることがうかがえる。2016年の大統領選でトランプ陣営を取材して感じたことは、トランプ氏が何でも思い付きで動いているのとは対照的に、陣営の人たちは戦略的で優秀であることだ。今回も、トランプ陣営は裁判費用として、弁護士への支払い分だけで昨年1年間で5500万ドル(約80億円)とも言われており、相当優秀な弁護士を集めていることは間違いない。こうした優秀な人材を揃えることができるのも、トランプ氏の強みの一つだろう。

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3)バイデン大統領にも支持者離れの懸念 イスラエル情勢…若者たちが大学デモ

3)バイデン大統領にも支持者離れの懸念 イスラエル情勢…若者たちが大学デモ

2020年の大統領選での支持率を見ると、18歳から29歳では、約6割がバイデン氏に投票した。いまこの若い世代がバイデン離れを起こしかねないと懸念されている。その背景にあるのが、イスラエルによるラファ侵攻だ。

26日、イスラエル軍がラファの避難民キャンプを空爆。45人が死亡、249人が負傷した。翌27日、ネタニヤフ首相は誤爆を認め釈明したが、29日にはラファと接するエジプトとの境界地帯の全域を掌握したと発表した。バイデン大統領は以前、「もしイスラエルがラファに踏み込めば、これまでに使われてきた武器を供与するつもりはない」と明言していたが、カービー大統領補佐官は、28日、「イスラエルに対して大規模地上作戦は見たくないと伝えてきた。そうした状況はまだ起きていない。」と発言、一線を超えるような大規模地上作戦には当たらないという認識を示した。このアメリカの対応に、Z 世代の若者たちが反発している。

Z 世代は、1997年から2010年代生まれで、10歳前後の頃にオバマ氏が大統領に就任するなどリベラルな機運が向上する中で成長した世代で、約4000万人、全米の有権者のうち約17%を占める。このZ 世代の大学生による反イスラエルの抗議活動が全米に広がっている。コロンビア大学では、4月18日100人以上の学生が逮捕された。UCLA(カリフォルニア大学ロサンゼルス校)では、5月2日に学生のデモ隊が強制排除された。5月10日時点で、48の大学でデモがあり、逮捕者は2654人に上る。ハーバード大学の卒業式でも学生数百人が退席する事態となった。

峯村健司氏(キヤノングローバル戦略研究所主任研究員)は、彼らの主張を以下のように語った。

ニューヨークで2週間前、ハーバード大学に在籍していた時の教え子に会ったが、腹の底から怒りを感じているようだった。ハーバードの学生の多くはリベラルで、民主主義や人権を非常に重視しており、本来はバイデン政権支持者が多い。しかし、この教え子は「バイデン氏がイスラエルによるジェノサイド(虐殺)を容認し、支援しているということが許せない」と批判していたことが印象的だった。
大学側は、反戦運動を行った学生13人を処分し、卒業させなかった。さらに、自由な場であるキャンパス内でのデモに対し、警察を使って排除を行ったことへの怒りもあり、こんな横暴は許せないという想いと怒りが、いまバイデン政権に対して向けられている。

前嶋和弘氏(上智大学教授)は、以下のように分析した。

2020年の大統領選では、若者はバイデン氏に半分以上投票しており、大きな意味をもつ。今回彼らがトランプ氏に投票するとは思えないが、投票を止めることになれば激戦区では大きなポイントになるだろう。
ただし一つ大事なのは、いま反戦運動を行っているのは全米のエリートの学生達であり、一般のアメリカ人の間では、実はイスラエルの紛争はあまり争点とはなっていない。5月のある世論調査ではイスラエルのガザ紛争は2024年の大統領選選挙では、13か14番目の争点でしかないと言う結果もある。
しかし、エリート大学の学生が反戦運動を行うことで大きな注目を集めていくことも、また間違いではないだろう。

Z世代の動きは、大統領選での投票行動にも影響してくるのか。

末延吉正氏(元テレビ朝日政治部長。ジャーナリスト)は以下のように分析を締めくくった。

今回のアメリカの卒業式のボイコットや警官隊がデモを排除する映像は、1968年にベトナム反戦運動が盛り上がっていた時代を彷彿させる。当時、ジョンソン大統領は、ベトナムでの泥沼化が足かせとなり、結局大統領選に出馬できなくなった。それが決定的になったのがシカゴの党大会だった。奇しくも、今年の民主党の8月の党大会はシカゴだ。若者たちの怒りが本物だとすれば、68年の再来となる可能性もある。バイデン氏が大統領選にこのまま打って出ることができるのか、再選を果たせるのか、読めない展開になってくるのではないか。

<出演者>

前嶋和弘(上智大学教授。専門は現代アメリカ政治。アメリカ学会会長。米国の政治・外交・選挙制度等の事情に精通)

峯村健司(キヤノングローバル戦略研究所主任研究員。近著に『台湾有事と日本の危機』。『中国「軍事強国」への夢』も監訳。中国の情報政策に関する報道でボーン上田賞受賞)

末延吉正(元テレビ朝日政治部長。ジャーナリスト。永田町と霞が関に独自の情報網を持つ。湾岸戦争など各国で取材し、国際問題に精通)

「BS朝日 日曜スクープ 2024年6月2日放送分より」

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・『BS朝日 日曜スクープ』スペシャルアーカイブはこちら・【動画】【有罪評決に政権結託と糾弾】潔白主張に控訴明言“不倫口止め料”トランプ氏の次策は・5年に一度の年金制度改正 “主婦(主夫)年金”見直し提言…厚生年金“拡大”論も                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                            ・米国の支援再開の中、ロシア中枢で権力闘争か?国防次官逮捕 ウクライナは動員強化へ・令和のミスター円・神田財務官 “宇宙人”が実現した被爆者展とウクライナ訪問

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